4.親友・まゆうちゃんを救え!

 次の日からさっそく、私たち『ごくらく★生徒会』は始動した。

 始動って言っても、まゆうちゃんの心に邪神が棲みついてるってことが、私はまだ半信半疑で……。

 阿弥陀如来サマとおじいちゃんは、なんの根拠があってそんなことを言うんだろう?

 悪い気ってなに? それって、人にはわかんないものなのかな。

 やっぱり神様とか、一度死んだ人間だからわかるの?

「ちょっと聞いてる? みかる」

 目の前にいる、ショートカットで茶髪の女の子。

 その子からは、ふわわーんといいニオイがする。

 香水つけてるのかな、それともシャンプーの香り?

 そう。こんな、可愛くって、ふつーに明るい感じの女の子が、心を壊してるだなんて、にわかには信じられない。

 阿弥陀如来サマとおじいちゃん、なにかかんちがいしてるんじゃ……。

「みかるってば!」

「ほえっ?」

 強い声で名前を呼ばれて、私は我に返った。──そうだった。

 私はまゆうちゃんの心を探るべく、とりあえず一緒に下校することにしたんだった!

 ちなみに今は、二学期の中間テストの試験期間中。

 まゆうちゃんは、バスケ部に入っているんだけど、試験期間中は部活もお休み。

 私の生徒会も、いつもより仕事が少ないんだ。っていうか!

 うーっ! 数学のテスト、また50点超えられなかったらどうしよう。さすがにママに怒られちゃうよ!

 あみだぶつのお仕事、しぶしぶ引き受けることにしたのはいいけど、テストに支障が出るようなら、すぐにやめてやるんだからっ!

「数学のテスト、自信ありそ?」

 まゆうちゃんが、傘をくるくる回しながら、少し首をかしげて私に問いかける。

 うっ。私のニガテな数学のテストの話題……。

「ないに決まってるじゃーん! 私また50点以下だったら、今度こそママにしばかれちゃうよーっ! おやつだって、与えてもらえないかも(泣)」

 ──「みかる! なんなのこの点は! ママこれ以上みかるがバカになるの、許せません! そんなんだったら、進学校だからって、塾に通わせるからね!」

 あははー、と笑っては見せたものの、ママの怒った声が実際に聞こえてきたようで、ユーウツな気分になる。

「あ、みかる、あぶないよ」

「うおっとお!」

 昨日降った雨で出来た大きな水たまりを、私は間一髪よける。

 まゆうちゃんは、そんな私をひっぱって支えてくれた。

「えっへへ、ごめんね」

「……みかるは、入学してから変わったよね……。ちょっと生徒会、頑張りすぎなんじゃない? 今からそんな成績じゃ、幼なじみのせとくんにも、嫌われちゃうと思うよ」

 ……へっ?

 きょとんとする私に対し、まゆうちゃんは、言ってからなぜかはっとした様子で、

「ほっ、ホラ、みかるとせとくん、いつもなにかと言い合ってるじゃん」とあせって言った。

 ……せとが私をどう思おうと、毛ほども興味ないし、どうでもいいことだけど……。

 そんなことより、気になったのは私の成績のことだよ。

 生徒会、頑張りすぎ? ……私が、入学してから変わった?

「なっ、そんなことないよ。だって生徒会頑張ってるのは、せともゆゆりんも、一心くんも一緒だし!」

 私は少し声を大きくしてまゆうちゃんにコーギする。

 まゆうちゃんってば、急になんでそんなこと言うんだろう。

 そうだよ。私が生徒会頑張りすぎで、変わったなんて、一体どういうこと……?

「あの3人は、きっとまた今回も成績、学年10番内でしょ? みかる、50点とか。あたし、みかるが入試トップで、めちゃくちゃ悔しかったのに。みかるは、やっぱりすごいなって。あたしも負けてらんないなあって。中学に入っても、きっと良いライバル同士でいれると思ったのに」

 ……まゆうちゃんは、小学生の頃、私と同じ塾の友達同士だった。

 学校はちがったけれど、いつも塾では、テストの一番を競い合う勝負をしていたんだ。

 勝ったり、負けたり。同じ桜望中に必ず一緒に行こうねって、約束だってしていた。

 私はそれが叶って、本当に嬉しかった。

 なのに今、その一番の友達は、私に失望したような表情で言葉をつむいでいる。

「なんか、期待はずれだわ。みかるもその程度だったんだね」

 私は、ピタ、と足を止める。なっ、なにそれっ。

 私が入試トップだったのをすごいって思ってくれていたのは嬉しいけど……。

 ため息をつきながら言うのとか意味わかんないし、普通そんなこと、思ってても口に出す? 

 カンジわるーい! いくらまゆうちゃんだとしても、その言い方はないよっ。

 邪神に心を乗っ取られてる(らしい)からって、まゆうちゃんのことが心配で、こうして一緒に帰ってるっていうのに!

 そんな私の内に秘めた気持ちもよそに、期待はずれとかその程度とかっ!

 わなわなわな、と、自然と手が震えてくるのを止められない。

 くーっ! もうまゆうちゃんなんて、知らないんだからっ!

 ──この時の私は、まゆうちゃんの本当の気持ちなんて、知る由もなくて。

 傘の柄をぐっとにぎりしめて、こう叫んだ。

「イーだ! どうせ私は、中学に入ってから落ちこぼれに成り下がりましたよーだ! 数学は、算数と違って難しいんだもんっ! なにさ! 親友だからって、バカにしないでよね!」

 バシャバシャバシャ!

 私は、「ちょっと、みかる!」と後ろから聞こえる私を止める声も無視して、その日はまゆうちゃんを放って、走って家に帰ったのだった。

 ◇

 ──ぶっすううぅ。

 次の日の朝。先生が入ってきて、朝の点呼が始まる5分前。

 私は、超絶☆フキゲンな表情で、教室の自分の机にドカッと腰をおろした。

 いつもなら、教室に入った瞬間に私を迎えてくれるまゆうちゃんと、「みかる! おっは〜!」「まゆうちゃん、おはよっ!」ってハイタッチするんだけど、今日はそれもなし。

 同じクラスのまゆうちゃんは、今日は私が教室に入ってきてから、私の方を気まずそうな表情で見つめながらも、別の友達の輪に入っている。

「なになに、みかるとまゆう、ケンカしたん?」

「うん。ちょっとね……」

「ふーん。めずらしいね」

 なんて話す声が聞こえてくるけど、私はぷいっと横を向いて、聞こえないふりをした。

 ……親友と、ケンカしちゃった……。それも、成績のことで。

 なんてシビアなケンカの原因!

 塾にいた頃、先生の目を盗んで二人で早弁とかして怒られていたことが懐かしいよ。

 私はお弁当だけじゃなく、おやつのプリンまで食べたりして……。

 ──「くおら、雨宮! 授業中にプリン食うとは、何事だああっ! 受験に落ちたいのか!」

 ──「受かりたいです!」

 まゆうちゃんは、私がライバル失格だとかなんとか、そういう感じのことを言っていたけれど、それってどういう気持ちで言ってるのか、わかんないよ。

 イヤミにしか聞こえないもんっ!

 そこまで考えてから、ふと頭に浮かんできたのは、私がせとに嫌われちゃうんじゃない? なんて言ったあとの、まゆうちゃんのあせった表情。

 まるで、少しいじわるなことを言ってしまった自分に気づいて、相手が私だから、しまった! ってな表情。

 ……あの表情、なんだったんだろう。よくわかんないけど、もういいや。

 ふんだ! まゆうちゃんなんて!

 今日はお弁当も、一緒に食べてあげないんだからっ!

 ゼッタイこっちから謝ったりなんかしない!

 ──嗚呼。

 順調に進んでるって思ってた中学校生活だったけれど、まさかこんなことでカベにぶち当たるなんて……。

 うっ、うっ。

 みかるは今なら、魂を込めた悲しみのソング『嗚呼、難しき中学校生活〜親友とケンカしました〜』を歌えるよ。

 そんなことを考えて悲しみにくれていたら、ゆゆりんがとなりのクラスから、私のいる教室へとひょっこり現れた。

「みかるさん。今よろしいですか?」

「なに? ゆゆりん。もう先生来るよ」

 ゆゆりんは、私のすぐそばまでやって来ると、少し声をひそめて言った。

「今朝、生徒会室に用があったので行ってみたのですが、阿弥陀如来サマが私にこれを」

 阿弥陀如来サマが入った犬のぬいぐるみと、壱おじいちゃんが入ったネコのぬいぐるみは、生徒会室に置いてあるんだ。

 ゆゆりんが、ピッと指にはさんで、私に見せたのは……。

 ん? なんだこれ。

 青い文字で『正真』って書かれた、札……?

「な、なにこれ。この札が、どうしたの?」

「阿弥陀如来サマによると、今回松崎さんに取り憑いている邪神は、よくウソをつくらしいんです。この札に触れると、言葉の裏にある本音……正真正銘の言葉が聞こえるそうです」

 私はつい、「ええ⁉ すごいね!」と大声を出してしまった。

 クラスメイトたちが、私たちを見る。まゆうちゃんもだ。

「しーっ。この札のことは、『ごくらく★生徒会』のメンバー以外にはナイショらしいですわ。他の人間が触れても、同じ効果らしいですから。せとくんも一心くんも、知っています。これ、みかるさんが持っていてください」

 ゆゆりんは、私に札を渡すと、そう言い残し「じゃあ、また放課後」と自分のクラスに戻っていった。

 ゆゆりんからもらった札を、みんなに見つからないようにささっと制服の内ポケットに隠しながら、私は感心していた。

 はえー! 神様のアイテムだ! これぞ、ホントの神アイテム! ってか?

 すごいものもらっちゃった!

 先生が、「おーい、みんな席につけー」と教室に入ってきて、出席をとり始める。

 私は少しドキドキしながら。

 ためしにそっと、内ポケットの中の札に触れてみた。

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