2.魂&命がけ!? 私が、あみだぶつぅ!?
…………じぃいーっ。
私は、ちゃぶ台をはさんで向かいに座る、とりあえず私が出したお茶なんかを飲んでいる、自称・阿弥陀如来サマを見つめた。
阿弥陀如来サマ(百歩ゆずって、私は神様だと信じることにした)は、銀髪の長い髪に、端正な顔立ちをした、中性的な人のようだ。
壱おじいちゃんは、宙にふわふわと浮いている。
そんで、「久しぶりの我が家じゃ! 帰ってきたぞい! ワシは感激じゃああ〜!」と、うるうる、そしてキラキラ瞳をうるませている。
阿弥陀如来サマは、私の視線に気づいたのか、お茶を飲む手を止めて、「さて」とかしこまった。
「みかる氏。お茶をありがとうございます。少し長くなりますが、私が現れたワケについて話しましょう」
阿弥陀如来サマは、私には敬語で話すことにしたらしい。
でも、壱おじいちゃんと話す際には、相変わらずのご様子だ。
「そうしてください……」
そして私は、一刻も早く、この状況を説明してほしくてたまらなかった。
だってだって、お供え物のクッキーとゼリー食べてたら、いきなり自分を「神様だ」なんて語る、超変わった人と、死んだおじいちゃんがトツゼン現れたんだもん!
誰でもこんな状況、わけわかんない! ってなるよね。
軽くパニックだよ。
しかもしかも、さっき少しだけ聞いた話だと、私に、阿弥陀如来サマの仕事の手伝いをしろ! って。
その役目を、あみだくじで決めたらしいけど……。
邪神に取り憑かれた人間を救え? そんなのって……意味わかんないっ!
「私は、さっきも名乗った通り、阿弥陀如来という神様です。地上に来るのは百年ぶりですが、ずいぶんと様子が変わったようですね」
ひゃ、ひゃくねんっ?
……そりゃー、そうだよ。神様。
この百年間であったことといえば、日本では戦争が始まり、そして終わったりした。
LINEにXにYouTube。いつでも、常に誰かと繋がる時代。
昔はお手玉やおはじきで遊んでいた子供たち。
今はゲームやマンガの娯楽が、数えきれないくらいたくさんある。
ありとあらゆることが、百年前と今とじゃ全然違う。
ご先祖さまたちが、この世に残してくれたもの。
もっともっと、どんどん幸せになっていこうと頑張るみんなの気持ち。
きっとそれが……生きるってことなんだ。
「いつの時代も、人の心だけは変わらず同じです。美しいものに触れれば感動するし、時には涙を流す。人の言葉に傷つきくずおれ、そしてまた人の言葉に救われる」
「はぁ……」
私は、阿弥陀如来サマがなにを言いたいのかわからなくて首をかしげる。
阿弥陀如来サマは「さて、ここからが本題です」とかしこまった。
「私は、これまで一人で、人が持つ美しい心を守るため、南無阿弥陀仏を唱えることで、邪神と呼ばれる魔物と戦ってきました」
「邪神……」
「邪神とは、弱った人の心につけこみ、悪の道に導く悪いヤツのことです。邪神に取り憑かれた人間は、どんどん暗いこと、悪いことばかりを考えるようになり、最終的には心のバランスを崩して倒れてしまう。邪神から与えられる恐ろしい力で、人を傷つけてしまうことだってある。顔だって、目の下にクマが出来て、すごく疲れた表情になってしまうのです」
人の心を、悪に染めるもの。人を、不幸にする元凶。
そんなヒドいことをする魔物が、この世に存在するんだ……。
阿弥陀如来サマはそうやって、私たち人間の美しい心を、ずっと守ってきてくれたんだね。
私たち人間が、幸せでいられるのも、邪神と戦ってくれていた阿弥陀如来サマのおかげだったんだ……。
私はまだ、目の前に神様がいて、しかも優雅にお茶を飲んでいて、普通に自分と話してるなんてこの状況が、にわかには信じられなかった。
でも、阿弥陀如来サマの話を聞いていると、胸の奥の方が確かな熱をもって、ほっと温かくなる。それを不思議な想いで感じていた。
自分でいれたお茶をずずっと口に含む。
「私は、邪神に取り憑かれた人間だろうがなんだろうが、全ての人間には極楽浄土に行ってほしいのです。極楽浄土に行くためには、南無阿弥陀仏を唱えて願わねばならない」
──そうなんだ……。私は、心の中で深くうなずく。
邪神に取り憑かれたせいだとはいえ、悪いことをした人にも極楽浄土へ行ってほしいだなんて、神様って、とっても寛大な心を持ってるんだな〜なんて。
少し感心しちゃった。
で・も!
次に阿弥陀如来サマの口から放たれたのは、ショーゲキの言葉。
「一人でも多くの人間を、死後、極楽浄土へと導くのが私の仕事です。──みかる氏には、【あみだぶつ】として、邪神と戦うという私の仕事を手伝ってほしいのです。命がけで」
ぶーーーーっ!
思わず飲んでいたお茶を盛大にふきだす私。
壱おじいちゃんが、「みかるや、汚いぞい」なんて言っているけれど、否! そんなことは関係なかった。
い、いま、なんて言った?
命がけ……? 空耳かな。
いやゼッタイ、空耳なんかじゃなああーい!
全くもってワケわかんないけど、とにかく私は、変なことに巻き込まれたくない!
──こんな時は逃げるが勝ちだ! 私はとりあえず、全力で否定することにした。
「命がけで神様の仕事のお手伝いぃ⁉ そ、そんなの無理です! なんで私がそんなことしなくちゃいけないのー⁉ ゼッタイ、やりませんからっ! 邪神とかあみだぶつとか、勝手にやっててください! 私にはカンケーない!」
阿弥陀如来サマは、お茶をずずっと飲んでから、「ならば」と厳しい表情で、有無を云わせず言った。
「断るというのなら、タイヘン悲しいですが、みかる氏にお知らせ(悲報)があります」
かっこ、悲報……?
私の言葉をさえぎって、コホン、とせきをつく阿弥陀如来サマ。
じっと見守る壱おじいちゃん。
なんだろう。不穏な予感しかしない。
「な、なに……?」
「それは、もしこの話を断るというならば、みかる氏の魂は死んだあと、極楽浄土にはいけなくなる……というものです。神に従わない者を、神は最も嫌います」
阿弥陀如来サマの言葉に、頭がフリーズする。
はいぃい?
私の魂が、極楽浄土にいけなくなるですってぇ⁉
神に従わない者を、神は最も嫌います(キリッ)じゃあないよ!
なんですとぉおお! そんなの!
「インボーだ! 普通の中学生にキョーセイ的にそんなことさせるなんてっ! なっとくできませんっ!」
私は、バンッとちゃぶ台を叩いて、今世紀最大の大声でさけんだ。
すると、今まで宙に浮かんでいただけだった壱おじいちゃんが、私の瞳を真っ直ぐ見つめ、口を開いた。
「──みかるや。極楽浄土にいたワシのところにこの話が来たとき、ワシは、みかるは必ず、あみだぶつの仕事だろうが天使の仕事だろうが、やると言ってくれると信じておったぞい」
「────えっ……」
少しだけ、瞳を伏せて悲しそうにそう言うおじいちゃんに、私の胸はどく……と高鳴る。
「──ワシは、みかるが中学受験に合格して、生徒会長をやってることも知っておる。お前は小さい頃から、明るくて、なんにでも一生懸命で、優しい子じゃったからな」
私は、壱おじいちゃんの言葉で、半年前のことを思い出した。
仏壇に手を合わせて、壱おじいちゃんに中学受験合格の報告をしたら、写真の壱おじいちゃんは笑ってくれた気がした。
まるで、「よくやったぞ、みかる! さすがワシの孫じゃ! ほっほっほー!」と、声まで聞こえてくるかのように。すぐそこに、生きているかのように。
──「壱おじいちゃんっ! 私、春から桜望中の生徒だよ!」
──「聞いて聞いてっ! おじいちゃん私、生徒会長になったよ!」
そう思えるのは、私がいつも、壱おじいちゃんが死んでからもずっと、おじいちゃんのことを忘れずに強く想い続けていたからだ。
こんなの、こんなの。
ずるい! ずるいよ、阿弥陀如来サマ!
大好きな壱おじいちゃんにそんなこと言わせるなんて!
命がけのあみだぶつの仕事なんて、よくわかんないけど!
学校も忙しいし、ほんとはやりたくなんかないけどっ!
私は決意した。
えーい、もうこうなったら、あみだぶつの仕事だろうが天使の仕事だろうが、やってやろうじゃん!
すべては、私を信じてくれた、壱おじいちゃんのため!
「わかりました。やります。……邪神と戦うって、どうすればいいの?」
「契約完了です。この札を、邪神に向かって飛ばすのです」
いやいやいや、契約ってか、もうこれただの一方的な主従関係ですから!!!(泣)
阿弥陀如来サマは、『封』と書かれた札を、ピッと一枚取り出した。
札を、飛ばすの? ……どうやって?
私の頭はすぐにハテナマークでいっぱいになる。
「邪神と対峙した時、この札が、みかる氏のまわりに、みかる氏を護るように円を描いてくれます。それを、念を込め、南無阿弥陀仏と唱えて、邪神に向かって飛ばすのです」
ほええー。この札がねえー。
と、私は札をまじまじと見ながらまたもや感心する。
神様のパワーみたいなチカラが、私にも使えるってこと?
それって、すごい!
「邪神は、あらゆる手を使って、祓われまいと抵抗してきます。ウソ、まやかし、怪力、七変化。時には心を傷つけられることも覚悟しておかねばならない。──みかる氏には、カコクな仕事だと思います。誰か他に、あみだぶつの仕事を手伝ってくれそうな方はいませんか?」
──そんなの、いるわけないじゃない……。
と、答えかけた私の頭に、生徒会のメンバー三人の顔が、ぽんっと浮かんだ。
そうだ。
「学校に、ちょっといるかも……」
私は、瞳をきらり、と光らせる。
「協力者がいるなら、それに越したことはありません。確かに、あみだぶつの仕事は、みかる氏一人では大変でしょう。やむを得ないことですから、まあ三人くらいなら良しとしましょう」
でもあの三人が、オッケーしてくれるかなぁ……。
ゆゆりんと一心くんは、私の魂守るためって言ったら、多分キョーリョクしてくれるだろうけど……。
問題は、アイツだよね。
と、私は、せとの顔を思い浮かべた。
「私たちは、この姿で学校についていくことはできませんので……そうですね。あれの中に入ることとしましょう」
阿弥陀如来サマは、私のベットの上に置いてあった2つのぬいぐるみを指差し、「変化!」と叫んだ。
その瞬間部屋からいなくなる、阿弥陀如来サマと壱おじいちゃん。
「みかる氏! ここです」
「みかるや〜」
と、声のする方を見ると。
「阿弥陀如来サマ! と、壱おじいちゃん⁉ ぬっ、ぬいぐるみがしゃべってるうう⁉」
阿弥陀如来サマは、犬のぬいぐるみに。
壱おじいちゃんは、ネコのぬいぐるみの中に入ったの!
生きているかのように、フツーに動くぬいぐるみ。
確かに……ぬいぐるみなら、ギリギリセーフかも?
学校にぬいぐるみを2つ持っていくこと、どうかバレませんよーに!
こうして、犬のぬいぐるみになった阿弥陀如来サマと、ネコのぬいぐるみになった壱おじいちゃん。
私の、『阿弥陀如来職務補佐』としての、ドタバタな毎日は始まったのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます