26〈ちえみ〉Where is the Love?
ダーク・シーから溢れた者達を見付けられる間はまだ良かった。
カルミラ・ダーク・ブルーは元は鈴木
清潔にくびれショートに刈った銀の髪には薄墨と白のメッシュが入り、真っ白な肌と紅い瞳孔に薄ピンクの唇、漆黒のベルベット地の聖歌隊ケープには髑髏のレリーフが施された緋色のボタンが金の糸で縫い留められ、白い繊細なレースの襟が付いている。黒いショートパンツはケープの裾でほぼ見えず肉付きの良い真っ白い太ももが
ダーク・シーでは好みの顔の女性キャストを襲う
「フフフ、イケない人ですね」
悶絶絶叫物の寒いセリフが
「イケないどころじゃないよぉおお」
今のちえみにはそんなセリフを吐いている余裕が無かった。
ダーク・シーに於いて
でもどっちも頑張って飲み干した。
それで何とか吸血渇望を抑えていたんだけど、
「フフッ、これが生態系頂点の生物の苦悩と言う事ですね、ええ…」
時々自分の意思に反して創作キャラクターであるカルミラが自然と表面に出てくる事も悩みの種だった。何だか常に頭が混乱している感じがする。ちえみは自分の中にどうしようも無い程〈人の血を吸いたい〉と言う欲望が渦巻いている事になるべく気付かないフリをしていた。
南砂町の自宅から血を吸えそうな怪物を狩りつつ、
「お腹空いた…死んじゃいます…マジで…」
スーパー跡で大好物の筈のスパム缶を幾つか手に入れたが何故か全く食べる気にならない。ただ、血液だけが欲しかった。
空腹で空腹で頭がおかしくなりそうだ。
フラフラと歩き続けて、ちえみは錦糸町にたどり着いた。錦糸町に近付くに連れ、街のあちらこちらに『臨時避難所 江戸東京博物館』の手書き看板があった。
「た、助かります、ええ」
ちえみは看板の矢印に従って避難所を目指すことにした。避難所にはきっと沢山の食べ物があるだろう…。
江戸東京博物館周辺は一部バリケードの様に資材が置かれて居たが、
男は身長183cmの痩せたアフリカ系の男で、老いてはいるが背中はピンとしている。顎には白くなった髭を薄っすらと纏い、眼窩は深く窪みその中からギョロリとした大きな目が眼光鋭く周りを観察し、頬はこけ頬骨が浮いている。頭にはチョコレート色の帯の付いた白いフェドーラ帽を斜めに被り、真っ白な使い込まれたシャツを着ていて、下は黒いパンツ、よく手入れされた古い革靴を履いている。手に持った黒く分厚いハードカバーの本は端が擦り切れていた。
「そこで止まってくれないか!」
その老いた男は両手を広げてよく通る声でちえみに言った。友好的に見えるがちえみを警戒していることが分かる。
「私も人間です、敵じゃありません」
「君も
空腹でイライラが募る。避難所らしき場所を見つけたのになんの権利があって邪魔するのだろう。でもこの男は『君も』と言った、暗に自分もキャストであると匂わせて牽制しているっぽい。
「君の名前と種族、職業、レベルを一つずつ教えてくれ」
おいおい、
「あなたがフレンドキラーでない保証がありません、お互いに譲りませんか?」ちえみはなるべく友好的に聞こえるように言った。男は少し考えて口を開いた。
「君の言う事ももっともだ、私から譲歩しよう」
「私は
最初の言葉は何だ?意味が分からなかったが職業が
「私は
「|The truth is kept secret〈真実は隠される〉」
男は手に持った本を掲げて言うとページをめくり、ちえみを見据えた。
「ありがとう、本当の様だね」
チェッ!
「名前も教えて貰えるかな?」
「名前はちえみ、種族は
吸血鬼の肌の白さも
「|The truth is kept secret〈真実は隠される〉」
「嘘をついたね」手に持った本に目を落とした老人の表情が厳しく曇る。
「ごめんなさい、本名を言うのは危険だと思ったので…。でもあなたも名乗っていないですよね?」此れは賭けだ。名前の方が嘘だということにする。二つの言葉の内のどっちが嘘かまで特定できるならおしまいだがYes・Noの判断しかできない方に賭けた。もしもどれが嘘かまで特定出来るならもう仕方が無い、暴力的にここを制圧するしか無い。
「
「それはキャストネームでは?」
「それにI Stop Her、なんて言われたら警戒してしまいます」
「君の言う通り、
「ありがとう、シㇲさん。私はカルミラ・ダーク・ブルーです」
それを聞いたシㇲは再び本に目を落とし
「真実をありがとう、レベルを聞かせてくれるか」と言った。
上手く行った、やはり言葉の中のどれが嘘かまでは判断できない様だ。まんまと
だがレベルを言うのは厄介だ。ちえみはレベル62、高レベルプレイヤーだが向こうがそれ以上の場合殺される可能性があり、逆に向こうがより低レベルなら警戒されて迎え入れて貰えない可能性がある。
「シㇲさん、レベルを言うのはお互いにデメリットが大きいのでは無いでしょうか?あなたは嘘を見破れるようですので何か私を信用できる質問をしてくれませんか?」
シㇲは窪んだ眼窩の奥から《ジィ》っとこちらを見つめている。
シㇲにとっても自分より職業的に優位な相手がレベルでも上回っていたとすれば、これ以上刺激して関係を悪くするのはマズい筈だ。さあ、敵なのかどうかをその
ちえみは事の成り行きがジリジリと自分の思う通りに進んでいるのを感じていた。
「ふむ…」
「|The truth is kept secret〈真実は隠される〉君は私を含む此処にいる人々に憎悪や復讐心と云った敵意を持っているか?」
来た、敵意なんてある筈が無い。
「誓って敵意はありません!」
暫くの間シㇲは手にした本を凝視した
「色々と済まなかった、カルミラ、君を歓迎しよう」そう言ってちえみのもとに歩み寄ってきた。
「ありがとう、とても空腹で辛かったの」
「豊富では無いが食べる物はあるよ、ブックキャストであるカルミラにはこれから一緒にここを守って欲しい」シㇲは笑顔を見せた。
「敵意が無いって証明できて良かったです」ちえみはやっと食事にありつける喜びに頬を緩めた。
敵意、そう、敵意なんてあるものか、
ちえみは美しい笑顔を
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