ステラ·フラマ

@Saza0808

第1話 ペルセウス

プロローグ 

この目で空を見上げたのは、君を見つけたいから。


この脚で跳び上がるのは、君に近づきたいから。


この心が逃げ出さないのは、会えると信じてるから。


この小さな星、その片隅の物語


第1章


「………よし」

まだ熱気が色濃く残る夏の空の元に一人の青年がいた。年の頃は18だろうか。

青年は大きな撮影用の三脚を広げ、器用にセットしていく。使い込まれているものらしく、小さな傷があるものの、その表面に汚れは見当たらない。とても大切にされているようだ。河川敷の土手で彼は機材の位置に満足したのか、撮影用のカメラとレンズをカバンから取り出した。

三脚にカメラを固定していく。

青年はカメラをやや上に向ける。

どうやら天体の写真を取るらしい。

彼は手慣れた様子でカメラの角度や倍率をいじっていく。

満足げに微笑むと、草むらに寝そべる。

後は待つだけのようだ。

1時間ほど経っただろうか。紺色の夜空に

チカチカと瞬く光が現れ始める。

ペルセウス座流星群だ。

線香花火のような微かな光は現れては消えてを繰り返す。その際に残す一筋の通り道は恐らく誰が見ても興奮せざるを得ないだろう。

青年はちらっとカメラを1度見やり、また夜空に視界を向けた。

どうやらこの一時を残すことを彼はカメラに任せきりにしているらしい。

それから3時間ほど、青年はそのようにしていた。

頃合いだと思ったのか、青年は起き上がり、カメラを三脚から外す。

カメラに映った写真を見て青年は微笑む。

どうやら上手く撮れたようだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


東京の燦然と輝くビル街は美しいが、夜になると暗闇で足元が不安になるような田舎にも奥ゆかしい風情がある。

写真を撮ることが生きがいな者にとっては、微かな光すら強く写してくれるこの闇に感謝しなくてはならない。私には今日この日にここへ来なければならない理由があった。

「ペルセウス座流星群…!」

三大流星群として夏に活発になるこいつは、私がお盆に両親に連れられ東京から引き剥がされ田舎に帰省するのに十分過ぎる理由となる。

毎年同じ物を撮って飽きないのかと言う人もいるが、無粋と言うに他ならない。

夏に花火を毎年見て飽きる人がもしいるというのであれば私に紹介してほしい。

「…………あ」

しばらくすると、夜空にかすかな光が現れ始める。それらはあまりにも早く、そして短い時間しか我々の前に現れてくれないが、それで十分だ。

流星を見て願い事をしようとするのも悪くはないが、大人しく眺めるのも楽しみ方の一つではないだろうか。

それからどれだけ見ていただろう。流星も下火になってきた頃、私はカメラを手に取り、その出来栄えにほくそ笑む。今年もいいものが得られた。この写真と自己満足でしばらくやっていける。

「星を見に来たのですか。」

私はビクッと震え、カメラを落としそうになる。もう深夜の3時である。少なくとも人に話しかけられることはないと思っていた。

「ええ、まぁ。」

私はどうしたらいいのかわからず素っ気ない返事をしてしまった。どういうわけか、私の視線はカメラの画面に固定されてしまったかのようだった。

「ペルセウス流星群、今年は見られてよかったですね。一昨年は曇っていて、見られなかったので。」

「あぁ…地元の方ですか。」

「えぇ…まぁ。」

2人の間に沈黙が訪れる。やけに透き通ったその声に私が少し委縮してしまったのかもしれない。

「あなたも、星を見に来たのですか。」

「ええ。ここの星は綺麗ですよね。」

ザッ、ザッと草を踏む音が近づく。

声の主がこちらへ近づいてきていることに気付いた私はふと相手の顔を見やる。

「写真を撮るのですか。」

「えぇ………まぁ。」

私は相手の顔を見た時、一歩後退ってしまった。

恐ろしい怪物とか、そういうわけではない。ただ、そのあまりに人間離れした美しさに一瞬畏怖を感じたのだ。

つややかな白い髪は、それ自体が光を放つかのような幻想的な印象を持たせた。

年の頃は…私と同じか、少し上くらいだろうか。彼女はそのまま私の隣まで歩み寄ると、手元のカメラを覗き込む。

「これは…上手く撮るのですね。」

「…ありがとうございます。」

彼女は私の撮った写真に満足したのか微笑むと、はっとしたかのように私の目を見る。

「なぜ、私の顔を見ないのですか?」

「えっ?」

まるで優しい残火のような薄い赤色を称えたその瞳は、こちらをひたすらに見つめている。私はこの時、なんと答えればよいのかわからなくなった。

しばし逡巡する。しかし口を開いたのを少し後悔する。

「あなたが、あまりに綺麗だったので、少し怖くなってしまって。」

「……怖い?」

「あまりにも完成された何かを見ると、人は怖いと感じませんか?」

しまったと思った。初めて会った人に怖いと形容するのは失礼だろうと。

すると女性は驚いたかのように少し固まる。間もなく優しく笑い始めた。

「そうですか…怖い、ですか。口説き文句としてはとても面白いですね…!」

「口説いてなんて…今口説くなら月に例えましたよ。」

「半月に例えられてもあまり嬉しくありませんね。」

私たちは、二人で憎まれ口を叩きながらしばらく笑った。やいのやいのと言葉を交わすうちにどことなく安心感を覚えるようになった。一通り馬鹿笑いをして、波が引いていくと、彼女は言った

「あなた、名前は?」

私は一瞬迷った。しかし答えた。

「トワ、永久と書いてトワです。あなたは?」

「燐子、です。」

燐子さんはそう言うと、くるりと半回転し、歩き出す。

「今日はありがとうございました。いいものを見せてもらいました。」

「それは…よかった。」

「では、さようなら!」

彼女はこちらにフリフリと手を振ると、足取り軽く遠ざかっていく。

どんどん遠くなるその白く揺れる後ろ姿に私は何か声をかけなければと思った。何か、大切な何かを掴まなければいけない気がして。

気づけば声を投げかけていた。

「また会えますか。」

歩みをはたと止めた彼女は振り返らずに言った。顔は見えなかったが、なぜか笑っている気がした。

「わかりませんが、きっと心配しなくてもいいと思いますよ。」

それから彼女の姿が見えなくなるまで、気づけば私はその後ろ姿を追っていた。

「………」

私はその焼き付けられるような彼女の美しさに魅了されていたのかもしれない。

もしそうでなければ私は自分の写真を誰かに見せることはないのだから。

何か燃えるような思いを抱え、私は帰路についた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


夏場は田舎は涼しいと勘違いしている人がいるという。もちろんそういう場所もある。しかし、山に囲まれている土地の場合、往々にして都会よりも気温が高い。

私も例外ではなくその猛暑に晒されながら

歩を進める。

理由はない。ただ歩きたくなったのだ。

アスファルトの上に転がるセミを横目に見ながら私は祖父の家から最も近いスーパーマーケットへと向かう。こういう田舎では駄菓子屋などを見つけてみたいものだが現代においてはそれすら無くなってきているようだ。

田畑の中に場違いのように鎮座する大きなコンクリートの建物の中に入る。

規模は東京のものよりずっと大きい。

土地が余っているからだろう。

私は保冷棚の中にあるカップアイスを手に取る。断然イチゴアイスだ。元来果物が好きな私にとっては果肉が入っているとなお嬉しい。

そんなことを考えていると、隣にふわっと風が吹いた気がした。

「イチゴアイス、好きなんですか?私はレモンアイスもいいと思うんですが…」

私の至近距離まで近づいていたその女性は

囁くように、申し訳なさそうに私に言った。

「………」

隣りにいたその女性を見て私は驚いて思わず体制を崩してしまった。

「燐子さん!?」

「どうも、トワさん。」 

彼女はその変わらない紅い瞳をこちらに向け、笑顔で私に手を振っていた。

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