第6話 走鬼
12月中旬になると途端にタクシーの仕事が忙しくなる。
24時過ぎ、雨が降った歌舞伎町の前の新宿通りで
礼司は、黒のショートパンツに襟にファーのついた
ジャケットを着た女性を乗せた。
「運転手さん、夜野さんね」
「はい」
礼司は新宿から乗せたその女性客
に親しげに声をかけられた。
「きゃー、感激」
「どうしたんですか?」
「これがうわさの地獄タクシー」
彼女はシートの上で跳ねていた。
「いやいや、普通のタクシーです」
「ごめんなさい。以前乗った運転手さんに私の事を話したら、
夜野礼司って運転手がいるから相談しろって……。
通称、地獄タクシーでしょう?」
「あいつか。地獄タクシーは感じ悪いなあ。
まあ、多少なら相談乗りますけど」
礼司は笑った。
新宿のキャバクラのホステス明子は、
池袋に住んでいて21歳。出身は茨城県土浦
今は秘書専門学校に通っていて将来の目標は社長秘書で、
夜はキャバクラでアルバイトをしている、
長谷川京子似の美人だったがかなり考えが甘かった。
明子は話上手でわかりやすく、西池袋のマンションに
着く頃までには事情が良く理解できた。
「つまり、夜になると体が重くなる感じなんですね。
それで眠れない」
「はい」
「今、付き合っている男性は?」
「いません」
確かに明子の後ろにも男の霊は憑いていなかった。
「へんだな、部屋かな」
礼司は少しの時間、部屋に上がって
様子を見ることにした。
3階の質素な1DKの部屋へ入ると嫌な感じがした。
「彼氏いないって言っていたのに・・・」
「いないよ。私の部屋に男性が入るの初めてだよ。ほんと」
明子は真剣な顔をして礼司の質問に答えた。
礼司は部屋を見渡すと、窓際のタンスの上に
若い男性の気配がしてそこにはオレンジ色の
自動車の反射板のかけらがあった。
「これ何ですか?」
「兄の友達が交通事故で死んだ時のバイクの欠片です」
「付き合っていたんですか?」
「友達です」
「あなたから見たら友達ですけどね。
彼にとったら別です」
「そうなのかしら?」
明子を好きだった彼が交通事故で死に、
その破片を彼女が思い出に持ってき来たために、
死んだ男の霊がこの部屋に来てしまったのだった。
「夜野さん、どうすればいいの?」
「簡単です」
礼司は明子に向かって手をかざした。
「はい終わりました」
「もう終わったの? 本当?
だって、お坊さんはお経を唱えて」
「大丈夫、鬼より簡単です」
「鬼?」
「いや、別に」
「お礼は?」
「成仏させて金を取るほど悪くないですよ」
交通事故は突然の死、漂う霊は自分の居場所がなく
何かにしがみ付く
******
クリスマス・イブの朝、魔美から電話がかかってきた。
「残念ながら今日は仕事をしないぞ」
「なんでよ」
「12月24日は大切な日なんだ」
「大切なら私も付き合うよ」
「じゃあ、赤坂見附の駅で会おう」
「OK」
礼司は約束の14時に花束を持って赤坂見附駅に立っていた。
「やっほー」
地下鉄の出口のエスカレーターから上がってきた魔美が
手を振った。
「メリー・クリスマス」
「・・・魔美お前キリスト教か?」
礼司は冷たく聞いた。
「ううん、私は神道、神社だよ」
「じゃあ、無理するな罰が当たる」
「はーい、それで何処へ行くの?」
「信号の向こう」
礼司と魔美は横断歩道を渡って電柱の下に花束を置いた。
「ここで誰か死んだの?」
「今まで言わなかったが、俺の妻と十四歳の娘が
3年前ここでひき逃げされて死んだんだ」
「そ。そうか・・・3年前か・・・」
魔美は3年前の12月24日の自分を思い出しながら、
礼司が花束を置いた所にしゃがんで手を合わせた。
「犯人は?」
「まだ捕まっていない・・・」
********
礼司は後ろを振り返った。
「なあ、後ろの建物建て替えたんだが1982年にホテル火災に有ったんだ」
礼司が指さした方向を魔美が見た。
「あっ、地縛霊がいる!」
「なんだって!」
礼司がそれを見ると白いものが上を向いて立っていて
真美と由美の霊を確認しようと横断歩道の周りを眺めた。
「いないな・・・良かった」
礼司は二人が地縛霊になっていない事にホッとした。
「夜野さん、ここに何体か地縛霊がいるから悪い事が有る可能性があるよ」
「でも亡くなった宿泊客三十三人と従業員の慰霊は行ったはずだぞ」
「もしもその他だったら」
「何!」
礼司はそのホテルは昔から幽霊が出るとタレントから聞いたことがあった。
「仕事あるんだけど出来るかな?」
魔美はすまなそうな顔をして聞いた。
「ああ。いいぞ」
*********
クリスマスのイルミネーションで輝く、渋谷パルコの近くにあるクラブ『ダイヴ』
そこは、真っ黒に塗ってある地下に降りる細い階段に、
たくさんのビラや落書きしてあるところだった。
三日前の夜23時、ロックバンド「イーマックス」のライブは
300人近くの若者でいっぱいになり、ライブが始まると同時に
観客は手を高く上げて飛び上がり、ライブハウス内は揺れていた。
ライブが始まって1時間、サッカー日本チームのユニフォームを着ている
4人のメンバーは、まったく休まずに歌い続けた。
さすがのファンも体が動かなくなって、
フラフラになって首を傾げてきた。
そして、10曲目を歌い終わり、ドラムがシンバルを叩いた瞬間
4人の体が血と共にバラバラに飛び散り前で歌を聞いていた
若者が血で真っ赤に染まった。
「キャー」
ライブハウスの中の悲鳴は止まる事が無かった。
礼司は警視庁の規制の黄色い規制線テープが張ってある
ライブハウス『ダイヴ』の前立って言った。
「ここかい?」
「うん」
後ろからジーンズに黒のTシャツ、黒のレザーのジャケットを
着ている魔美が返事をした。
「おい、驚かすなよ」
「さっきから後ろにいたのに」
「気がつかなかったぞ」
「そうでしょう。さっきからミニスカートの女性ばかり見ていたから」
「悪いか? 独身だぞ」
「悪い。明らかに42歳のおやじの対象年齢じゃない」
「まあな」
二人はライブハウスの見えるパルコ一階のガラス張りの
喫茶店に入り礼司はまじめな顔をしてケーキメニューを見ていた。
「残念ながらフルーツパフェはなかったね」
「いいよ、今日はモンブランがある。しかも紫芋だ」
礼司は真剣に答えた。
「あはは、本当に甘党ね。でもこれは邪道よ。
モンブランは栗じゃなくちゃ」
「それでさ、ライブハウスって言うからドレスを着た
綺麗な女性がいるところかと思ったよ」
「踊る所よ。ギンギン踊る曲を流してね」
「俺は、アコースティックの歌が好きなんだけど」
「うふふ、ロックは似合わなそう」
「ところでさ、死んだバンド『イーマックス』って俺の知り合いなんだよ」
「知っているの?」
「昔、番組で一緒に仕事したんだ。
礼儀正しくて音楽が好きな連中でさ」
「バラエティって芸人さんばかりじゃ無いんだ」
「トークやゲームやクイズ番組色々あるからな
俺は特にクイズ番組が好きだった」
「そうか、パパもクイズが好きだった」
「ところでこれじゃ警察はお手上げだろうな」
礼司は突然真剣な顔で周りを見渡した。
「そうよ。300人の目の前で4人がバラバラになるなんて、
原因も理由もわからないわよ」
「鬼の仕業なんて誰も信じないだろう」
「でも誰かビデオに撮っているだろうから再生したら
警察は益々謎が深まるんじゃないかな」
「ああ、いつか世間の人間が鬼の存在を信じる
時が来るかもしれない」
「うん、これからもっと強い鬼が現れるから
知ってほしい」
「魔美、俺の力強くなっているか?」
「霊能力が強くなっているのは間違いないないけど、
たまにはパチンコでも行って確認したら」
「なるほど。パチンコ屋か競馬もいいなあ」
「単純」
モンブランとダージリンティーが運ばれると、
モンブランをほおばりながら礼司が言った。
「最近のパチンコは規制がかかっていて儲からないんだよ。
何連荘もしないと・・・」
礼司はパチンコの現状を一生懸命話をするが
魔美は聞く耳持たなかった。
「ねえ夜野さん好きな食べ物って何?」
魔美はケーキを食べておいしそうな顔をする礼司に聞いた。
「ローストチキン!」
3年前 礼司は警察から二人の遺品を受け取った。
その中のバスケットを開けるとローストチキンと
手紙が入っていた。
「メリー・クリスマスパパ、真美が作ったんだよ。夜食にどうぞ」
それを読んだ礼司は病室床に座り込み涙を流しながら
ローストチキンを手づかみ食べた。
「うまいぞ、真美。今まで食べた中で一番だ」
くしゃくしゃの顔に鼻水を垂らす礼司は
ローストチキンを口いっぱいに入れて
喉を詰まらせていた。
*******
「ところで、今度の鬼はどんなやつだ」
「走鬼と言う鬼。厄介なのは姿が無いのよ」
「ん?」
「人に取り憑いて、死ぬまで走らせるの。
今回は死ぬまで歌を歌わせたわけ」
「なるほど。今でもそこにいるのか?」
「あのライブハウスは閉鎖中よ。違う場所よきっと」
「その前に買い物だ」
「ええっ?クリスマスプレゼントを買ってくれるの? うふふ」
22時50分、リュックを背負った礼司と魔美はライブハウス
『ダイヴ』の前に立っていた。
「まだ、玉が出たのになあ。もったいない」
「まさかパチンコ屋へ入るとは思わなかった。不良おやじ」
礼司は警察の張った黄色い規制テープをくぐり、
地下のドアの前に立って鬼の形をしたノブを魔美から受け取った。
「23時ジャストだよ」
「いるか?」
「いない」
「俺も感じない」
「じゃあ別なライブハウスに移動した?」
「餌がある場所か」
二人は階段を駆け上り道路に出ると
魔美は左を指差した。
「あっち」
「円山町か」
礼司はリュックをおろしチャックを開け、
中からインラインスケートを取り出した。
「魔美、滑れるのか?」
「うん、小さい頃パパと一緒に滑ったから」
「うん、俺も娘と」
二人はインラインスケートを履き終えて立ち上がった。
「よし、行くぞ」
「OK」
「膝を曲げて」
礼司の言葉で魔美はスタートしスペイン坂を
かなりのスピードで下り、突き当たりを右に曲がった。
「おお、やるな」
「へへ」
魔美は礼司の手をしっかり握った。路地を抜け、
元東急デパートを左に曲がり坂を上がると、
ホテルが立ち並ぶ間に数件の大きなライブハウスがあった。
滑りながら、「この辺りだよ」と魔美が言った。
魔美が指さしたビルはライブハウスが入っているビルだった
「おお、このビルか・・・」
礼司はインラインスケートを脱ぐと
エレベーターのボタンを押した。
「何階だ?」
「3階」
「うん、のこり30分か」
礼司は3階を押した。
エレベーターが3階で止まるとドアが開いた。
「ここじゃない」
礼司たちはエレベーターの扉を閉めた。
「ライブは終わっているなあ。ディスコも23時で終わり、
あと音楽聞ける場所は?」
礼司が考えると魔美が答えた。
「ナイトクラブだよ。バンドはいないけどDJが曲を選んで
踊る曲を流す所」
「と言う事は走鬼が狙う相手は5、6人のバンドより
・・・客だ!」
「大変だよ。走鬼が客を死ぬまで踊らせたら一度に何百人食われる!」
礼司はクラブをスマフォで検索した。
「場所は宇田川町交番前のナイトクラブだ。
魔美行くぞ!」
礼司はスマフォを閉じてインラインスケートで円山町の坂を下りた。
「あー、魔美」
「何?」
「武器、武器がないぞ」
「ないよ」
「素手かい?」
「音楽を止めれば人は踊るのを止める」
二人は地下に着くと身をすくめエレベーターから飛び出した。
そして、クラブのDJが居るステージに向かった。
「すげーこれが、走鬼か」
フロアーに1000人の男女が音楽に合わせて無心に
踊っていた。
「なぜみんな鬼の世界にいるんだ?」
「もう死にかけているからこっちの世界に来てるのよ。のこり10分」
「後10分で1000人も食っちまうのか」
「そんな事になったら走鬼はすごい鬼になってしまう」
礼司はステージに立っているヘッドフォンを付けている
DJに殴り掛かったが。しかしスカスカと空を切るだけだった。
「そいつ走鬼じゃないよ。ただのDJの霊、そんな事しても音楽が止まらない」
「くそ!」
礼司は周りを見渡してアンプを探した。
「音楽を止めなくては・・・魔美ノブを貸してくれ」
「はい」
礼司はそれを受け取って両手に持って念じると
スーッと伸びて長さが1m程になった。
「これで切る」
礼司はCDプレイヤー、レコードプレイヤー、パソコン
アンプを叩き壊すと突然礼司の体がぶっ飛んだ。
「夜野さんそれが走鬼だよ、取り憑いて死ぬまで身体を動かさせる。
だから実体が無い」
「じゃあ、どうやって」
そう言って、魔美はステージの裏に回ってベースギターを持った。
「なんだ、音楽か?」
礼司はステージのMarshallのアンプスイッチを入れると
ブーンと言う音をたて魔美はキーボードを弾いた。
「賛美歌の『諸人来りて』だよ」
その曲を聴くと踊っている人達の動きが遅くなった。
続いて礼司はギターをかかえてピックを持った。
「あっ、俺ギター弾けねー」
「もー」
「じゃあ、こっち」
魔美はキーボードを入れ替わろうとしていた
「おい、俺は『キラキラ星』しか弾けないぞ。
もう一曲は『猫踏んじゃった』」
「しょうがないわね」
するとホールの上に2メートルほどのうっすらと
雪ダルマのような影が宙に浮いた。
「あれが走鬼か」
「うん、ここの人達が死ぬまで踊らせる」
「スタイル悪いなあ、走ってダイエットしろよ」
礼司はギターを持って、人差し指と中指と薬指で
弦を押さえて弦をはじいた。
そのジャーンという音で走鬼の影は濃くなった。
「弾けるじゃないの」
「メジャーコードはな。マイナーコードが難しくてギターを止めた」
魔美の弾く曲に合わせて礼司は激しくピックを動かすと
走鬼の輪郭がさらにはっきりしてきた。
「もう少しだ」
「のこり5分よ」
すると、後ろからベースギターが鳴り出した。
「おい、だれだ?」
礼司が後ろを振り返ると
魔美がベースギターを弾いていた。
「私、こっちが得意なの」
魔美がキーボードから離れると
髪の長い女性がキーボードの音を奏でた。
「まさか?」
するとギターが宙に浮きギターが音を奏でた。
赤いフードオーバーを着た少女がギターを弾いていた。
「まさか、そのオーバーは・・・」
魔美のベースギター、少女のギター、女性のキーボード礼司のドラム
合わさって走鬼に音をぶつけて行った。
フルメンバーの臨時バンドはロック調の「諸人こぞりて」
の演奏を流し千人の客たちの踊りはゆっくりとなり
立ち止まる者もいた。
走鬼の姿がはっきりと現れると礼司は力強くドラムを叩いていた。
宙に浮いて姿がはっきりさせた走鬼何本もの糸を出し人を操っていた。
それが見えた礼司の時計が金色に輝き
赤く点滅をしていた。
「ペアリング完了!」
礼司は立ち上がってドラムスティックの一本目クルクルと回転させ操り糸を切り
二本目は走鬼の眉間を狙って鋭く投げつけた。
走鬼は身体をのけ反らし体中から白い液体を飛び散らした。
「やった!」
魔美の声が聞こえた。
間もなくライブハウス『ダイヴ』から4つの白い塊と、
千駄ヶ谷の国立競技場から競技中に死んだ
6つの白い塊が夜の空へ昇っていった。
「夜野さんギターとキーボードを弾いていたのは誰?」
「さあ誰なんだろうな?」
礼司の記憶の中にはピアノを弾いている由美と
ギターを弾いている真美の姿が思い浮かんだ。
「あっ、時間だ」
魔美が言った。24時になった瞬間、周りにたくさんの若者が踊っていた。
「何だ? おやじとガキ」
タトゥだらけの男が言った。
「帰るぞ。魔美」
「あはは、私は未成年だ」
1階に上がった礼司と魔美は交番の警察の目を避け速足で歩いた。
その時、魔美が礼司に言った。
「うん、はいプレゼント」
魔美はジャンパーのポケットから袋を取り出した。
「くしゃくしゃになっちゃったけど」
「ああ、ありがとう」
それを受け取った礼司が涙ぐんだ。
「実は俺も」
水色の小さな四角い箱と小袋を渡した。
礼司が袋を開けると黒の皮の手袋が入っていた。
「レーシンググローブだ。ありがとう、魔美」
箱を開けた魔美が目を大きく開いた。
「あっダイヤモンドのネックレスだ」
「あはは、ダイヤモンドは身を護らしいからな
鬼と戦うのには良いぞ」
礼司は顔を赤くして笑った。
「ありがとう。でもさ、ダイヤモンドネックレスを
もらうには早すぎかもね。ふふふ」
「わりい、高校生に何のプレゼントを
あげていいかわからんから」
「こっちはシュシュね」
魔美はピンクのシュシュを掴んだ
「それは使うだろう」
「うん、戦うとき髪を纏められるうれしい。ありがとう」
魔美はそっと右目尻を人差し指でなでた。
「ラーメンでも食べるか」
「うん、豚骨チャーシュー麺」
「ああ、俺も好きだ。メリー・クリスマス」
「メリー・クリスマス」
礼司は魔美の頭をなでると渋谷の並木はキラキラと輝いていた。
「真美、由美メリー・クリスマス」
礼司は空を見上げてつぶやいた。
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