第13話 山谷屋あかりは御主人様を上書きしたい(前編)
ゴールデンウィーク。大学に入って初めての長期休暇は、想像以上にイベントづくしだった。
サークルの集まり、ゼミの顔合わせ、友達との飲み会……。カレンダーの空白はどんどん埋まり、まるで学生生活の“リア充”テンプレートをなぞっているようだった。
「なあ蓮、せっかくだし秋葉原行こうぜ」
昼休み、学食のテーブルで唐突に切り出したのは、同じクラスの斎藤だった。
「秋葉原?」
「そう! メイドカフェ! お前、まだ行ったことないだろ?」
「……まぁ、ないけど」
「決まりだ! 今度の休みに行こう。絶対ハマるから」
その勢いに押されるようにして、俺はゴールデンウィークの真ん中の日、斎藤と二人で秋葉原を訪れることになった。
◇
休日の昼下がり、秋葉原の駅前は人であふれていた。
電気街口を出ると、ビルの壁一面に並ぶ巨大な広告、アイドルグループのポスター、アニメの新作告知が目に飛び込んでくる。外国人観光客の姿も多く、誰もがスマホを片手に賑やかな街を撮影していた。
「おおー! すげぇな蓮、テンション上がってきた!」
「……ほんとだな。テレビで見たまんまって感じ」
斎藤はすっかり観光客モードで、カメラを構えては「イェーイ!」とポーズを決める。その横で俺も、ちょっとした非日常感に心を弾ませていた。
◇
駅から大通りを抜け、少し入った路地にある雑居ビルの三階。
カラフルな看板に「ご主人様、お嬢様のお帰りをお待ちしてます♡」と書かれた文字が踊っている。
「ここだ! 行くぞ!」
斎藤は子どもみたいに目を輝かせ、俺の腕を引いた。
扉を開けると、ベルが鳴り響き、フリルのエプロンを着た女の子が笑顔で迎えてくれる。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
高めの声でそろって言われ、思わずたじろいだ。
店内は柔らかな照明に包まれ、壁にはアニメ調のイラストやチェキが飾られている。テーブル席に案内されると、メイドさんが丁寧にメニューを差し出した。
「お決まりになりましたらお呼びくださいませ♡」
「……本当にいるんだな、こういうの」
「だろ? これぞ“聖地”ってやつだよ!」
運ばれてきたオムライスの皿に、メイドさんがケチャップで大きく文字を書き始める。
「はい、ご主人様のお名前、レン♡」
そして最後にハートマークを描いて、にこりと微笑んだ。
仕上げに「おいしくなーれ、萌え萌えきゅん♡」と両手でポーズを決める。
正直どう反応していいかわからず固まった俺の横で、斎藤は大爆笑していた。
「ははっ、やばいなこれ! 蓮、顔赤いぞ!」
「……いや、これはその……」
気恥ずかしさで箸を持つ手が震える。だが食べてみると、オムライス自体はしっかり美味しかった。卵はふわとろで、チキンライスの味付けも濃すぎず、意外と家庭的な優しさを感じる味だ。
◇
「な? 来てよかっただろ?」
斎藤は満足げに腕を組み、追加でパフェまで注文していた。
周りを見れば、同じように大学生くらいのグループや、観光客らしきカップルもいて、思っていたよりも入りやすい雰囲気だった。
「正直、もっとディープな場所かと思ってた」
「いやいや、こういうポップな店が今は主流なんだよ」
斎藤はやたらと詳しく解説してくれる。どうやら数回来ているらしい。
写真撮影サービスで二人並んでチェキを撮ってもらい、テンションはすっかり観光客そのものになっていた。
◇
メイドカフェを出たあとも、俺たちは秋葉原の街を歩き回った。
最新アニメのグッズショップ、アイドル専門店、カードゲームショップ……。それぞれのビルの中は別世界のようで、時間を忘れるほど見入ってしまった。
「ここ、アイドルの生写真めっちゃあるぞ!」
「お前、ほんと好きだな……」
「いいじゃん、記念だ記念!」
大通りに戻ると、休日限定の歩行者天国になっていて、コスプレイヤーやパフォーマーの姿も目に入る。まるでお祭りのような賑わいに、気づけば俺も斎藤と一緒に笑っていた。
◇
夕方になり、人波を抜けて駅へと向かう。
電車に揺られながら、今日の出来事を思い返すと、胸の中に妙な高揚感が残っていた。
「どうだ? 楽しかったろ?」
「……ああ。正直、思ってたよりずっと面白かった」
「だろ? また来ようぜ」
窓の外に沈む夕日を眺めながら、俺は小さく頷いた。
◇
帰り道。
ふと頭をよぎったのは、家で待つ幼なじみの姿だった。
なぜか、隠しごとをしているような妙な罪悪感が、胸の奥で渦巻いていた。
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