第2話
ご挨拶が遅くなりましたが新作になります。
ゆっくり更新予定ですが、よろしければお付き合いください!
◆◆◆◆
美南みつきが友人の前で恋人との別れを告白する日から遡ること幾ばくか。営業前の店の周りの掃除から戻ると、1人の女性が看板を確認しては、落ち着きなくドアについた窓から店内を覗きこんでいた。
「…いらっしゃいませ?」
「は、はい!」
後ろから声をかけると彼女は飛び跳ねるようにして反応した。
「すみません、驚かせちゃって」
「いえ、あの。えーと…」
振り返った彼女の顔を見て今度は俺が驚く。
美南みつき。
幸せになったはずのヒロインその人だった。恥ずかしそうに俯く彼女は髪の毛をくるくるしながら、何か言いたそうにしている。
「アフタヌーンティーですか?」
彼女のすぐ後ろにかかった看板。つい先日始めた、祖母の主張する〈若いお客さんにヒットするメニュー〉である。
「そ、そうなんです…けど」
「けど?」
「どうしようかなあ…」
何を悩んでいるのか、1人で考え込む美南さん。
「うーん……って、あれ?」
そこでようやく俺の顔を見たらしい。
「もしかして、……北瀬くん?」
「です」
ヒロインはクラスメイトの名前をしっかりと覚えていたようだ。
「だよね。あぁー…」
今度は頭を抱え始めた。見ているのは面白いけどそのままにもしておけない。
「とりあえず、入る?」
そう言って、店の中を指差した。
◆◆◆◆
「美味しい!」
美南さんはポットから注がれたアールグレイを一口飲み、目を輝かせた。
「それはよかった」
そう言って残りの紅茶の入ったポットをテーブルに置くと、残りの注文を確認する。
「アフタヌーンティーもだよね?もう少しお待ちを」
「あー…それなんだけど…」
「ん?」
再び先ほどのお悩みモードに入ろうとする美南さんは、何か思いついたように顔を上げる。
「あのね、どう思う?」
「どうって?」
質問の意味が分からず、そのまま聞き返す。
「いや、あの…カロリーとか」
「カロリー…」
ちらっとアフタヌーンティーのメニューを思い浮かべる。まあ、考えるまでもなく。
「まあ想像通りというか、それなりに」
「だよねえ…」
今度はしょんぼりとして紅茶を啜った。
「えーと、カロリーが気になるならシフォンケーキのクリームなしとか、比較的ましかも」
「あぁ…シフォンケーキもおいしそう…」
メニューを指差して説明する。ひとつ何か言うたびに彼女は嬉しそうに聞いているが、すべて終わるとまた落ち込んだ。
「うーん…」
「えーと。ダイエットとか?」
何か食事制限をする理由があるのか聞くと、彼女は首を振った。
「そう言うわけじゃないんだけど…」
「けど?」
「うーん………」
いつまでも煮え切らない美南さんに、ちょっとだけ面倒になってきてしまった俺は、この辺りで相手がヒロインだということを忘れていた。
「美南さん!」
「―――は、はい!」
「はっきり決めちゃいましょう!」
優しく確認する……はずが自分が想像している以上に鋭い声音になったからか、美南さんの背筋がピンと伸び、いい返事が返ってきた。
「ご注文は!?」
「え、えーと…」
「どうしますか!?」
「は、はひ!あ、アフタヌーンティー…を…」
焦っているのか、呂律があやしいまま、美南さんは必至で答えている。
「ひ、ひとつた、頼みます!」
「かしこまりました!」
「は、はいぃ」
「スコーンのジャムのお味は!?」
「い、いちごでぇ」
「はい。ちょっとお待ちを!」
「お、お願いします!」
美南さんが勢いよく答えたのをメモすると、俺はカウンターに引っ込んで、オーダーの準備をする。しばらくして、アフタヌーンティースタンドを手に戻ると美南さんは覚悟を決めたのか、キリッとした表情で待っていた。
「お待たせしました」
「おお………ふ、ふふ…た、たのんじゃった…」
美南さんの手が震えている。
「……い、頂いてもよいですか?」
「どうぞ!」
「い、いただきます!」
そう言うと、サンドイッチを頬張り始める。
「お、おいしいよぉ…」
余韻に浸ったまま、目を閉じて味わっているようだ。そして…泣いてる。もう彼女のことはよくわからん。俺はそっと紅茶のお代わりを注ぐとその場を離れて見守ることにした。
「ごちそうさまでした……」
すっかり皿が空になった頃、美南さんのもとへ向かうと彼女はまだ少し涙ぐんでいた。
「ぐすっ…。す、すごく、おいしかったです……」
「それはよかったです」
片付けられる皿を名残惜しそうに見送る彼女。今生の別れでもあんな顔はしないんじゃないだろうか。
「北瀬くんもありがとぉ」
何に対してのありがとうなのかよくわからない。というかこの子、よくわからないが面白い。
「えーと…とりあえず、シフォンケーキも食べる?」
おなかをさすりながら目がまだ何かを探す彼女を見て、そんな提案をしてみる。
「ええーそんな罪深いよぉ、生クリームものせちゃうとか…」
「……」
そこまで言ってないけど。彼女はそう言いながらメニューを凝視している。
「えっと、スコーンがいい?」
「えぇ…さっきも食べたのに…そんな…でもおいしい」
悶える彼女が面白い。試しにダメを押してみる。
「柚子といちじくのジャムもあるけど」
「ふたつください!」
「お茶のお代わりは?」
「いただきます!」
「お待ちを」
しかしよく食べるな…。それなりにお金もかかるけど大丈夫かな?まあ、あんなにおいしそうに食べてるし、手持ち足りなければバイト代から引いとけばいいか。
そんなことを考えながら、再び美南さんのもとへ戻る。
「お待たせしました」
「ふぉ!あ、あれ、シフォンケーキも?」
しまった。勢いで持ってきたけど、ちゃんと注文してないじゃん。
「あ、すみません。間違い——」
「せっかくだからもらいます!」
「生クリームついてて—」
「本望です!」
ふん!と言わんばかりに鼻息荒く、美南さんはフォークを手にしている。
「ごゆっくり…」
少し離れた位置で彼女の様子を伺う。
「ぐすっ、おいしい…おいしいよお」
またクリームをつけたまま泣いてる。いつの間にか俺の中で清楚で社交的な正統派ヒロイン、という像は崩壊していた。
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