第2話  八鬼

タクシー運転手の中では遺体を「生」と言う。


寝台車がなかったその昔、タクシーの運転手が

遺体をこっそり運んでアルバイトをしていたこともあったのだという。

6月のある日の夜、飯田橋にある病院の下で老女が手を上げていた。

礼司がタクシーを寄せると老女は涙を浮かべて頭を下げた。


「運転手さんお願いがあるんです」

 運転席の窓にしがみつくようにして、

その老女は何度も頭を下げた。

「死んだ主人を家まで運んで欲しいんです」

「寝台車は?」

「お金が……、ないんです」

現在、寝台車を頼むと2万円くらいかかるそうで、

法律では遺体は霊柩車とそれに順ずる許可を得た車両と

自家用車だけなのであるが、老女には身内も無くただ泣いているだけだった。

「おばあちゃん、必ず戻るから待っていてね」

 礼司はタクシーの営業所に戻り、自家用車に乗り換え、

病院の裏口で防水シートにくるまれた遺体を引き取り、

礼司はあまりの軽さに驚いた。

その遺体は小さく、後部座席のシート横に納まる大きさだった。

礼司は遺体をシートで固定して、老女を助手席に乗せた

「ありがとうございます」

 老女は礼司の手を握り涙を流した。

二人の家は池袋の西口を川越街道の方に向かったところで、

池袋駅近くのパン屋の脇の

狭い路地を入った昔ながらの商店が立ち並ぶ中を走り抜け、

両側に古い家が立ち並んでいる場所の一軒だった。

「あれ? こんな場所あったかな?」

礼司は初めて来た場所に驚いた。

シートに包まったおじいさんの遺体を抱いて家に入り、

遺体を布団に寝かせると、礼司は老女に言った。


「おばあちゃん大丈夫かい」

「はい、あとは近所の人たちが手伝ってくれますから、

これ裸で申し訳ないけど……」

膝まずいたままの老女は、

折りたたんだお金を礼司の手に持たせた。

「いいですよ。このまま香典にしてください」

老女は拒否する礼司にしがみ付きポケットにお金を突っ込んだ。

「困ったなあ・・・明日、お線香あげにきますね」

 礼司は金額を確認せずに家を出て後ろを振り返ると、

玄関に老女とおじいさんの霊が深々と頭を下げていた。

車に戻ってポケットの中には1000円札が5枚あった。

「ああ、無理しちゃって」

翌日、礼司は休みだったので香典を渡しに昨日のところへ向った。

しかし、川越街道から入る道は池袋警察署から来る

四車線の通りで、あの密集した家並みは一軒もなかった。

「そうだよなあ、あんな所無かった・・・」

礼司は過去に行った自分を思い出し口に笑みを浮かべて言った。


じめじめとした夜、真ん中に芝が植えてある

新宿中央公園は、それを囲むように歩道があり、

そこにベンチが数メートルおきにあった。

公園の右下のほうには神社があり、

その下り坂の手前のベンチにカップルが座っていた。

マリ子と恒夫は長いキスのあと恒夫は手を握り言った

「そろそろ俺たち結婚しようか」

「本当」

「うん」

その時東のほうから強い風が吹き、

ベンチの上の木の葉がガサガサと音を立てた。

「うれしい」

マリ子は抱きついた。すると、マリ子は違和感に気がついた。

生暖かい液体が腕について、恒夫の顔が見えなかった。

「きゃー」

マリ子はベンチの下にしゃがみこみガタガタと震えると、

林の奥ではガリガリと言う音がしていた。


次の日の夕方、夜野礼司は新宿の歌舞伎町のゲームセンターにいた。

4台並ぶ対戦型レースゲームの右端に座っていた

礼司の後ろからは、レースゲームの見学者でいっぱいになっていた。

「あの親父10周目だぜ」

「うまいよな」

神がかり的な礼司のドライビングテクニックに、称賛の声が飛んだ。

「よし、これで今度は鬼を楽に轢き殺せる」

礼司は小さな声で言って、手を握り締めた。

「おじ様」

ゲームセンターの入り口付近にあるクレーンゲームの

前から魔美の声が聞こえた。魔美は黒のタンクトップ、

グレーのプリーツのミニスカートをはいていた。

「お、お前。昼間でも歩けるのか」

「もちろんよ、ドラキュラじゃないんだから。お茶しようよ」

行きかう人々が魔美を避けて歩いていた。

「おい、お前みんなから見えているだろう」

「えっ、ばれた」

「ばれただじゃないぞ、嘘つきやがって」

礼司が握りこぶしを振り上げると魔美は笑いながら手を合わせた。

「待って、今から説明するから」

二人は新宿東口のフルーツパーラーに入った。

「おじ様、フルーツパフェ食べたい」

「俺も」

礼司は水を持ってきたウエイトレスに

注文し礼司はウエイトレスを目で追って言った。

「な、おじ様はやめてくれ。それじゃなくても君と一緒に歩いて

ロリコン趣味と思われて変な目で見られているんだから」

「じゃあ、何て呼べばいいの」

「夜野〝やの〟でいいよ」

「あら、〝よるの〟じゃないの」

「〝やの〟だよ。それよりそろそろお前が現れる頃

じゃないかと思っていたよ」

「どうして?」

「昨日、不思議な体験をしたからさ。20年前の池袋に

行って来たほら伊藤博文の1000円札」

礼司は自慢そうに魔美に1000円札を見せた。

「ふーん、やっぱりね」

「驚かないのか?」

「夜野さんの霊感が徐々に強くなっている」

「なるほどな、俺もそんな気がする」

礼司は運転中に道路に立っている霊や建物の前に立っている霊を

よく見かける事が有った。

「あっそうそう、この前ありがとうね」

「いや、こっちこそありがとう。

仕事が指名で入ってきて儲かっている。あはは」

礼司はフルーツパフェを2つ持ってきたウエイトレスの

お尻をまじまじと見ていた。


「夜野さん女性に飢えているの? 奥さんは?」

「居ない」

「子供は?」

「居ない」

礼司は自分の事をあまり語りたくなかった。

「ふーん、じゃあ死んでも悲しむ人いないね」

「まあ、そうだな・・・

バカそんな恐ろしいこと言うな」

礼司は自分が死んで悲しむ人を思浮かべた。

「ねえ、タクシーの運転手をやる前の仕事は何?」

「ジャパンテレビ局勤務」

「何?大道具さん、カメラマン?アナウンサーの顔じゃないよね」

「ディレクターだよ。3年前までバラエティ、この前まで報道部」

「かっこいい!」

「まあな」

「どうしてやめたの?なりたくても簡単になれないじゃない」

「大人の事情、パワハラ

セクハラ、女子アナ接待色々あるのだよ」

礼司はこれ以上答えたくなかった。

「そうか・・・セクハラで首か・・・」

「違う、違う!」

礼司は首を横に振った。

「さて、練習でもするか」

「えっ、鬼退治結構楽しんでいない?」

「そ、そんな事ないぞ。失敗したら死ぬんだろう」

「そうよ。それは本当よ」

フルーツパフェをおいしそうに食べる魔美を

見つめながら、少し唖然とした表情で礼司が言った。

「おい、魔美。お前何者だ?」

「私、鬼を殺す者デビルハンターよ」

「デビルハンターか・・・かっこいい!」

礼司の頭にアニメーションや特撮の映像が浮び上がって

変身コスチューム想像して手を握り締めた。

「うふふ。子供みたい」

「これでも42歳だぞ」

「知ってるよ」

「なんで?」

「乗務員票に書いてあった」

「そうか・・・あれ・・・」

礼司は乗務員票のどこに年齢が書いてあったか考えていた。

「ところで死んだ魂は生まれ代わるのに何年かかるんだ」

「年数は決まっていない、死んだ人間が成仏すれば押し出されて

 生まれてくる」

「と言うことは地縛霊たちをどんどん成仏させれば

生まれ変わりが速くなるという訳か・・・」

礼司は顎に親指をあてて考えた。


「と言うことは死んだ霊はどこにいるんだ?」

「天国、あの世、他の世界呼び名はたくさんあるけどパラレルワールド」

「つまり、この世界には居ないという訳だ、でもいつか帰ってくる・・・」

礼司は3年前この世を去った二人を思い浮かべた。

「どうしたの?神妙な顔をして」

「なあ、パラレルワールドっていくつある?」

「うふふ、そう言うと思った。大きく分けると今は3つ」

「3つも!?」

礼司は一度口元に運んだフルーツパフェを止めて、眉間にしわを寄せた。

「そう。世界の間は微妙に時間がずれているけどね。

いい? 今の世界があるでしょ」

「うん、1つ」

礼司は指を折った。

「それと夜野さんの奥さんと子供がいる世界」

「うん、三人家族か良いなあ

2つ。もう1つの世界は?」

「夜野さんが完全に独身の世界」

「俺も今は独身だけど……」

「他にもたくさんあるわよ。人間のいない世界やもっと

科学が進んだ世界とか。でも、接点のある世界は3つだけ。

以前あったけど核戦争があって人類が滅亡たり、

隕石がぶつかって地球が無くなったりしたのよ。

またきっと別な世界が生まれるかもね」


「あはは、面白い話だ。ところで鬼の居る世界はどこだ?」

「それはそれぞれの世界にくっついている空間だよ。

 みんなが言う地獄」

「この前行った23時から24時の世界だな」

「ただ地獄を1時間以内に出なかったら二度と戻れない」

「つまり俺たちは死ぬという事か」

「そういう事よ」

魔美は真剣な顔をして答えた。

「ああ、今度のミッションはいつだ」

「やっぱり楽しんでいる。今日よ」

「何だって。おい、今日は休みだ。タクシーは乗れないぞ」

礼司は口に生クリームをほうばって言った。

「いいの、近いから」

「どこだ」

「新宿中央公園」

「あの首無し死体事件か?」

「そうよ」

「どうやって殺す?武器はどうする?」

「ピストル」

「ど、どこにあるんだ?」

 礼司はドキドキしていた。

「今から買いに行くわ」

「どこへ」

「ホビーショップ」

「はい?」

二人はフルーツパーラーを出ると新宿三丁目近くの

ホビーショップへ入った。

店内の一角にはプラスチック弾のピストルが並んでいたが、

礼司は反対側に飾ってある棚を見ていた。

「おお、フィギュアがいっぱいあるな」

「好きなの選んで」

魔美がそう言って振り返ると、礼司はチャイナドレスの

少女のフィギュアを取って笑っていた。

「これかわいいなあ」

「違うよ、バカ。ピ・ス・ト・ル」

「なるほど、例の物をつけてパワーアップするんだな」

礼司はピストルを選びはじめしばらくすると

一丁選んだ。

「ベレッタM92FS、22発装填。何か懐かしい感じがする」

「それでいいの?」

「おお、これでいい」

魔美は少年のように喜ぶ礼司を見て言った。

「まあ、いいか」

魔美は確認したが礼司が頑ななのでため息をついて諦めた。

「今日も23時からか」

「そうだよ」

 魔美がレジで16380円を払うと袋を受け取った礼司が言った。

「よし、その前に練習しておこう、ゲーセン行くぞ」

二人は歌舞伎町のゲームセンターでシューティングゲームを始めた。

「ところで魔美いくつだ?」

「17歳」

「よかった16歳だったら補導されるとこだった」

「そっちか」

「実は300歳とか言うのかと思った」

「ほんとに17歳だよ」

「そうか、娘みたいだ」

「そう、ありとう」

魔美はそう言ったあと、礼司に聞こえないような小さな声で、

「パパ」

とつぶやいた。

「何か言ったか?」

「べつに」

礼司はシューティングゲームで次々に敵を倒し、ゲームで最高点を取った。

周りではギャラリーがまた騒ぎ出し横で見ていた魔美が礼司に言った。

「うまいね。夜野さん」

「ああ、何か体が勝手に動くんだよ」

「なるほどね、経験が違うか」

「何だ、経験って」

礼司はゲームが終わると、ピストルの箱を持って歩きながら言った。

「さて、行くか」

「まったく、昔から勝手だなあ」

二人は新都心のビル街を抜け10時近くに新宿中央公園に着いた。

都庁と公園を結ぶ陸橋の所へ来ると、魔美は

と大きな声で林の方に向いて言った。

「嵐丸」

すると大きな声が聞こえ林の中から

フサフサの尻尾を立てて猫が出てきた

「ニャー」

その猫は大きなゴールドの目と愛らしいピンクの鼻、

グレーの縞と白いお腹はふかふかの毛で覆われ、

モップのような太い尻尾を立ててゴロゴロと

喉を鳴らして礼司の足に体を摺り寄せてきた。


「嵐丸よ。メインクーン種で10キロあるの」

「じゅ、10キロ! でかいな。でも、嵐丸か。かわいいな」

「かわいいでしょ。うふふ」

「おい。今から戦闘なのに、どうして猫を呼ぶのだ?」

「手伝ってもらおうかなと思って」

「おお、変身するのか? この猫」

「まさか」

前を歩く魔美のあとを追って礼司が言った。

「ところで今日の鬼はどんなやつだ?」

「名前が八鬼、数が2匹」

「ええっ、2匹! それで、どうして八鬼なんだ?」

「わからないわ、そういう呼び名なの」

「名前だけか」

「そうよ。それと、今回はタクシーに乗らないから

車では身を守れないわ。食われたら終わりね」

「マンガに出てくる防御ウエアとかはないのか?」

「ないけど……、鬼のスピードは早くないよ」

「どうやって撃つんだ?」

「今度は逃げないから、向かって来るのを撃てばいいの。

ただし、狙われるのは夜野さんのほうだけど」

「OK」

「ずいぶん余裕あるわね」

「おお、大丈夫。練習したから」

「単純」

 礼司と魔美、猫の嵐丸は、事件のあった現場に到着した。

「そろそろ鬼退治の時間だ、例の鬼のノブをよこせよ」

礼司は手を出すと、魔美は鬼のノブを礼司の手に平に載せた。

「ところで、どうやって向こうの世界に行くんだ」

「どうしよう、夜野さんパワーあるかな? 念じると行けるんだけど」

礼司は鬼のノブを持って心を集中したがノブに変化はなかった。

「だめだ、なんの変化もない」

「やっぱり、まだだめね」

「じゃあ、鬼の世界に行けないのか?」

すると、魔美は金色のピストルのマガジンを礼司に渡した。

「おい、なんだよピストルのマガジンか」

「そう、そのマガジンをピストル装着すれば、鬼の世界に移動するから」

「そうか」

礼司がマガジンを見ると弾が入っていなかった。

礼司は驚いた顔をして魔美を見た。

「付属のピストルの弾をマガジンに入れれば大丈夫だよ」

「本当かよ」

「うん」

礼司は弾を22発マガジンに入れながら深呼吸した。

「接近戦だな。ライフルで狙い撃ちすればよかった」

「だからそれでいいのって聞いたのよ」

「早くそれを言えよ」


魔美は嵐丸を抱いて礼司の腕につかまると、礼司はマガジンを装着した。

「しかし、なぜマガジンがぴったり合うんだよ」

「うふふ」

すると、今まで公園を歩いていた人が消え、木の下にはたくさんの地縛霊が現れた。

そこには、高速道路のそれとは違い、

苦しそうに口を開いて上を見上げている人が多かった。

「ここにもいっぱいいるな」

「ここはホームレスとか殺された人の霊がいるわ」

「なるほど、微妙に顔が苦しそうだ」

「そうね、交通事故と違って一瞬で死んだわけではないから」

「ところでどうやって捜す? 公園は結構広いぞ」

「うん、嵐丸捜して」

魔美が嵐丸のお尻を軽く叩くと、太い尻尾を立てて

公園の真ん中へ向かって走り出した。

「犬みたいな猫だな」

「うふふ、広場に移動しましょう。木の下では危険よ」

「OK」

 広場の真ん中に移動すると嵐丸が「ニャー」

と大きな声で鳴き出した。

すると公園の奥のほうから、全身が赤く3メートル以上の人間の体をして、

手は八つ手のように大きく、爪が5センチほどで剃刀のように鋭く、

頭は鳥のような大きなくちばしをした鬼が歩いてきた。


礼司は八鬼に銃口を向けた。

「からす天狗に似ているな」

「よく知っているわね、これがモデルよ」

礼司は口を開いてうなずいた

「このまま動かなければ撃てるな。まずは一匹」

トリガーに人差し指をあてた。鬼は5メートル手前に近づいた。

「一発目発射」

礼司はトリガーを引いた。

すると、パーンという乾いた音がした。

「当たった」

礼司は声をだしたが、弾が当たった鬼の腹には

10センチほどの穴が開いただけで、こちらに向かって歩いてきた。

「おい、死なないぞ」

「でも穴が開いている」

「確かに向こうが見える」

「今撃ったのプラスチック弾でしょ」

「その通り。でも効果はありそうだ」

「とにかく逃げようよ」

「おお、嵐丸来い」

礼司達は都庁のほうへ向かって走ると、

都庁への橋の前に透明の壁ができていて、

礼司はぶつかった。

「ここに壁があるぞ」

礼司は分厚いガラスのような壁を叩いた。


「マガジンを抜けば戻れるわ」

礼司がピストルのマガジンキャッチを押してマガジンを抜くと、

目の前に数組のカップルが現れた。

「おお、戻った。どうする?」

 礼司はしばらく考え込んでいたが、

「ふう」

と息をついて話し出した。

「魔美、さすがだな。モデルガンでも武器になってしまうんだからな。

とにかくあの穴の開き方なら頭を狙って撃てば何とかなりそうだ」

「ごめんね、私もよくわからない」

「とにかく、この橋の所にいれば後ろから襲われないことがわかったよ」

付属の弾はエアライフルの弾と同じような鼓のような形をしていて、

空気圧で薬きょうか弾を押し出すタイプだった。

礼司はさっき1発撃った薬きょうに弾を入れ、

再びマガジンに入れてピストルに装着した。

すると、目の前の公園の芝生の向こうから赤い八鬼が歩いてきた。


「来たわ」

魔美の声で礼司は銃口を向けて構えた。

「さっきの件があるからなめているな。頭を狙ってみる」

鬼は5メートル手前に近づき礼司がトリガーを引くと、

鬼は頭を押さえながら悲鳴を上げて転げまわった。

「簡単だ。あと1匹、行くぞ!」

「うん、のこり20分よ」

礼司と魔美は嵐丸の後について走り出した。

広場を抜けると神社が見え、その手前に黒い鬼が立っていた。

嵐丸は「フー」と声を出し、体を低く構えた。

「あれか。さっきのと色が違うから残りの1匹だ。はずさんぞー」

その時、嵐丸が黒い八鬼の足に飛びついた。

礼司は走って鬼の後ろに回り込み、後ろから頭を狙ってピストルを撃った。

すると額に穴が開き、鬼は転げまわった。

「やった」


「待って、後ろ見て。まだいるよ」

魔美の声で礼司が振り返ると、

向こう側の森の中に赤い鬼がいた。

「ん? 1匹はさっき殺したろう」

「生き返っちゃったみたい」

「頭だけじゃだめなのか」

礼司は穴がふさがりかけている黒い八鬼の心臓を狙って撃つと、

弾が当たって胸に穴が開いた。

「これでどうだ」

「まだみたい」

「あはは、だめみたいだ」

「胸が元通りになっている」


嵐丸が「フー」とうなり出した。礼司が5発連続で弾丸を発射すると、

体に穴を開けた黒い八鬼が逃げ出した。

「あっちへ走るぞ」

「何で! 危ないよ、のこり5分だよ」

「おお、分かった」

礼司は広場を通り過ぎ木の下へ入った。

「おらー、来いよ」

礼司は空に向かって声を出しピストルを上に向けた。

すると、赤い八鬼が林の奥から飛びかかってきて

礼司は押し倒され、腕を押さえられてピストルを落とした。

「夜野さーん」

魔美は大声を上げながら駆け寄り、

ピストルを拾って礼司に向かって投げた。

「ナイスカバー」

礼司がそれを受け取とると鬼はジャンプし、

礼司の上を飛び越えて魔美に向かって飛びかかった。

「きゃー」

 魔美が悲鳴を上げると、

「ニャー」と鳴きながら嵐丸は八鬼の目を狙って

爪を立てて引っ掻き、首に噛みついた。

「魔美!」

その時、礼司が受け取ったピストルが

金色に光ってカチャカチャと音を立て、

礼司の手は惹かれるようにスーッと

赤い八鬼に向かって伸びて引き金を引いた。

すると、八鬼が魔美に向かって大きく口を開いて

頭に噛み付く瞬間、その頭を打ち抜いた。


「ぎゃー」

と声を出して、赤い八鬼が転げまわった。

「あれ? 弾が出た」

 礼司が驚いていると後ろから来た黒の八鬼の

体の何ヶ所かに白く浮かんだ点が見えた。


「そうか、八鬼の意味がわかったぞ」

 礼司は白い点がある「眉間、首、左手、右手、右足、右手、腹」

に、次々に弾丸を命中させ、黒の八鬼の後ろに回りこんで

「ラスト、背中」と叫んだ。

8発目の弾を撃ち込むと、黒い八鬼は爆散し血しぶきを上げた。


礼司は次に頭が再生した赤い鬼に駆け寄り、鬼の周りを回りながら

「眉間、首、右手、右足、後頭部、背中、尻」に弾を撃ち込んだ。

「ん、あと1箇所は、見えない」

 礼司がピストルを下に向けるとまたカチャカチャと音がした。

「弾丸充填か」

 礼司はもう1度赤い八鬼の周りを回った。

「魔美残り時間は?」

「のこり2分」

「やばい」

 礼司は、7発を受けてフラフラになっている八鬼に

後ろから体当たりして前に押し倒した。

そして足の裏を見て「ああ、河童か」

鬼の体を飛び越えて頭に8発目の弾を撃ち込んだ。


すると八鬼は爆散し血を吹き上げ公園にいた地縛霊は血を浴び、

19個の黄色い塊がラグビーボール型の月が浮かぶ夜空に消えていった。

「23時59分55秒任務完了」

「どうやったの?」

「わからん。ピストルの弾が自動充填されたみたいだ。

さっきのゲームセンターのシューティングゲームのようにな。

それより、大丈夫か。お前は鬼に狙われないはずじゃなかったのか」

「たぶん、そのピストルを持ったからだと思う」

「なるほど、迷惑かけたな」

嵐丸は泥だらけの体で戻ってきて体を摺り寄せた。


「うん、嵐丸も良くやったな」

「ナイスコンビじゃない。さすがお昼寝仲間ね」

「お昼寝仲間って何だ?」

二人の目の前は深夜の新宿中央公園に戻っていた。

「さあ帰るぞ、腹減った。

嵐丸には国産マグロ入りの缶詰を買ってやるぞ。あはは」

「うん」


「もしもし」

後ろから自転車に乗った警察官が声をかけてきた。

「逃げるぞ」

礼司達は走り出した。

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