優しさ とは 検索

レースが風に触れて踊る。

15時47分になった。もう日が傾いていて、温もりが黄色から藍色に薄まっていく。道路を滑る車体の個性が音によって多様化していく。

ポツリと嘆くにはあんまりにも、心に残ってしまう。浮いた気持ちの切れ端が感情の肌に触れる。そこから吸い上げて、染まっていってしまう。

あの人の声が脳裏で響く。痛くはなかったのに、泣いたあの日の事だ。何歳かはもう覚えてられないぐらいには繰り返した。怖かったのか、痛かったのか、どうだったのか、正直もう分からなかった。

夕日がもう向こう側にいこうとしているのを目で追いかける。あまりにも刺激的な光に目の奥が痛くなったのはリアリティが溢れている。なのに泣けなくなって、鬱蒼とした感情に負けることを惜しまなかった。

「も。いいや。」

何年も経てば過去になる今を、何万回続けるんだろうか。この人生と一緒に生きていくは自分はあまりにも弱い。小さな世界で、救われずにいるしかなかった。その小さな世界しか知らなかった自分には、それが精一杯だった。

「………………。」

感情移入してしまう映画みたいだ。胸が押しつぶされそうになるドラマみたいだ。想像し得ない小説みたいだ。

「………………。」

人に言えないことがある。人に言えることしかないはずなのに、記憶はいつも現実みたいな事しか起きてなかった。

「私も、そっち側に行きたかった。」

ポツリと呟いた言葉が感情の肌に噛み付いた。だけど、痛くはなかった。だから、もう、泣けなかった。

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