第3話

「今日はありがとね、北瀬くん」


お会計をしながら美南さんはぺこりと頭を下げた。


「いや、何もしてな…いわけじゃないけど…いや、まあ喜んでもらえたようで」

「うん」


美南さんは遠目から見ても機嫌がいいことがわかるくらいに、にこにこしている。


「それと、これだとお会計間違ってるよ?」

「あー」


ヒロインの懐事情が分からず、ちょっとお値引きしたことがバレたらしい。もっとぽーっとした性格かと思いきや、それとこれとは別らしい。


「初回来店キャンペーンってことで」

「ほんとに…?」

「うん。…はい」

「私の目を見て誓って言える?」

「はい」

「ぐぬぬ」


平静を装った俺の目に動揺が見抜けなかったのか、美南さんは悔しそうな表情を浮かべた。ヒロインの幸せエンディングまでを無で乗り切ったモブ力を舐めないでほしい。


「はあ。今回はありがたく。…ありがとね」

「うん」


あぶねえ、首を伸ばしてお礼を耳元でささやくとか、危うく好きになるところでした。


「でも、これでしばらく頑張れそう」

「何を?」

「我慢」

「我慢?」


そう言えばカロリーがどうとか言ってたな。服の上からだけど美南さんの出るところはしっかり出ている体型は、何か節制が必要なように全く見えない。


とはいえまあ、女の子だしな。気になることがあるんだろう。グラム単位で気にする人もいるし。


「うん。我慢しなきゃ」


そう言いながらも、彼女はレジのそばに置かれた本日のケーキという小さなメニューボードを凝視している。


「これは?」

「あ、これ?明日の日替わりケーキは不知火のタルトって、備忘で」

「しらぬい?みかんの?」

「そうそう」

「柑橘もおいしいよねえ。いいなあ…」


じゅるっという音が彼女の背後から聞こえた気がした。気のせいだろうか。一応宣伝しておく。


「明日、日曜だし予定が合えばぜひ」

「へ、へえ……私、明日は忙しいしなあ……」


わかりやすく目が泳いでいるが―――まあ休日だし、デートとかかな。予定があるならと、


「そっか、じゃあまた」


そう言ってあっさり引き下がると、


「あう…よ、予定が合えば来ます…」


と今度は寂しそうな顔をしている。なんとなくだけど、明日絶対来るな…。そんな確信があった。


◆◆◆◆


「き、来ちゃった」


翌日。開口一番、突然、遠距離の彼氏の家に来た彼女のようなことを言いながら、美南さんは来店した。というか、何度かチラチラと店内を見ながら、店の前を横切る姿を発見しているので、別に驚きはない。


「そ、そのお…いいかな?」

「はあ」


もじもじしながら、美南さんは何か言いたそうにしていた。というかデートはなかったのかな?


「き、北瀬くん?」

「ん?」


気が付くと美南さんが困った顔をしていた。


「桐、顔」

「…あ、ごめん。美南さん」


後ろからあやめ先輩に軽く肩を叩かれて気づく。考え込んで表情筋が死んでいたらしい。


「あ、いいの。その…昨日も私が迷ってたときも」

「あ、ほんとに?それは申し訳ない」

「ううん、むしろ私は―――きゃっ」

「早く案内してあげたら?」


美南さんを遮るようにしてあやめ先輩が彼女を小突くと、メニューを持たせた。


「あ、こちらへどうぞ」

「お、お邪魔します」


おずおずと着席するなり、メニューを熱心に確認し始める。彼女は昨日はグレーのパーカーにパンツを合わせたラフな格好をしていたが、今日はカーキ色のシャツワンピースを着て大人っぽい美人に仕上がっている。こうして見るとやっぱり、隣を堂々と彼氏として歩ける天宮が羨ましくもある。


「ちゅ、注文いいですか…?」

「はい、もちろん」

「えーと、ナポリタンと、あとケーキセット…あ!不知火のタルトでお願いします」


軽食もしっかり注文をする美南さん。聞いて思わずずっこけそうになったのを堪える。我慢がどうとか言っていた手前、タルトだけかと侮っていた。どうやら何か吹っ切れたらしい。


「飲み物はどうしましょう?」

「あったかいカフェオレでお願いします!」

「かしこまりました。少々お待ちください」


カウンターに引っ込むと、注文を料理担当のあやめ先輩に伝える。あやめ先輩はちらっと店内を見ると怪訝そうな表情を浮かべた。


「で、聞いてなかったけど昨日の今日で何でまた来てるの?あの子」

「またって…知ってるんですか?」


昨日は夜からのシフトで入れ違いのはずが、あやめ先輩は美南さんが来たことをなぜか知っているらしい。


「ちっ……あの子が変な気を起こさなきゃいいけど。…ま、いいや。待ってて」

「お願いします」


先輩に料理を託すと、グラスの準備をしておく。カウンター越しに美南さんを見ると、遠目からでも浮ついた様子が見てとれた。待ちきれないのか、料理が来る前からフォークを持っている。


「桐、できたよ」

「あ、今行きます」


先輩の声に反応し、そちらを向くと誇らしげな表情で皿を置く。


「はい」

「ありがとうございま…ええ…」


あやめ先輩が置いた皿には、少なくとも通常の倍量はあるナポリタンが載っている。


「特盛にしといた」

「大盛とかメニューにないですけど」

「どう?おいしそうでしょ?」


そんな得意げにされても。


「おいしそうですし、おいしいですけどね」

「でしょ?ま、シェフのサービス。…どんどん太ればいい」


ひどい。とはいえ、普通に喜ばれそうなんだよな。とりあえず、そのまま美南さんのもとへ運び反応を見ることにする。


「美南さん、お待たせしました」

「わあっ、えっ…」


さすがに多いか——と思ったが、


「こんなに食べていいの?」


目を輝かせる美南さん。シェフのサービスだと言って、ケーキセットの準備に戻る。


「おいしい、おいしいよお」


彼女はリスのように頬張り、涙ぐんでいる。のんびりとカフェオレを作り終わる頃には、彼女のナポリタンはそのほとんどが彼女の胃袋におさまっていた。

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2026年1月20日 17:00
2026年1月21日 17:00

ラブコメのヒロインたちが歪んでた coffeemikan @coffeemikan

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