第11話 真由姉さんはスマホアプリでドキドキバクバクしたい(前編)
土曜日の昼下がり。
窓から差し込む初夏の陽射しが、白いレースカーテンを透かしてやわらかく揺れていた。
「お兄ちゃん、お昼までもう少しかかるから、ちょっと休んでていいよ」
キッチンに立つあかりは、淡いベージュの薄手ニットにショートパンツ姿。
鍋をかき混ぜるたびに、ニット越しに柔らかい胸のラインが浮かび上がり、短いパンツから伸びる健康的な太ももがちらちらと見える。
料理をしているだけなのに、妙に女の子らしくて、視線を逸らすのが大変だった。
(……あれが“初夏の膝枕コーデ”ってやつか。あかり、無自覚すぎるだろ……)
心臓を抑えつけるように深呼吸していると、あかりが思い出したように言った。
「そういえば、今日ね。真由お姉ちゃんがこっちに来るんだよ」
「え、マジで? 俺、聞いてないぞ」
「おととい話したじゃん。私から」
……そうだった。真由姉さんが東京の友人に会うついでに、こっちにも寄ると。だが、なぜ本人からじゃなく、あかり経由で知らされるのか。
真由姉さんは、俺たちの地元の公立大の大学院に通う心理学専攻の院生だ。落ち着いた雰囲気で面倒見がよく、地元の商店街の人からも頼られるタイプ。
性格は優しいけれど、時々するどいところがあって、気づけば人の心を見透かしているようなことをさらりと言う。
「真由姉さん、高校の時からあかりの勉強とか見てくれてたんだろ?」
「うん。テスト前とか受験のときも、親身になって相談に乗ってくれて……。進路決めるとき、一番助けてくれたの」
あかりは包丁を動かしながら、少し照れくさそうに笑った。
俺の知らないところで、彼女がどれだけ真由姉さんに支えられていたのかを思うと、ありがたい反面、妙な緊張感が走った。
◇
昼過ぎ、インターホンが鳴った。
出迎えると、涼しげなワンピース姿の真由姉さんが立っていた。
落ち着いた紺色のワンピースに小ぶりのトートバッグ。長い黒髪を後ろでゆるくまとめ、知的な雰囲気を漂わせている。
「久しぶり。元気にやってる?」
「は、はい。真由姉さんこそ」
俺が少し固い声で返すと、真由姉さんはにこっと笑った。
どうしてだろう。あの笑顔を見ると、子どもの頃からいまだに心を読まれている気がする。
「さ、あがって。ごはんできてるよ!」
あかりが笑顔で迎え入れると、リビングのテーブルには色とりどりの料理が並んでいた。
チキンのトマト煮、彩り野菜のサラダ、かぼちゃの冷製スープ。
それに、あかりが得意な卵焼きまで添えられている。
テーブルクロスまで新しいものに変えてあって、まるでおもてなし仕様だった。
「すごいわね、あかりちゃん。こんなに作れるなんて」
「えへへ。今日は特別だから」
3人で向かい合って昼食を囲むと、どこか実家での団らんを思い出す。
ただ、違うのは、ここが俺とあかりの住む家で、真由姉さんが客としてきているということだ。
食事の合間に、真由姉さんがあかりに質問した。
「大学生活、どう? 楽しい?」
「うん! ゼミも始まったし、友達もできて、すごく楽しいよ」
「そう、よかった。……蓮くんも、ちゃんと勉強してる?」
「は、はい。まぁ……」
返事を濁すと、真由姉さんの目が細められる。やばい、見透かされてる。
◇
昼食が落ち着いた頃、真由姉さんがバッグから何かを取り出した。
「実はね、今日はお願いがあって」
テーブルに置かれたのは、見慣れないスマートウォッチ。
「今、ベンチャー企業と共同開発してるスマホアプリがあって。ユーザーテストに協力してほしいの」
「ユーザーテスト……?」
「簡単に言えば、モニター体験ね。私が専攻してる心理学の研究とも関係してて」
そう言うと、真由姉さんはスマホの画面を見せてくる。
そこには「脈拍データとお題チャレンジで信頼度を測定」と書かれていた。
「へぇ……スマートウォッチで脈拍を測るんですか?」
「そうそう。アプリから出されるお題をクリアするときの脈拍変化を見て、二人の信頼度やドキドキ度を測定するの」
思わず、俺とあかりは顔を見合わせた。
こんなの、どう考えても恥ずかしい。
「でも……真由お姉ちゃんにはいっぱい勉強教えてもらったし、協力したいな」
あかりが小さくつぶやくと、俺の方を見てきた。
「お兄ちゃんも、一緒にやろ?」
真由姉さんはにこにこと、俺の反応を待っている。
心の奥で警戒音が鳴っていたが、断れる雰囲気ではなかった。
「……わかりました。協力します」
「よかった。それじゃあ、早速試してみましょうか」
真由姉さんの声が、昼下がりの空気を少しだけ張り詰めさせた。
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