第1章 波乱から日常?
第1話
「別れたあ?」
「うん、そうなの」
学年末考査も終わり、春休みを待つばかりの気怠い放課後。とあるカフェで、幸せになったはずのメインヒロイン——美南みつきは何でもないような顔で甘ったるいカフェオレを啜った。
「え、あれ、だって付き合ったのって——」
「うん。クリスマス」
「だよね?じゃあ3ヶ月くらい?」
「まあ、そんなものかな」
驚く友達を他所に当の本人はまるで終わったこと、というように涼しい顔をしている。
「びっくり。確かに色々聞いてだけどさ」
「ほんとほんと」
「そうかな?」
「そうだよ。何かあったの?」
「うーん、きっかけと言えばあったかも…ね?」
何となく含みのある笑み。一瞬、目が合ったようなような気がした。気のせい…だよな?あの事はきっかけってほどじゃないだろうし。
「え、もしかして他に好きな人できたとか?」
「違うよー。我慢する必要がないって気がついただけだよ」
「へえー。ちょっと意外かも」
しかし…入る隙がない。
トレイを持ったまま、カウンターで固まる俺こと
「あ、それはそうと、あの店いつ行く?」
「うーん、私は来週かなあ」
「ひまりは?」
「あたしはいつでもいいよー」
落ち着くタイミングを見計らって、注文のケーキをテーブルに持って行こうにもタイミングが難しい。行こうとすると再び盛り上がりを見せる。
「どうしたの?」
真後ろからヒロイン——東雲あやめ先輩の静かな声がした。彼女は一学年上でここでバイトをしている。
「タイミング見失いました」
「また?」
ちらっとテーブルの方を見ながら、先輩はため息をついた。
「ま、さっさと行ってきなよ。そこのいちごタルトも一緒にね」
指さした先には追加注文のタルトがおかれている。
「先輩は?」
「ちょっと休憩行ってくる。頑張って」
「…はーい」
手をひらひらさせて先輩は扉の奥へ消えた。
「仕方ないか」
ため息をついて、お盆を手に例のクラスメイトの元へ。女子集まれば何とやら、5人もいるとなかなかに賑やかだ。先程まで6人いたはずが1人はお手洗いにでも行っているのか、姿が見えなかった。
「お待たせしました」
ささっとケーキを置き、空いたグラスに水を注ぐ。グラスに触れるとき、美南さんと目が合った。
「北瀬くん、ありがとね」
「あ、いえ。どうも…」
にこっと会釈してくれる。外向けとは言え、悪い気はしない。
「みつき、知り合い?」
「知り合いも何もクラスメイトだよ。北瀬くん」
怪訝そうな顔をする人、珍しいそうな顔をする人、反応はまばらで鈍い。同席者たちは全員ではないがクラスメイトもいる。話したことがないし、今までが今までだ。背景に気を配るようなことはない。そんな表情も理解ができた。
「じゃあ、これで…」
「うん、またね」
そう言って美南さんは小さく手を振ってくれた。そそくさと立ち去ってカウンターまで避難し、お手洗いのほうへ向かう。と、いなかった1人がお手洗いから出てくるところに出会した。
「…あれ?北瀬くん?」
クラスメイト兼ヒロインの1人——西院ひまりが今更のように驚いた顔で言った。
「どうも…」
何となくバツが悪くなり、消え入るような声で挨拶する。ふわふわのパーマがかかった茶髪が肩が隠れるまで伸び、腰に巻いたカーディガンと大きく空いたワイシャツから胸元がちらちらと見え隠れしていた。さすがヒロイン。
「バイト?」
「まあ…」
「へえー。全然気が付かなかった!いつからバイトしてるの?」
いつから。まあ、この世界に来たときから?と、答えるわけにもいかないがそうなのだから仕方ない。設定上もよくわからないので、適当に応える。
「一年のときからかな」
「へえー、そうなんだ」
興味深そうに西院の目が俺を見つめる。そんなに見ても何も出ないぞ。
「よくわかったね」
「わかるよ、クラスメイトだし」
そりゃそうか。でもロクに話したこともないからな。
「そっか」
「そうだよ。でもさ北瀬くんのこと、全然知らなかったから」
まあそりゃそうか。俺のバイト事情を知る人は僅かだし。
「シフトは?」
「家族がやってるからしょっちゅういるよ。まあ、毎日じゃないけど」
「へえー」
感心したように彼女は頷いた。このカフェはお洒落なアンティーク調の雰囲気ある店だからか、女性客がほとんど。また、知名度は低く、つい最近までほとんど高校生は来ていなかった。
「まあ、ただの店員だし」
「ふうん。…あ、東雲先輩もここで働いてるよね?」
「うん」
「有名だもの。先輩目当ての子もいるんじゃない?」
「そうなの?」
知らなかった。ミステリアスな東雲あやめは確かに一部で人気がある。さすがヒロイン?才女でもあり、ハーフでもあり、とにかく属性が盛られている。
「そ。だから羨ましがる男子もいると思うんだけどね」
「まあそうかも」
そんな羨ましいような展開には残念ながら至っていないが。とはいえ、先輩がちょっとしたきっかけからここで働くようになるまで妙に縁があることは間違いない。
「でしょ?」
「うん、まあ」
頷いてから、ちらっとテーブルの方を見る。相変わらず愚痴で盛り上がっているようだ。
「戻らなくていいの?」
「ん?あーそうね…ちょっと息抜き、かな」
意外にもそんなことを言う。率先して言い出しそうな見た目…というのは失礼だけど。
「あ、意外って思ったでしょ?」
「あーうん、ごめん」
誤魔化しても無駄そうなので、正直に答えた。
「いいの。ま、よく言われるから」
彼女は諦めたように笑った。
「じゃ、また学校で」
「うん。クラス一緒だものね。…またね?」
「あー…もちろん」
一瞬、間が空いたのはどこまで彼女の関わっていいかわからなくなったからだ。
「あ、もしかして私と話すの、嫌?」
「そんなことないよ」
間髪入れずに答える。
「そう?ならよかった。ごめんね、仕事邪魔しちゃって」
「大丈夫、それじゃまた」
「うん、また」
彼女を見送ると、厨房に戻る。妙な話になったな…。
「…」
ガチャン。
食器が強く置かれた音とともに、急に背筋が寒くなるような視線を感じた。
「……」
休憩に行ったはずの先輩が音をたてながら、食器を洗っている。
「あー…戻りました」
「そ」
そっけない返事と居心地の悪さ。
「……」
先輩は俺を一目見ると、水を止めて手を拭いた。
「じゃ、あとよろしくね」
軽く肩を叩くと、入れ替わりに店内へ向かおうとする。
「休憩は?」
「戻ってきた。誰かさんがサボるから見張らないと」
「…はい」
そんなつもりはないんだけどな…。
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