第12話 真由姉さんはスマホアプリでドキドキバクバクしたい(後編)
真由姉さんの指示で、俺とあかりは左手にスマートウォッチを装着した。
画面が起動し、心拍数がカウントされ始める。液晶に映る数字がじわじわと動き、今の鼓動がそのまま数値になって突きつけられる。
(うわ……すでにちょっと速い。バレたら恥ずかしいぞ)
「はい、スタート。まずは“アクションモード”からね」
真由姉さんがタブレットを操作すると、アプリの画面にお題が表示された。
◇アクションモード◇
『お題1:二人で自撮り』
「はい、じゃあ二人で並んで」
「えっ、いきなり……?」
「ほらほら、仲良く」
あかりがスマホを取り出して俺の横に並ぶ。
薄手のニットの肩口が触れるくらい近くに寄ってきて、ほのかなシャンプーの香りが鼻をかすめた。
「お兄ちゃん、笑って……」
「お、おう……」
カシャリとシャッターが鳴った瞬間、スマートウォッチの心拍数がぐんと跳ね上がる。
真由姉さんがにやりと笑う。
「ふふ、数字に出てるわよ?」
◇
『お題2:恋人つなぎ』
「ちょ、ちょっと待っ——」
「ほら、早く。タイムリミットあるんだから」
真由姉さんに急かされ、仕方なくあかりと指を絡める。
柔らかくて細い指。ほんのり冷たくて、それが逆に熱を持った掌に伝わってくる。
「あ……お兄ちゃんの手、熱い」
「……そっちが冷たいんだろ」
またしても、心拍数が跳ね上がった。
画面の数字を見た真由姉さんが、「なるほど」と頷く。
◇
『お題3:おんぶ』
「はい、蓮くんが背負って」
「え、マジで!?」
「もちろん。こういうのは男の役目でしょ」
渋々しゃがみこむと、あかりが俺の背中に軽く飛び乗った。
その瞬間、柔らかいものが背中に押しあてられる感覚がして、思わず全身が硬直する。
(やば……胸、あたってる……!)
さらに太ももの下に手を回して支えると、すべすべの生足が掌に直接ふれてしまった。
その温かさと柔らかさに、心臓が一気に跳ね上がる。
「わっ、高い! ……お兄ちゃん、意外と力持ちだね」
あかりは楽しそうに声を上げるが、俺の方は必死に平静を装うのに精いっぱいだ。
首筋にふわりとかかる息、背中越しに伝わる胸の柔らかさ、そして腕に収まる太ももの感触。
その全てが理性を削り取っていく。
「ふふ、見事にバクバクしてるわね」
真由姉さんはにやりと笑いながらメモを取っていた。
◇トークモード◇
「じゃあ次、“トークモード”に入りましょうか」
真由姉さんが操作すると、また画面に新しいお題が出た。
◇
『お題1:共通する思い出を語る』
「えっと……子どもの頃、一緒におにぎり作ったの、覚えてる?」
「あー! 海苔が足りなくて、真ん中にだけちょこんと乗せたやつ?」
「そうそう! 結局、変な形になっちゃって……でも、二人で笑いながら食べたんだよな」
そのときの情景が鮮やかによみがえり、自然と笑い合う。
思い出すだけで、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
◇
『お題2:相手のいいところを5つ言う』
「そ、そんな急に!?」
「時間制限あるから急いで」
「……料理がうまい。気が利く。明るい。優しい。あと——」
言葉が詰まる。
あかりが不思議そうに首を傾げて、俺を見つめる。
「……一緒にいると、落ち着く」
一瞬の沈黙。
その後、あかりの頬が赤くなった。
「……ありがと」
心拍数はもちろん上がりっぱなし。真由姉さんが「ふふ」と笑ってメモを取っている。
◇
『お題3:一緒にやりたいことを考える』
「旅行かな。北海道とか」
「私も! 美味しいもの食べ歩きたい」
視線が合って、また頬が熱くなる。
◇
『お題4:耳元で名前を囁く』
「えっ!?」
「ほら早く。これは重要だから」
あかりが近づいてきて、そっと耳に唇を寄せる。
「……お兄ちゃん」
背筋に電流が走った。
心拍数が一気に跳ね上がり、アプリが「MAX!」とアラートを鳴らす。
俺も思わず耳元で返した。
「……あかり」
その瞬間、あかりの顔は真っ赤に。
同時に俺の心拍数も天井知らずに上がっていた。
◇
「はい、お疲れさま。いいデータが取れたわ」
真由姉さんは満足げにタブレットを閉じる。
「え、ちょっと、これ全部残ってるのか!?」
「もちろん。しかも——」
真由姉さんはスマホを掲げた。そこには、自撮りも、おんぶの瞬間も、耳元で囁いて赤面した二人の写真も、しっかり保存されていた。
「パシャパシャ撮ってたのか!?」
「研究資料よ、研究資料。……それじゃ、私行くね」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていった。
◇
残された俺とあかりは、顔を真っ赤にしたままリビングで固まっていた。
「あ……今日の夜ごはんの材料、買い忘れてたんだったー!」
わざとらしい声を上げて、あかりは買い物袋を持って飛び出していった。
残された俺はひとり、シャワーを浴びることにした。
頭を冷やさないと、心臓がこのまま爆発してしまいそうだった。
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