第13話 山谷屋あかりは御主人様を上書きしたい(前編)

ゴールデンウィーク。大学に入って初めての長期休暇は、想像以上にイベントづくしだった。


サークルの集まり、ゼミの顔合わせ、友達との飲み会……。カレンダーの空白はどんどん埋まり、まるで学生生活の“リア充”テンプレートをなぞっているようだった。


「なあ蓮、せっかくだし秋葉原行こうぜ」


昼休み、学食のテーブルで唐突に切り出したのは、同じクラスの斎藤だった。


「秋葉原?」


「そう! メイドカフェ! お前、まだ行ったことないだろ?」


「……まぁ、ないけど」


「決まりだ! 今度の休みに行こう。絶対ハマるから」


その勢いに押されるようにして、俺はゴールデンウィークの真ん中の日、斎藤と二人で秋葉原を訪れることになった。



休日の昼下がり、秋葉原の駅前は人であふれていた。


電気街口を出ると、ビルの壁一面に並ぶ巨大な広告、アイドルグループのポスター、アニメの新作告知が目に飛び込んでくる。外国人観光客の姿も多く、誰もがスマホを片手に賑やかな街を撮影していた。


「おおー! すげぇな蓮、テンション上がってきた!」


「……ほんとだな。テレビで見たまんまって感じ」


斎藤はすっかり観光客モードで、カメラを構えては「イェーイ!」とポーズを決める。その横で俺も、ちょっとした非日常感に心を弾ませていた。



駅から大通りを抜け、少し入った路地にある雑居ビルの三階。

カラフルな看板に「ご主人様、お嬢様のお帰りをお待ちしてます♡」と書かれた文字が踊っている。


「ここだ! 行くぞ!」


斎藤は子どもみたいに目を輝かせ、俺の腕を引いた。


扉を開けると、ベルが鳴り響き、フリルのエプロンを着た女の子が笑顔で迎えてくれる。


「おかえりなさいませ、ご主人様♡」


高めの声でそろって言われ、思わずたじろいだ。


店内は柔らかな照明に包まれ、壁にはアニメ調のイラストやチェキが飾られている。テーブル席に案内されると、メイドさんが丁寧にメニューを差し出した。


「お決まりになりましたらお呼びくださいませ♡」


「……本当にいるんだな、こういうの」


「だろ? これぞ“聖地”ってやつだよ!」


運ばれてきたオムライスの皿に、メイドさんがケチャップで大きく文字を書き始める。


「はい、ご主人様のお名前、レン♡」


そして最後にハートマークを描いて、にこりと微笑んだ。


仕上げに「おいしくなーれ、萌え萌えきゅん♡」と両手でポーズを決める。


正直どう反応していいかわからず固まった俺の横で、斎藤は大爆笑していた。


「ははっ、やばいなこれ! 蓮、顔赤いぞ!」


「……いや、これはその……」


気恥ずかしさで箸を持つ手が震える。だが食べてみると、オムライス自体はしっかり美味しかった。卵はふわとろで、チキンライスの味付けも濃すぎず、意外と家庭的な優しさを感じる味だ。



「な? 来てよかっただろ?」


斎藤は満足げに腕を組み、追加でパフェまで注文していた。


周りを見れば、同じように大学生くらいのグループや、観光客らしきカップルもいて、思っていたよりも入りやすい雰囲気だった。


「正直、もっとディープな場所かと思ってた」


「いやいや、こういうポップな店が今は主流なんだよ」


斎藤はやたらと詳しく解説してくれる。どうやら数回来ているらしい。


写真撮影サービスで二人並んでチェキを撮ってもらい、テンションはすっかり観光客そのものになっていた。



メイドカフェを出たあとも、俺たちは秋葉原の街を歩き回った。


最新アニメのグッズショップ、アイドル専門店、カードゲームショップ……。それぞれのビルの中は別世界のようで、時間を忘れるほど見入ってしまった。


「ここ、アイドルの生写真めっちゃあるぞ!」


「お前、ほんと好きだな……」


「いいじゃん、記念だ記念!」


大通りに戻ると、休日限定の歩行者天国になっていて、コスプレイヤーやパフォーマーの姿も目に入る。まるでお祭りのような賑わいに、気づけば俺も斎藤と一緒に笑っていた。



夕方になり、人波を抜けて駅へと向かう。


電車に揺られながら、今日の出来事を思い返すと、胸の中に妙な高揚感が残っていた。


「どうだ? 楽しかったろ?」


「……ああ。正直、思ってたよりずっと面白かった」


「だろ? また来ようぜ」


窓の外に沈む夕日を眺めながら、俺は小さく頷いた。



帰り道。

ふと頭をよぎったのは、家で待つ幼なじみの姿だった。


なぜか、隠しごとをしているような妙な罪悪感が、胸の奥で渦巻いていた。

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