第2話

 さて、ある意味ゲーム世界に転生した時にお決まりの展開である……原作知識無双。

 つまりゲームの知識を使って本来起きないはずの出来事を起こしてしまおうという魂胆な訳だが、少なくともこの世界において俺がどれほど強くなったところで「最強」の地位を得る事は絶対に出来ない。

 例えばラスボスが本当に強すぎて概念勝負とかに持ち込まないと勝てないとかそういう話ではない。

 いや、ある意味そういう話なのだろうか?

 なんにしてもこの世界には明確に「最強」と呼ばれる存在がいて、そしてその存在はある意味で「最弱」でもある。

 

 その存在こそ、テリルである。


 もしかしたら同人のRPG系エロゲをプレイした事のある人間なら既に察しているかもしれない。

 彼女の事を「最強」でありかつ「最弱」にしている理由。

 それ即ち「バトルスキップ」技の存在である。

 分かりやすく言ってしまうと、バトルなんか興味ないからさっさと次の展開が見たい人用に実装されている「一撃で敵を倒す技」と「一撃で敵に負ける技」を彼女は最初から所持している。

 ぶっちゃけ自分がそれらを使うのはうっかりセーブを忘れてしまった時、さっさとその段階まで急ぐために使うくらいだったのだが、ゲームがそのそもとして「エロゲ」なので、そりゃあRPG部分に興味がない人もいるだろう。

 

 なんにしても、である。

 この技、敵を一撃で屠る技を使うのならばともかく、敵に一撃で負ける技の方は厄介だ。

 何せ技の名前が「うっかり自爆」なのである。

 ……ゲームの時はあくまでプレイヤーの選択でそれを使えたが、この世界では違う。

 本当に「うっかり」自爆してしまうのだ。

 なんか魔力が暴発してとかそんな理由でいきなり爆発する。

 洋服がびりびりに引き裂かれいろいろ見えちゃいけないところが見え、そのくせ本人は気絶するだけで体にダメージはなさそうというい不思議現象である。

 なんてご都合主義、ある意味同人エロゲ的とも言えるかもしれない。


 そんな訳で、彼女が「うっかり自爆」してしまうとその時点で彼女は敗北しエロゲ的展開に発展してしまう。

 そうなってしまうのを断固として阻止するために俺が唯一出来る事、それ即ち「テリルが動くよりも先に俺が敵を倒す事」である。

 ある意味単純明快、彼女が「うっかり自爆」する可能性を秘めているのならば、彼女がそれをしてしまう前に俺がすべてを解決してしまえば良い。

 勿論これはバトル展開のみであり、本筋はあくまで彼女に頑張ってもらう。

 俺は確かに彼女の幼馴染ではあるが、主人公は彼女であって俺ではないのだ。


 そんな訳で、現在俺は物語が始まる前に序盤の敵を一撃で倒せるようにひたすらレベリングしていた。

 レベリング。

 とはいえこの世界にレベルという概念が存在しているかは正直分からない。

 町の外に現れるモンスターであるスライムをひたすら倒し続けているが、最初こそ何回も攻撃を続けなければ倒せなかった奴らを今では一撃で倒せるようになっている。

 これを成長と取るか、あくまでスライムを倒すのに慣れてきたと取るか。

 とはいえ筋肉はついて来ているし、身体の方もしっかり成長していると思う。

 ちなみにだが、現在のメインウエポンは槍である。

 槍で地面をぽよぽよ跳ねているスライムを叩いて倒していた。


「アレン、今日も修行?」


 と、俺が今日も出掛けるのを見てテリルが手を振りながら近づいてくる。

 

「毎日頑張るねぇ」

「スライムを倒す事を修行だって言ってくれるのはテリルだけだよ」


 スライムはテンプレよろしく最弱モンスターとして認識されているので基本的に無視される無害な奴と扱われている。

 わざわざ倒しに行く奴なんていない。

 俺を除けば。


「テリルこそ、今日はどこかに出かけるのか?」

「うん。ちょっと調べたい事があって今日は図書館に行く予定」

「……、そうか。それなら俺も行くよ」


 図書館に行く。

 まだ原作は始まらないだろうが、しかし「図書館に行きそこで賢者の石の存在を知る事」こそが原作ストーリーが始まる合図である。

 もしかしたら、何かが起こるかもしれない。

 バトル展開はないだろうけど、念のため。


「え゛。アレンも来るの?」

「駄目か?」

「だ、駄目って訳じゃないけど」


 彼女はすっと手に持っていた本を後ろに隠した。

 え、何?

 なんか俺に見せちゃいけない本でも持ってるの?


「きょ、今日は本を返しに行くだけだから」

「あ。そうなんだ」


 賢者の石関連じゃないのか。

 ……じゃあ、本人もなんだかついて来てほしくないみたいだし無理して一緒に行く必要はないか。


「それじゃあ、遅くなる前に帰って来いよ」

「も、もー。アレンお母さんみたい」

「駄目か?」

「どうせならお母さんじゃなくてか、彼氏みたいになって欲しいかな?」

「何言ってんだ」

 

 何言ってんだ。


「……そういうところだよ、もう」


 と、何やら呟いたテリルはそれから本を徹底的に俺から見えない位置に持ちつつこの場を後にした。

 それを見送り、俺もまた修行のためにスライムを倒しに行くのだった。



  ◆



 ……その元気そうなアレンの姿を見、テリルは「はあ」と嘆息する。

 明らかに普通そうだった。

 何事もなかったかのような様子に、彼女は落胆せざるを得なかった。


「まあ、いまいち信憑性に欠けるおまじないだったしねぇ」


 テリルは本に視線を落とす。

 本のタイトルは「大好きな彼を堕とすための100の呪術」と書かれていた。


「うふふ、でもアレンは私の事が大好きなのは分かっているから。私も大好きだよアレン……」


 光がうっすらとしか宿っていない瞳をすっと上げ、彼女は本を返すために図書館へと向かうのだった。

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