16.忍び寄るカゲ

 電気もついていない、真っ暗な自分の部屋。

 私は、ベットの上で、体育座りでひざに顔をうめていた。

「みかる氏……」

「みかるや、元気出すのじゃ」

 阿弥陀如来サマと壱おじいちゃんが心配してくれるけど……私は何も言わず、相変わらず電気もつけないまま。

      『生徒会やめろ』

 クラスメイトの男子に言われたこの一言が、今日1日、ずっとアタマの中を駆けめぐっていた。だって。

 大好きな生徒会をやめるなんて──そんなの、考えらんないよ。

 私、そんなことになるくらいなら、帰ってからもずっとおやつ抜きの生活の方が、まだマシ。

 そのくらい、私にとって桜望中生徒会は──大切な、居場所なんだもん。

 暗い部屋で、ピコンっ、と、スマホが小さく鳴って、画面が光った。

『みかるさん』とだけ表示されていて、見ると、ゆゆりんからだった。

『今日、生徒会をお休みされていたのは……変なウワサが原因ですか?』

 わ……。隣のクラスのゆゆりんにも、私の変なウワサは伝わっていたんだ。

 こんな時、いつもなら、迷いもせず『大丈夫だよ! 気にしないで!』と返すであろう私。でも、今日は……。

 返信せずにいたら、ピコンっ、ともう一度、ゆゆりんからメッセージが送られてきた。

『私は、みかるさんがまわりで何を言われてようが、くだらないことだと思っています。みかるさんが……ウワサされているようなことをする人じゃないって、わかってますから』

 長文で送られてきた、優しさいっぱいのメッセージに、とりあえず『ありがとう』とだけ返す。それから3分くらいかな、少し経った。またしても、スマホが鳴って画面が光る。

『みかるさん、大丈夫ですか?』

 一心くん。

『僕もゆゆりんさんも、同じクラスじゃないので……守れなくて、すみません。みかるさんのことは、当たり前に信じています』

 そのセリフと共に、一心くんから送られてきたのは。

 仲むつまじくみんなで笑う、デフォルメされた、4人のアニメキャラの顔のスタンプ。

 そこには『仲間だよっ☆彡』と書かれている。

 これは──私たち生徒会の、4人かな。

 私は、じぃん、と胸が少しだけ熱くなる。

 一心くんにも、ゆゆりんと同じように『ありがとう』とだけ返した。

 ゆゆりん、一心くん。本当に、ありがとうね……。

『インフルエンザマジで辛ぇ。(TT)マジナメてたわ。全然熱下がらねー……。みかる、オレが死んだら桜望中生徒会を頼む』

 最後に来たメッセージは、せとだ。

 私はトントンっとスマホをタップする。

『ブラックジョークが過ぎる気がするよ?』

『いやガチのやつ』

『ママに頼んで、あとでせとの家に、みかん何個か持ってってあげる』

『マジで? サンキュー。やっぱ持つべきものは、みかん大好きで家に常備してる、みかるのおばさんだな!』

『私じゃないんかい!』

 ……なんか、せとと話してると、気が抜けるよ。

 なんとなくほっとするっていうのかな。やっぱり、幼なじみだからかなぁ。

 今日学校で、せとがいてくれたらなって思ったのも、いつも一緒にいすぎて安心するからって理由からかもしれない。

 うん。きっとそれだけ。それだけだもんっ!

『じゃな〜。感謝感激雨あられ〜。みかん楽しみにしてるわ。明日も学校頑張れよー。オレは寝るけど』

 みかんはあとで届けるとして、学校……。行きたくないな……。

 なんて返そうか悩んで、悩みすぎて辛くなった私は、了解! の意味の、『り!』とだけ返した。

 本来の姿の阿弥陀如来サマが、横からスマホをのぞき込んでくる。

「みかる氏……。せとさんには、学校でのことは言わないのですか?」

「心配するもん」

 阿弥陀如来サマの言葉に、即答する私。そうだよ。

 せとは、こんなときには、ゼッタイ私をからかったりなんかしない。

 クラスみんなの前で、私がそんなことするはずがないって、何言ってんだよって、高校生のお兄さんに言った時みたいに、真剣に怒ってくれるんだ。

「今回の件、ほぼ確実に、邪神のしわざではないかと私は考えています。おそらく七変化のチカラを使って、みかる氏に変化しているのかと」

「なんで、私の姿になって、悪いことしてまわるんだろう?」

「阿弥陀如来である私の仕事──【あみだぶつ】の仕事を手伝う人間のみかる氏が、邪魔なのかも知れません。これ以上南無阿弥陀仏を唱えるのなら、容赦はしない──そういった警告なのかも……」

 怖い。シンプルに怖い。

 最初に出会った時、壱おじいちゃんが言っていたこと、みんな覚えているかな? 

 そう。私は、阿弥陀如来職務補佐に、【あみだくじで選ばれた】だけ。

 ただそれだけのことなのに、なんで私がこんな目にーっ! うぐぐ、とクチビルを噛みしめてうなりながらも、私は言った。

「【あみだぶつ】のお仕事──一度引き受けたからには私、もうちょっとだけ、頑張ってみるよ」

「みかる氏……!」

 阿弥陀如来サマがキラキラと目を輝かせる。

 壱おじいちゃんは、その横で誇らしげな顔だ。

「ほっほー! みかるや! ワシの孫だけあって、強いぞぉ! えらい! えらすぎじゃあああ!」

 喜ぶ阿弥陀如来サマと壱おじいちゃんを眺めていたら──ちょっとだけ、不安も消えたような気がした。

 ◇

 ままままま、マ、ジ、で!

 この学校(まぎれもなく、私が生徒会長を務めている桜望中だよ!)の生徒たち、どうなってるのー⁉

 ──せとがインフルエンザで休み始めてから、1週間が経った。

 あの日から。あの、教室でクラスみんなに、冷たい視線でにらまれた日から。

 少し経てば、変なウワサや、私に変化した邪神の目撃情報も途絶えると思っていたのに──。

 登校時、私のくつ箱のロッカー。

 うわばきを取り出そうと手につかんだ途端、バラバラバラッ! と落ちてきたのは、大量の画びょうだ。

 な、なに考えてんの……。誰がやった? こんなのっ! ケガしちゃうじゃんっ! 悔しくて。

 クチビルを噛みしめながら、とりあえず、ここを通った誰かが踏まないように画びょうを拾う。

 最初は小さなことから始まった。

 授業中、となりの席の女子に「消しゴム貸して?」と頼んだら、「万引きしたやつがあるんじゃないの?」なんて言われたり。

 私にだけプリントが渡らなかったり。名前を、わざと呼ばれなかったり……。

 ──むっかあ! 

 イロイロ思い出したら、腹立ってきた! 

 ゼッタイ泣いてなんかやらないんだからっ!

 嫌がらせという名のいじめ、おさまるどころか、日に日にエスカレートしてる気がするんですけどっ!

 なによりショックだったのは……大好きな桜望中の生徒が、こんなことするなんて。

 現実を突きつけられた気がして、とても胸が痛んだ。

「カンニングするな! 学校の恥が!」

 今も、後ろからやってきた生徒に、すれちがいざまこんなことを言われた。

「だから誤解だってば……」

 カンニングとか、トーゼン、私してないしね?

 勉強だって頑張ってるんだから、そんなのする必要ないもんっ!

 このくらいなら、まだ、いい。

 他にも、私が男子トイレに入ってきたとか、掃除をサボっていたとか。

 私に変化した邪神のせいだと思える事件が、次々に起こった。

 放課後、生徒会室に入るとほっとする。

 ゆゆりんと一心くんが、あったかく迎えてくれるから。

 ◇

 この日、帰りのホームルームが終わって、一番乗りで生徒会室にやってきた私。

 トイレに行こうと、スクールバッグを自分の机の上に置いて、少し経って戻ってきたら。

 生徒会室から、あわてた様子で出てきた生徒とぶつかりそうになった。

「!」

「わっ!」

 今の生徒……中に入ったのかな? びっくりしつつ、自分も中に入ると。

『雨宮みかるは生徒会長をやめるべき!』

『生徒会長にふさわしくない!』

 ルーズリーフに、乱暴な汚い字で書かれた文字。その紙が、私の机の上に置かれていた。

 ふと、妙なニオイに気づき、スクールバッグの中をのぞくと。

「なっ! 納豆⁉」

 私のスクールバッグの中は、納豆まみれ! 筆箱から何から、異臭を放っていて臭い。

 やだ! 誰かが、私がトイレに行ってる間にやったんだ!

 うわぁ……。どうしよう、コレ。洗濯? さすがに……ちょっとキツい、かな。

 このスクールバッグ、入学祝いにパパに買ってもらったやつだし。

 ──「イイなぁ! お姉ちゃん!」

 ──「まなつにも、中学生になったら、買ってやるからなぁ!」

 ……うん。なんか、込み上げてくるものがあるよね。

 やばい涙出そう。

 だめ泣いちゃ!

 みかるは、こんなことで泣いたりしないんだからっ!

 生徒会、やめたりなんか、ゼッタイしないっ……!

「うっ」

 目頭が熱くなって、泣きたくないのに、自然と涙がにじんでくる。

「ひっく」

「大丈夫か?」

 突如として響いた声の主に、私は驚いて、バッ、と振り返った。

 生徒会室の扉にもたれかかるようにして立っていたのは──せとだ。

「せと……なんでここに。インフルエンザは?」

「全快したつーの。みかるが泣いてんじゃねーかと思って」

 一歩ずつ、ゆっくりと近寄ってくるせと。

「ゆゆと一心に聞いて、おかんが止めるのも振り切ってかけつけたわ。スクールバッグとか持ってねぇし、第一私服だぜ?」

 フフッと笑って、せとがそう言う。

「強がんなって」

 そして、伸びてきたせとの手が──私の頭の上に、ポン、と遠慮がちに置かれた。

 突然の出来事に、目を見開いて、びっくりする私。

 声を上げる間もなく、続いて生徒会室に入ってきたのは。

「生徒会は、みかるさんの味方ですよ」

「ですわ」

 一心くん、ゆゆりんっ!

「うっ、ふえぇええーん……!」

 私は、心の底からほっとして。それから、この1週間、とてもとてもつらかったことを思って、泣いた。

「あーもう、泣くなって」

 頭をガシガシかきながら、少しあきれた様子で──そしてあせったように、そう言うせと。

「大丈夫ですわよ、みかるさん」

 私の背中に手をそえて、きれいなハンカチを差し出してくれるゆゆりん。

「よく頑張りましたね、みかるさん」

 一心くんは、乱暴な字で書かれたルーズリーフを、クシャッと丸めて、そしてポイッとゴミ箱に投げ捨ててくれた。

 私はやっぱり、この、とてもあったかい生徒会が、みんなのことが──大好き。

「あたしたちも味方だよっ!」

「みかるのこといじめるヤツがいるなんて、許せない!」

「みかるがいじめとか万引きとか……そんなんするワケないのにね! 信じてあげられなくてごめん! みかる」

「みかるちゃんっ。わたしになにか、できることはない?」

 生徒会メンバー3人に続いて、中に入ってきたのは。

 まゆうちゃん、りっちゃん、あーりん! ねいろちゃんも!

「みんなぁ……!」

 熱い友情を感じて、嬉しくなって、また泣いちゃいそうだよ!

 自分を信じてくれる人。大切に想ってくれる人。そんな、かけがえのない味方がいるだけで──こんなにも勇気が湧いてくるものなんだね……!

 私はもう、さっきまでのどんよりとした暗い気持ちなんか忘れて、真っ直ぐ前を向いていた。

「じゃー、全員そろったところで、黒幕探しといくか!」「そうですわね」「必ず邪神を封印してやりましょう」

『ごくらく★生徒会』のことを知らないまゆうちゃん(阿弥陀如来サマが記憶を消した)と、りっちゃんとあーりん、そしてねいろちゃん(まゆうちゃんと同じく、阿弥陀如来サマが記憶を消した)は。

 『邪神』というワードに、一瞬きょとん、としていたけれど、幸いなことに、誰もとくになにも聞いてこなかった。なにかのジョークだと思ったのかな? それにしても、ホッ。話がややこしくならずに済んだよ。

 全員が生徒会室を出ようとしたその時、本来の姿の阿弥陀如来サマと、宙を移動する壱おじいちゃんが、あわてた様子で中へかけこんできた。

 ぬいぐるみは今日、家に置いてきたのに、ふたりが本来の姿で学校に現れたってことはきっと──緊急事態!

「みなさん! 大変です! 桜望中の全校生徒たちが、校庭で暴れてます!」

「『ごくらく★生徒会』! 出動じゃあー!」

 まゆうちゃん、りっちゃん、あーりん、そしてねいろちゃんが、阿弥陀如来サマと壱おじいちゃんを見て、びっくり仰天して倒れそうになる。

 全校生徒が暴れてるって……一体、なんで⁉

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