第7話 俺は広告研究会に入って人脈を増やしたい(前編)
朝の光が差し込むリビング。
カーテンの隙間から射す春の陽射しに、まだ寝ぼけた頭が少しずつ目を覚ましていく。
ダイニングテーブルには、もう朝食が並んでいた。
炊き立てのご飯と、昨晩のうちに仕込んでおいたという味噌汁。
焼き鮭と、彩りの良い卵焼きまで揃っている。
「お兄ちゃん、早く座って。冷めちゃうよ」
エプロンを外したあかりが、ワンピースに淡いカーディガンを羽織った姿で振り返る。
春らしい柔らかな色合いに、ふわりと風が吹き込んだように感じる。
彼女の服装は派手ではないけれど、清潔感があってどこか品がある。その雰囲気に、俺はまた少しだけ胸を高鳴らせた。
「今日から経営学部も本格的に授業始まるんでしょ?」
「まぁな。いきなりゼミ分けの希望調査だってよ」
「ふふっ、お兄ちゃんらしいの選ぶんだろうなぁ」
揶揄うように笑うあかりに、「俺は俺の好きにやるさ」と返しつつ、味噌汁をすすった。
朝から出汁の香りがしみわたって、なんだか実家にいた頃の朝よりも充実している気がする。
◇
俺の通う大学の経営学部には、1年生から参加する「起業ゼミ」という制度がある。
数あるゼミの中から第3希望までを提出し、抽選や面談を経て配属が決まる。
俺は迷わず、第1希望に「食と経営」をテーマとするゼミを書いた。
田舎育ちだからこそ「食の価値」を東京でどう広げられるか。それを考えるのが面白そうだと感じたからだ。
実家が佃煮屋を営むあかりの影響も、多少はあるかもしれない。
結果は希望通り、第1希望のゼミに決まった。
配属発表の場で顔を合わせたゼミ生たちは、意識高い系の学生ばかり。名刺を作ってきているやつまでいる。
俺はちょっと気圧されながらも、ここで頑張ると心に決めた。
◇
昼休み、学食で1人カレーをかき込んでいると、後ろから声をかけられた。
「ねぇ、君。さっきのゼミにいたよね?」
振り返ると、そこには黒髪をまとめた美人の先輩が立っていた。
知的な眼差しに、少し強めの口調。けれど口元は笑っていて、親しみやすさも漂う。
「は、はい。1年の桐谷 蓮です」
「やっぱり。私は3年の藤森。ゼミの先輩よ。……それでね、君みたいにやる気のある子、広告研究会に向いてると思うんだ」
「広告研究会……ですか?」
先輩は手元のパンフレットを差し出してきた。そこには「大学最大規模の企画団体・広告研究会」と書かれている。
「ただのサークル活動って思うかもしれないけど、ここは違うわ。企業とコラボしたイベントもやるし、OBの社長さんが講演に来たりもする。学生のうちから人脈をつくれるの」
先輩の声ははっきりしていて、自信に満ちていた。
俺は思わず身を乗り出す。
「人脈……」
東京に来て、俺が欲しいものはまさにそれだった。
地元では得られなかった繋がり、起業を目指すための仲間や先輩たち。
「もし良かったら、今日の放課後に説明会があるの。来てみない?」
「説明会……」
美人の先輩に誘われて断る理由なんてない。
それに、こういう場に顔を出すのも大事だ。
「はい、行ってみます」
「うん、楽しみにしてる」
藤森先輩は微笑んで去っていった。
俺はしばらくトレーのカレーを見つめながら、心臓の鼓動が速くなるのを感じていた。
◇
放課後、説明会会場の教室はすでに多くの新入生で賑わっていた。
スクリーンには過去の活動写真が映し出され、華やかな雰囲気が漂っている。
夏祭りイベント出店、ハロウィンパーティーの企画、企業と共同で開いたキャンペーン……。
「ここまでやるのか……」
地方の高校生だった俺には、どれも刺激的に映る。
紹介をしてくれた先輩たちは堂々としていて、すでに社会人のような落ち着きがあった。
「このサークルはただの遊びじゃない。人脈、実績、経験、全部がここで積める。将来、就職や起業を考えるなら必ず役立つはずだ」
説明が進むにつれて、俺の胸の中で期待がどんどん膨らんでいく。
大学に来てからまだ日が浅い。けれど、もう一歩「都会の世界」に踏み出せる気がした。
◇
説明会が終わる頃には、入会を決めることに迷いはなかった。
スマホの申込フォームから「入会希望」を選択し、提出する。
(よし……これで俺も、東京で人脈を広げてやる)
心の中で小さく拳を握った。
浪人してでも上京して良かった。この瞬間のために、あの田舎から抜け出してきたんだ。
◇
夜、帰りの地下鉄の窓に反射した自分の顔は、朝よりも少しだけ大人びて見えた。
今日の出来事を振り返りながら、胸の奥でそう固く誓った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます