第7話 吸鬼
第七章 吸鬼
年末の金曜日雨の新宿。23時過ぎに靖国通りで手を上げる女性がいた。
礼司は車を止めた。
「どうぞ」
振り返ってドアを閉めて、礼司は続けて行き先を聞いた。
「ご乗車ありがとうございます。どちらまで?」
「八王子」
客は無愛想に言った。
「八王子でね。かしこまりました」
礼司は冷静を装いながら「やった」と小さな声で言った。
「高速を使っていいですね」
「はい」
西新宿のランプから高速に乗り、高井戸から
中央高速に入った。後ろの客は、20代半ばで黒い
トレンチコートに赤い傘を持っていた。
礼司は最近、客が幽霊じゃないかと不安になる事があって、
チェックのために話しかけた。
「よく降りますね」
「はい」
礼司は返事があって安心してホッとした。
「幽霊じゃない、金はもらえるな」
とつぶやいた。
この頃の礼司は高速の路側帯にはいつも
白いものが見えるのが当たり前になっていて、
走りながら数を数えるようにすらなっていた。
礼司は「この辺でも死んだ人がいっぱいいるなあ」と囁いた。
「そうですね」
「えっ」
礼司は驚いて後ろを振り返った。
よく見ると、客の女性は目をつぶっていた。
「寝言か、あはは」
「いいえ、見えますか地縛霊が」
「あなたは……」
「この女性の体を借りています」
「な、何?」
「あなたは、地獄タクシーの夜野礼司さんですね」
「はい、地獄タクシーは余計ですけど」
「この女性は、私の妹で小森恵子です」
「はい?」
「妹は命を狙われています。助けてください」
「うん、どうすれば?」
「私の死体が、八王子のインターから国道16号線を
走って行った所に埋められています。
それを発見してください」
「それだけで助けられるのですか?」
「はい、犯人は私の夫ですから」
「なるほど、警察へ連絡を」
「ええ、でも死んでしまった私じゃ、
急がないと妹が危ない」
「了解しました」
女性は目を閉じたままだった。八王子インターを
出て右に曲がり、国道16号線を
西へ向かって市道に入ると、大きな埋立地が広がっていた。
「おお、何だこの地縛霊は。手とか足とか首だけだぞ」
「ええ、この土地はあちこちからの残土を盛っているから」
「こんなに死体があるのか」
「残念ながら」
タクシーは埋立地を抜けて、右側の森の前に車を停めた。
「ここですか?」
「ええ、森へ入って20メートルくらいの所よ」
「ああ、彼女は?」
「眠らせておくわ」
礼司は懐中電灯を持って山を登ると木と木の間に白い女性の霊の姿が見えた。
「今掘り出してやるからな」
50センチくらいをスパナで掘ると柔らかいものに当たり、
グリーンのワンピースの裾が見えてきた。
「みつけたぞ。車に戻って妹さんを起こす」
礼司はタクシーに戻って恵子を起こした。
「お客さま、着きましたよ」
「は、はい。ここは?」
客は目を開けて周りを見渡した。
「言われた通りの場所ですが」
「あっ、どうしよう。記憶にないわ」
「お客様はこの道の上って言われておりました」
「私、何て言ったのかしら」
恵子は何を言ったが覚えていなくて混乱していた。
「一緒に行きますか?」
「はい、暗いのでお願いします」
礼司は懐中電灯を山の上の方を照らした。
「この辺りです」
礼司は、先ほど掘った跡に木の葉をかけておき、
わざとその場所を踏んづけた。
「あのう、ここが私が夢で見た場所です」
「わかりました」
恵子が木の葉を取り除くと、驚き唇が小刻みに震えていた
「お姉さん」
礼司は心配そうな顔をして
木の葉の中から出ている死体を見た
「どうしました?」
「姉の死体が」
恵子の姉は埋められて間もないはずなのに
異常に体が皺だらけなっていた。
「警察に電話をします」
恵子は悲しみと興奮を抑えて静かに答えた。
「はいお願いします」
小さな声で返事をした。
まもなく警察が到着して鑑識などがやってきた。
後日恵子の姉を殺した犯人は重要容疑者として手配された。
********
1月1日0時30分、
明治神宮の参道駅側の大鳥居をでると
表参道に並んだ屋台の脇を通った
「仁どうしたの?急に?」
仁は手を温めていたコーヒーを急に飲みだした。
「どうしたの?」
「なんか口の中が苦くて真奈、年越しそばにラーメン食べよう」
「うん」
真奈はそう言って、二人で原宿駅の歩道を
渡ってラーメン屋に入ると食券の自販機前で言った
「正月だから〝全部いり〟だ」
仁はボタンを押すと続いて真奈も押した。
「私も」
細麺の九州ラーメンはさほど時間もかからず仁は目の前に置かれた。
仁は水を飲んでラーメンをすすった。
「うっ」
仁は胃の辺りを押さえると体を震わせながら
椅子から落ちて倒れた。
「仁、仁」
真奈は倒れた仁を仰向けにすると、仁の姿は老人のように
眼がくぼみ、顔も手もしわだらけになっていた。
1月4日、雨の23時、青山霊園の道路で休憩のために
夜野礼司が眠っていた。
コツコツと、助手席を叩く音がすると
魔美は白い息を吐いてニッコリと笑った
「あけましておめでとう」
「ああ、おめでとう」
礼司が不機嫌に答えた。
「三が日はアルバイトが忙しかったの」
魔美の黒いトックリのセーターの胸にペンダントが着けてあった。
「あのさ、この間ありがとうな、このグローブ」
「単純なおやじだな」
「だってうれしいから」
「うん、ペンダントありがとうね。うふふ」
「おい、今日の仕事は?」
「うん、吸鬼」
「ドラキュラか?」
「まあね。吸鬼は人の血液じゃなく体液を吸うんだけど、
移動が早くて実態がわからないの」
魔美は原宿の神社前で起きた事件を説明した。
「それって、原因は何だ?」
「それがわからないの」
「鬼じゃないんじゃないか?」
「ううん、同じしわくちゃになる事件が他に2件あった」
「まったく同じパターンか?」
「同じなのは初詣帰り」
「どこと何処だ」
「浅草の浅草寺、芝増上寺」
「宗教も場所もまったく違うな。正月限定の事件でもないだろうし
神社仏閣と鬼がつるんでいるとは思えないが」
「そこで、夜野さんに協力してもらおう思って」
「何だ?」
「死んだ人の声を聞いて欲しいの」
「俺がか?」
「うん。夜野さんがだんだん能力ついてきたから」
「どうする?」
「元旦に死んだ、尾田仁さんのお葬式に行って、
そこで彼の霊に聞いてほしいの」
「どこのお寺だ?」
「善然寺、葬式は明日昼の11時から」
「じゃあ、ここまでわざわざ来るなよ。それに、
死んで3日も何していたんだ」
「変死なので警察の司法解剖もあったし、
火葬場も今日まで休みだしね」
「わかった、じゃあまた明日な」
「ちょっと行って欲しいところがあるの」
「どこだ?」
「汐留?」
「おお、ありがとう。売り上げに協力いただいて」
礼司はニコッと笑った。
「何よ、どうせ寝ていたくせに」
礼司の車は新橋のガードをくぐって
浜離宮の方までゆっくりと走り、汐留のオフィス街をぐるりと回った。
「何も感じない?」
「ん? 何も感じないぞ」
「そうか、まだ早いか・・・」
「何がだ?」
「戻ろう」
「何言っているんだ?魔美」
礼司は首をかしげた。
翌日、礼司は善然寺から
火葬場までのタクシーの予約を受け、10時50分には
境内で車を停めて待っていた。
すると、運転席の窓を魔美が叩いた。
「おはようございます」
「おはよう」
「今のうちに本堂に入って」
「うん」
礼司は本堂に入ると、仁の棺桶の前に立って
天井に向かって声をかけた。
「おい、尾田仁さん」
すると、礼司の前に仁の霊が立った。
「残念だったな、仁君」
「うん、真奈の事が心配だ」
「原因は?」
「種のようなものが口から入った」
「どこで?」
「大鳥居を出た瞬間」
「そのあとは?」
「急に喉が渇いてコーヒー飲んでラーメン屋に行って水を2杯飲んで
ラーメンを食べていた途中、体中の水分が全部吸われて、
体が木になった。あんたなら見えるだろう」
礼司が棺桶を開けると、普通のしわしわのミイラの様にしか見えないが、
全身が木になって口や耳から枝が飛び出していた。
「早く燃やしてくれ。気持ち悪いよ」と仁が言うと、
「ひどい」と、後ろから魔美が言った。
「おっ、魔美お前も見えるのか」
「元々見えるんだけど、残念ながら会話ができない
この木の実がはじけて人の体に入るのよ。
そして、発芽する時に人間の体の水分をみんな吸ってしまうの」
「13時の火葬で焼き殺せるだろう。
もしかしたらお経で死ぬかも」
「そうかな」
本堂では葬式が始まり、
お経が読まれ口から出ていた木がしおれてきた。
「ああよかった。しおれてきた」
礼司と葬式に立ち会った魔美が言った。
礼司と魔美は本堂の隅に葬儀が終わってまもなく、母親が仁の遺体の
口元にビールを含ませた。
「お前の好きだったビールだよ」
その瞬間、口からしおれていた木が大きくなり、
枝が伸びた。誰に気づかれる事もなく仁の遺体は霊柩車に載せられ、
礼司が親族を乗せて落合の火葬場へ向かう途中、
前を走る霊柩車の窓から枝を出し血のような
真っ赤な花を咲かせた。
「やばいぞ、実ができてしまう」
炉の前で遺体と最後の別れをする時には、
すでに口から3メートル以上の枝が出て銀杏くらいの
濃いグリーンの実ができていた。
それを見ていた礼司の目の前で実がパーンという
音をたててはじけ、3人
の親族と真奈の口に入った。
「ああ」
「ああ、遅かった」
魔美が後ろから言った。
「どうする? 魔美」
「大丈夫。今夜24時過ぎるまでは、種は芽を出さないわ」
「退治するにも、生きている人間の体に入った
やつをどうやってやるんだよ」
「『ミクロの決死圏』のようになって、彼女たちの胃に入る?」
「何で知っているんだよ、あの映画、お前の年齢で」
「ああ、パパが好きだったの」
「なるほどね。でも映画は脳だけど
どうやって退治するんだ?」
「彼女たちのお腹に向かって、霊火を出して吸鬼を殺すの」
「霊火、どうやってやるんだ?」
「両手の平で触らずにボールを作るの。
そして、叩く感じで気を出すの」
礼司は両手を出した。
「おお、何かわかる。ぽわぽわって感じ。距離は?」
「霊的なパワーには距離は関係ないから、何メートルでも平気だよ」
「じゃあ、仁君の棺桶に向かって霊火を出してみるぞ」
礼司は魔美にもらったグローブをしたまま
両手合わせを花のように開いて前に突き出した。
すると腕時計に鬼の顔が金色に輝いた。
「むむ・・・」
礼司の手は白く輝き、真っ白な光の帯が数メートル
先の棺桶に届くと、仁の体から出ていた木が青白く燃え出した。
「やった」
「うん」
周りにいた人たちはそれに気づく事もなく
最後の別れを終え、棺桶に釘を打っていた。
「続いて彼女たちに霊火を送るぞ」
「その格好って、普通の人から見ればただの変なおやじだね」
「ばか、こっちは真剣だ」
礼司は手と手との間を20センチくらい離し、
そこに気をためて真奈のお腹に向けて発射した。
「かめはめ波!」
普通の人では見えない白い光は、真奈のお腹で消えた。
「やはり、芽が出ていないから効果が無かったみたいだな」
「そうだね」
「鬼退治は23時からかい?」
「ううん、24時前じゃまだ種の状態だから何をしても無駄みたい」
それを見ていた礼司の目の前で実がパーンという
音をたててはじけ、3人の親族と真奈の口に入った。
「はじけてしまった」
「話が違う」
「魔美、種を飲んだのは誰だった」
「仁さんのお母さんと髭のおじさんとその隣の女性」
「と、美人の真奈ちゃん」
「こらおやじ」
「合計4人だ。魔美、今夜23時の彼女達の
居場所をチェックしなくてはいけない」
「はい」
魔美は火葬待合室にいた仁の母親に声をかけた。
「このたびはご愁傷様です。私は善然寺のものですが」
「あっ、ご苦労様です」
「納骨等のお打ち合わせもありますので、今夜の連絡先は」
「はい、自宅におりますが」
魔美は目の前にいた髭の男性に会釈をすると、
その隣りに先ほど種を飲んだ女性がいた。
「兄さん、今夜はどうするの?」
仁の母親が聞いた
「ああ、今夜はこいつと品川のプラザホテルに泊まって、
明日札幌に帰る」
魔美は明日と聞いてほっとして礼司の方を見ると、
「あ、あのおやじ」
と魔美は真奈と話をしている礼司を見つけた。
「帰りのタクシーで自宅まで送りますよ」
「いいんですか」
「はい。これも葬儀代に入っていますから」
「ありがとうございます」
真奈は仁の両親に挨拶を終えると礼司の車に乗った。
「どちらまで?」
「自由が丘です」
「はい、かしこまりました」
礼司は落合から山手通りへ出て、居眠りをしている
真奈を自由が丘に送り届けた。
礼司は真奈をタクシーから降ろすと魔美に電話をした。
「真奈ちゃんを降ろしたよ。自宅も確認した」
「まったく、エロおやじ」
「そう言えば、魔美。携帯を持っているのに、
何でいつも直接来るんだ
「そうね、うふふ」
「魔美22時に善然寺に迎えに行く。
デカ猫とブチ犬に出動かけてくれ」
「はい」
電話を切った魔美は礼司の時々見せる
真剣な顔が素敵に見えた。
「だんだんかっこよくなるな。夜野礼司さん」
22時に礼司が善然寺へ着くと、魔美が嵐丸を
抱いてポチが横に座っていた。
「おお、フルキャストだね」
魔美と嵐丸は後ろのシート、
ポチは前のシートに座り、礼司の顔を舐めた。
「おお、元気だったか」
礼司はポチに赤い首輪をした。そして、鈴のついた青い首輪を魔美に渡した。
「これ、嵐丸に?」
「うん」
首輪を付けられた嵐丸は、車の中で暴れまくった。
「気に入らないようね」
「大丈夫だ。すぐに馴染む」
「ところで、この首輪意味があるの?」
「ちょっとね」
中野新橋の仁の自宅に着いた時には、嵐丸は礼司の脇で寝ていた。
「おお、いるいる。大丈夫だ、ここで待とう」
時計を見た礼司は魔美に聞いた。
「なあ、魔美」
「うん?」
「昨日汐留に行ったのは、理由があるのか?」
「あるよ」
「やっぱりな。作戦を言うぞ」
礼司は、魔美からもらったグローブを付けながら言った。
「魔美、ここを23時10分に片付けて、
そのあとに品川プラザホテル、最後に真奈ちゃんだ」
「間に合うの?」
「わからん」
「それ作戦じゃないよ」
「あはは、行くぞ。ポチは待っていてくれ」
「嵐丸は?」
「お願いします」
「うん、どうするの?」
「仁の一家は相当な猫好きらしい。
お母さんの喪服に猫の毛がついていた。
それに猫のストラップ、マンハッタナーズの財布
持っていた」
「うん、うん」
「外で鈴音が聞こえて嵐丸が鳴けば、必ず窓を開ける」
「うふふ」
魔美は嵐丸を抱いて車から降り、礼司は嵐丸を仁の家の庭に離した。
「嵐丸、鳴け」
礼司は念を送ると嵐丸は庭からリビングに向かって大声で鳴き出すと
鬼の腕時計は22時59分だった。
「のこり1分」
「開くかな」
その時サッシがカラカラと開く音がした。
「23時だよ」
魔美が言うと、礼司は鬼のノブを握った。
すると、仁の家に白いモヤがかかり、回りの音が消えた。
「行くぞ」
「うん」
庭に入るとサッシが開いて、緑色の柿種くらいの大きさの物が
80センチくらい宙に浮かんでいた。
「向こうの世界では、ここに本体があるんだな」
礼司は気を溜めて霊火を発した。
「フィニッシュ」
と言って、後ろを向いて指を鳴らした。
しかし、種に変化が無かった。
「だめなの?」
「うん」
「どうする?」
「あの時、仁は……。そうか」
礼司は突然、台所に走りバケツに水を汲んで戻ってきて、その種に水をかけた。
するとその種から小さな芽が出た。
「こういうわけだ」
礼司が霊火を手から送りだすとその芽が青い炎を上げて燃えた。
「さあ、行くぞ」
「うん」
「嵐丸は?」
「あはは、家の中の猫の餌食べている」
「いくぞ」
二人と嵐丸はタクシーに飛び乗り、鬼のノブを付けて走り出した。
「次はポチ、頼む」
「わん」
ポチは吠えた
「23時10分、予定通りだ。品川まで20分」
「そんなに早く行けるの?」
「鬼の世界は誰も走っていないからスピードは出し放題だ」
礼司のタクシーは山手通りを時速100キロ以上で飛ばし、
23時30分に品川駅前のプラザホテルの前に着いた。
「ポチ降りろ」
魔美は尻尾を振って降りたポチの鼻にナプキンをつけた。
「何だそれ?」
「髭のおじさんが使ったナプキン」
「わん」
と吠えて、ポチは階段を駆け上がった。
「さすがシープドックだ。早い」
2階のへ上がるとポチが奥から走って来て、
目の前を3階へ上がっていった。
「魔美。ゆっくり上がろう。見つけたら吠えるさ」
ワンワンという声を聞いて、二人は4階に上がると、
4006号室の前でポチがドアを引っ掻いていた。
「ここだ。ところでどうやって入る?」
「もう大丈夫かな。思いっきりぶつかって」
「ホテルのドアがそんなに簡単に開くか?」
礼司はドアに肩からぶつかった。すると、
礼司の体はドアをすり抜けた。
「ありゃりゃ、本当だ」
ドアの鍵を開けると、魔美とポチが入って来た。
「水、水」
窓に浮いている種に、洗面所から汲んだ水をかけて、
出てきた芽を霊火で燃やすと礼司は言った。
「もう一個は?」
「無い」
「これって向こうの世界に行けば人間だよな」
「うん」
「今の高さは女性だ。ひょっとしたら買い物で外かも。ポチ外だ!」
部屋中をウロウロしていたポチは、鼻を上に向けると部屋から飛び出した。
「やった」
「おー」
ポチは階段を駆け下りて外へ飛び出した。
そして、駅前のコンビニエンスストアへ入った。
「やっと追いついた」
礼司がドアを開けるとレジの前に緑色の種が宙に浮いていた。
「水は?」
礼司は目の前にあったおでんのお汁をかけた。
種の芽はさっきの倍のスピードで大きくなり、
枝を鞭のようにして礼司にせまってきた。
「霊火!」
礼司が手を合わせ腕時計が光り出すと手先から霊火を出し
大きな枝はあっという間に燃え出した。
「ポチ戻るぞ」
「魔美、のこり15分だ」
「15分。今から自由が丘じゃ間に合わないよ」
礼司は国道15号線を田町に向かって走った。
すると、魔美が礼司をたたきながら言った。
「どこへ行くの方向が逆だよ」
「大丈夫だ」
礼司が操る車は三田駅の先を左に曲がり、東京タワーの下を左に曲がった。
「どこへ行くの?」
「六本木」
「えっ?」
「彼女は六本木にいる」
礼司はさっき真奈を乗せた時の話しを始めた。
*********
目黒の大鳥神社を右に曲がって目黒通りに入ると、
意外に元気な真奈に礼司は話しかけた。
「仁さんとはお付き合いは長かったんですか」
「1年くらいかな、それに付き合っていなかったし」
「そうなんですか」
「ええ。仁のお父さんが商社の取締役だから
就職のコネにいいかなと思って」
「なるほど、それで就職は」
「うん、たぶん大丈夫。おじ様が推薦状を書いてくれたから」
「はあ」
礼司はあきれ返った。
「送ってもらって助かったわ、今夜六本木で
ニューイヤーパーティがあるの。それにお清めに」
今の若い女性はそんなものか。礼司は口を曲げて笑った。
********
礼司は運転しながら、あきれた顔で魔美に言った。
「というわけだ」
「あはは、それで六本木のどこ?」
「あはは、聞いていない」
「いくらポチでも無理だよ」
外苑東通りを六本木交差点へ向かっている中、
礼司は霊気のような何かを感じた。
「魔美何か感じないか?」
「あれ? 右のほう」
「そうだ」
車をステーキ店の前に泊めると、ビルを見上げながら言った。
「魔美、ここの6階のダイニングバーRED NUTSだ」
礼司の時計は赤く点滅をしていた。
「うん。えっ、もう芽が出ているの?」
「まだだ」
6階のエレベーターが開くと、目の前にダイニングバーRED NUTS
はジャングルの様に真奈の体から木の枝が出ていた。
「遅かった!――」
そこに足元にシャンパンの瓶が転がって来た。
「たぶんこれだ」
「葬儀の時のビールと同じようにシャンパンの
アルコールに反応して、早く発芽したわけ?」
「そうだ。かめはめ波」
礼司は全身に力を込めて霊火を木に送ると
真っ青大きな炎となって天井に届いた。
「23時59分58秒、任務終了」
「夜野さんGood Job」
店のドアが閉じた瞬間雑踏が戻ってきた。
その時店から悲鳴が聞こえた。
「キャー」
しわだらけ顔を両手で隠している真奈がしゃがんでいた。
「ちょっと遅かったみたいだな。仁の恨みかな」
ビルから出ると魔美が礼司に言った。
「夜野さん、あと2ヶ所行かなきゃ」
「そうか」
「それと、いよいよだよ」
「何が?」
魔美は空を指差した。
「ん、何だ?」
「お月様」
礼司は首をかしげながらポケットからポチ袋を出して魔美に渡した。
「えー、ありがとう」
「ああ」
礼司は照れ笑いをしながら、運転席に乗り込んだ。
「さあ行くぞ!!」
二人を乗せたタクシーは、満月になりかけている赤い月を背に走り出した。
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