第7話 俺は広告研究会に入って人脈を増やしたい(前編)

朝の光が差し込むリビング。

カーテンの隙間から射す春の陽射しに、まだ寝ぼけた頭が少しずつ目を覚ましていく。


ダイニングテーブルには、もう朝食が並んでいた。

炊き立てのご飯と、昨晩のうちに仕込んでおいたという味噌汁。

焼き鮭と、彩りの良い卵焼きまで揃っている。


「お兄ちゃん、早く座って。冷めちゃうよ」


エプロンを外したあかりが、ワンピースに淡いカーディガンを羽織った姿で振り返る。

春らしい柔らかな色合いに、ふわりと風が吹き込んだように感じる。


彼女の服装は派手ではないけれど、清潔感があってどこか品がある。その雰囲気に、俺はまた少しだけ胸を高鳴らせた。


「今日から経営学部も本格的に授業始まるんでしょ?」


「まぁな。いきなりゼミ分けの希望調査だってよ」


「ふふっ、お兄ちゃんらしいの選ぶんだろうなぁ」


揶揄うように笑うあかりに、「俺は俺の好きにやるさ」と返しつつ、味噌汁をすすった。

朝から出汁の香りがしみわたって、なんだか実家にいた頃の朝よりも充実している気がする。



俺の通う大学の経営学部には、1年生から参加する「起業ゼミ」という制度がある。

数あるゼミの中から第3希望までを提出し、抽選や面談を経て配属が決まる。


俺は迷わず、第1希望に「食と経営」をテーマとするゼミを書いた。


田舎育ちだからこそ「食の価値」を東京でどう広げられるか。それを考えるのが面白そうだと感じたからだ。

実家が佃煮屋を営むあかりの影響も、多少はあるかもしれない。


結果は希望通り、第1希望のゼミに決まった。


配属発表の場で顔を合わせたゼミ生たちは、意識高い系の学生ばかり。名刺を作ってきているやつまでいる。

俺はちょっと気圧されながらも、ここで頑張ると心に決めた。



昼休み、学食で1人カレーをかき込んでいると、後ろから声をかけられた。


「ねぇ、君。さっきのゼミにいたよね?」


振り返ると、そこには黒髪をまとめた美人の先輩が立っていた。

知的な眼差しに、少し強めの口調。けれど口元は笑っていて、親しみやすさも漂う。


「は、はい。1年の桐谷 蓮です」


「やっぱり。私は3年の藤森。ゼミの先輩よ。……それでね、君みたいにやる気のある子、広告研究会に向いてると思うんだ」


「広告研究会……ですか?」


先輩は手元のパンフレットを差し出してきた。そこには「大学最大規模の企画団体・広告研究会」と書かれている。


「ただのサークル活動って思うかもしれないけど、ここは違うわ。企業とコラボしたイベントもやるし、OBの社長さんが講演に来たりもする。学生のうちから人脈をつくれるの」


先輩の声ははっきりしていて、自信に満ちていた。

俺は思わず身を乗り出す。


「人脈……」


東京に来て、俺が欲しいものはまさにそれだった。

 地元では得られなかった繋がり、起業を目指すための仲間や先輩たち。


「もし良かったら、今日の放課後に説明会があるの。来てみない?」


「説明会……」


美人の先輩に誘われて断る理由なんてない。

 それに、こういう場に顔を出すのも大事だ。


「はい、行ってみます」


「うん、楽しみにしてる」


藤森先輩は微笑んで去っていった。

 俺はしばらくトレーのカレーを見つめながら、心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。



放課後、説明会会場の教室はすでに多くの新入生で賑わっていた。


スクリーンには過去の活動写真が映し出され、華やかな雰囲気が漂っている。

夏祭りイベント出店、ハロウィンパーティーの企画、企業と共同で開いたキャンペーン……。


「ここまでやるのか……」


地方の高校生だった俺には、どれも刺激的に映る。

紹介をしてくれた先輩たちは堂々としていて、すでに社会人のような落ち着きがあった。


「このサークルはただの遊びじゃない。人脈、実績、経験、全部がここで積める。将来、就職や起業を考えるなら必ず役立つはずだ」


説明が進むにつれて、俺の胸の中で期待がどんどん膨らんでいく。

大学に来てからまだ日が浅い。けれど、もう一歩「都会の世界」に踏み出せる気がした。



説明会が終わる頃には、入会を決めることに迷いはなかった。

スマホの申込フォームから「入会希望」を選択し、提出する。


(よし……これで俺も、東京で人脈を広げてやる)


心の中で小さく拳を握った。


浪人してでも上京して良かった。この瞬間のために、あの田舎から抜け出してきたんだ。



夜、帰りの地下鉄の窓に反射した自分の顔は、朝よりも少しだけ大人びて見えた。


今日の出来事を振り返りながら、胸の奥でそう固く誓った。

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