9.一難去ってまた一難?

「お、終わったああぁ〜!」

 パーン! パパパンッ! と、アタマの中で祝福のクラッカーが盛大に鳴り響く。

 まゆうちゃんの美魂を邪神から無事に取り戻してから、一週間と少し。

 私は、歓喜の声をあげて、生徒会室の自分の机にどどーっ、とつっぷした。

 やっと、やっと中間テストが終わった!

 長かった、長かったよ……!

 くううっ、と瞳を閉じてこぶしを作る。

 桜望中は、高校までエスカレーター式の中高一貫校だから、そのぶん、試験もすっごーく難しいんだ。

 でもでもっ! 今回は、まゆうちゃんに宣言した通り、ニガテな数学だっていつもよりめちゃくちゃ頑張ったから、結果も期待できるし、楽しみだよねっ!

 邪神との戦いで、一時はどうなることかと思ったけど……無事に、今回も試験を乗り切った! 

「帰ったら、ごほうびに近所のショッピングモールの喫茶店で、ママにパフェ買ってもらって食べるんだ〜!」

「みかるさんは、パフェお好きでしたもんね」

 るんるんっ!

 嬉々としてそう言う私に、ゆゆりんがにっこりほほえみかけてくれる。

 えへへー、と、私は笑いをこぼした。

「みかるは大食いだからな……喫茶店のパフェ、ひとりでゼンブ食い尽くすなよ?」

「そんなに買わんわっ!」

 相変わらず、なにかにつけて失礼なことを言ってくるせとに、くわっ! と私が怒りの形相になったところで、一心くんが言った。

「僕は今日、家族で隣町の美味しいラーメン屋に行く予定です」

 えっ! ラーメン⁉

 一心くんの言葉に、ピク! と耳を動かす私。

 パフェの次にだーい好きな、私の大好物!

 やっぱりラーメンは、とんこつもみそもしょうゆも、ぜーんぶ! 美味しいよねっ!

「ほえー! いいなあ〜、一心くん!」

「ちっ。やっぱり食い意地はってやがる」

 せとが顔をしかめる。

「みなさん! 試験も十分大事なことですが、あみだぶつの仕事も忘れないようにお願いします!」

 生徒会室の窓際のイスに座らされている、犬のぬいぐるみ姿阿弥陀如来サマの声が響いた。

 ネコのぬいぐるみ姿の壱おじいちゃんも、うんうんとうなずいている。

「え〜〜〜? もう私たち、疲れたよ〜〜〜」

 邪神と戦って、試験勉強もして、もうクタクタだよっ。

 明日からはまた、生徒会の仕事も普通にこなさなきゃいけないし(プリントまとめたり、先生の仕事をちょっと手伝ったり、主に雑用だよ!)、またいつもの日常が戻ってくる。

 阿弥陀如来サマは、「ですが」とコホンと咳をついて、

「次に邪神に美魂を狙われている方を、見つけました」

 げっ! また⁉

 この学校にいる邪神って、まゆうちゃんに取り憑いていたヤツだけじゃないの⁉

 私はユーウツな気分になる。

 でも。

 しょうがないか。だって私たちは、『ごくらく★生徒会』だもんね。

 私の魂が極楽浄土にいけるよう、【あみだぶつ】の仕事は、イヤだけど、ムシするワケにはいかない!

 そういえば、阿弥陀如来サマは一人でも多くの人間を極楽浄土に連れていきたいって言ってた。

 それは、そのとおりだけど……。

 地獄にいく人が増えるのは、私だってヤだけどっ!

 ああ、【あみだぶつ】の仕事って、なんてカコクなんだろう……。

 と、私は瞳を閉じてくちびるをとがらせる。

 うー。みかるは今なら、歌を歌えるよ。

 ……聴きたいかな?

 それでは聴いてください。

 前回に引き続き、雨宮みかる、魂のソングパート2。『一難去ってまた一難〜ホントに私の魂は、極楽浄土にいけるのデスカ⁉〜』

 ズンチャズンチャズンチャ……♪(終了)

「で? 邪神に美魂を奪われている人って誰?」

 私は、机から体を起こして、少し真面目に阿弥陀如来サマに問いかけた。

「それは……せとさんです」

「ぶっ、ゴフッ!」と、飲んでいたコーラを盛大に吹き出したのは、せとだ。

 阿弥陀如来サマの至極真面目な表情と声色に、私たちはびっくり仰天。

 えええ⁉ まっ! マサカの、生徒会メンバー⁉

「ちょっとせと! キタナイよっ! ……って、阿弥陀如来サマ。それ本当?」

「本当です。確かにせとさんから、邪神に狙われている時の邪気を感じます」

 ってことは、せともまゆうちゃんみたいに、キケンな目に遭うってこと?

 まゆうちゃんは、私が南無阿弥陀仏を唱えたから、魂は助かったけど……。

 せとの魂も、地獄にいくかも知れないって?

 その前に、生気を吸い取られでもしたら。

 このままだと……死⁉

「まあ。お気の毒ですわね」

「あらら、大変ですね」

 と、真剣に考え込む私に対し、ゆゆりんと一心くんはこともなげに涼しげな顔だ。

 ズコーッ、と私は、漫画みたいにズッコケた。

 ……このふたり、敬語で話すところも、こういう意外とドライなところも、なんか少し似ているような……?

「お前ら少しはオレを心配しろォォオ!」

 ウガー! と、せとがゆゆりんと一心くんにかかっていく。

 そうだよ! いくらせとだって、こんなのはちょっとかわいそうだもん! ちょっとね。

「今回せとさんに取り憑いてる邪神は、まやかしのチカラを持っていると言っておきましょう。人をあざむこうと、見かけを似せて作り出す幻影。つまり、ニセモノのことです」

「せとさんは、いつもお優しくて明るくて、それがまやかしになんて見えませんわ」

 と、ゆゆりん。

 私は心配になってぼそっとつぶやいた。

 ううん、つぶやいてしまった、の方が正しいかな。

「それが、実はせとは、影でめちゃくちゃ悩んでるってこと……?」

 シーン、と生徒会室に、気まずい静寂がおとずれた。

「オレ、ちょっと旅に出てくるわ。しばらく学校休むかも」

 くるりと背を向けて、帰り支度を始めるせと。

 いやいやいや、落ち着いてってば! せと!

「旅行するなら、箱根か熱海あたりが良いと思いますよ。有名な温泉地ですし」

 と、大真面目に一心くん。

 いくらなんでも、ふざけてるよね。

「オレが邪神に取り憑かれてるなんて、信じたくねええー!」

 せとがわめく。

「とりあえず、私たちでせとの様子を見張っていよう! いつ邪神が現れてもいいように、なにかおかしいなって気づいたら、早めにせとのオデコにおふだを貼ろう!」

 うんうんっ、と、私、ゆゆりん、一心くんはうなずいた。

「そういえば、もうすぐ文化祭ですわね」

「明日から準備も始まりますね」

「今年はスーパーボールすくいあるかな〜」

 なーんて、落ち込むせとも軽くムシして、みんなで話していたら。

 生徒会室のドアが、ガラッと開いた。

 入ってきたのは……げっ! ケン校長先生だ!

「生徒会! 今回の文化祭では、演劇部が体育館で劇をやる! 明日はその手伝いに行け!」

 演劇部の、劇の手伝い!

「「「「はーい(はい)」」」」

 と、気の抜けた返事を返す私たち。

 っていうかほんとに。

 生徒会なんてかっこいいのは名ばかりで、実際の仕事といえば、雑用ばっかりだよねっ!

「でもまあ、こんくらいは、生徒会の通常の仕事かもな」

 せとも私と同じことを思ったのか、自分に納得させるようにそうつぶやいた。

「だね」

「ですわね」

「ですねー」

 ◇

 ────。

 空がオレンジと群青の入り混じった、キレイなプリズムに染まる頃。

 私たちはぞろぞろと、一緒に生徒会室をあとにする。

 学校の帰りは、それぞれの家の途中まで、たまにこうして4人で一緒に帰ったりするんだ。

 よしっ。生徒会室のカギはちゃんと締めたっと。

 施錠、完了!

 職員室にカギを返しに向かう途中、私はふと立ち止まった。

 そういえば。

「あっ! 私、生徒会室にお茶忘れちゃった! 明日になったら腐っちゃう。ちょっととってくる! 待ってて!」

「おー」

「「了解です」」

 3人を待たせないように、タタタッ、と早足でかけていく私。

 無事にお茶をとってきて、カギももう一度ちゃんと締めて──、廊下を歩いていたら。

 階段の踊り場で、せとと話しているのを見たことがある男子生徒3人が、何やら話していた。

 私に気づく様子はない。

 多分、サッカー部の男子だよね。

「オレ、この間あった蓬望よもぎもち中との練習試合で、10番着れなかったんだぜ。カントクが、笹浜に着せるって言ってさ」

 そのまま踊り場を通り過ぎようとした私だったけれど、耳に飛び込んできたせとの苗字と、不穏な会話に、なんとなく出そびれて、隠れてしまう。

「あー、せとかー。……うぜーよな」

「まじでうぜぇ。生徒会だし」

「しかも女子にモテるらしいしな」

「オレも嫌いかなー。なんか他の男子見下してそうな感じが」

 男子生徒たちは、しばらくすると「そろそろ帰ろーぜ」と階段を降りていった。

 私は……ムカつきすぎて、悔しすぎて。

 まるで自分が陰口を叩かれたみたいに、胸が苦しい。だって。

 背番号のこととか、そんなの、せとが悪いワケじゃないじゃんっ!

 だって、普通そんなことって、カントクが決めるもんでしょ?

 せとがサッカー上手いからって、ひがんじゃってなによ!

 他にも生徒会だからだとか、女子にモテるからうざいとか。

 あの男子たち……せとの友だち? 友だちじゃあないよね?

 カゲでコソコソ、ひどいよっ!

 不満があるなら、面と向かって、正々堂々と言ったらいいのに!

 ムカムカした気分で校門にたどり着くと、そこには夕陽に照らされて笑うせとがいた。

「遅かったな。お化け出てさけばなかったか?」

 お化け……。

「そんなの出ないもん! ばっ、バカにしないでよねッ!」

 ケケケ、といつもの調子で笑うせとに、それをほほえんで見つめているゆゆりんと一心くん。

 私は、「帰ろーぜ〜」と言って歩き出す、私より少しだけ背が高いせとの背中を見つめた。

 邪神が、せとに取り憑いている──。

 もしせとが、ひとりで悩みを抱えているんだとしたら。

 ダレにも相談できずにいるんだとしたら。

 幼なじみの私に、何ができる?

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