第39話

お店はダイニング席をくっつけて、立派なパーティー会場のように変わっていた。装飾も凝っていて、壁には「HAPPY BIRTHDAY」のガーランドが飾られている。神が朝から翔子さんに命令されて膨らませた大量の風船も彩りを添え、華やかな雰囲気だった。


 テーブルの中心には大きな鍋が置かれ、中でおでんがぐつぐつと煮込まれている。その周りには何種類もの焼き鳥が並び、カウンターには色とりどりのお酒まで用意されていた。本当に立派な会場だ。

 私が作ったケーキは業務用冷蔵庫に入れてあり、食後に出すことになっている。


 ちーちゃんとはっしも少し早めに来て、隼が来るまで一緒に待っていた。私はといえば、どんな顔で会えばいいのかわからず不安で、カウンターの向こうを行ったり来たりと落ち着かなかった。


「隼が来たら、クラッカーね!」

 ちーちゃんがダイソーで買ってきたクラッカーを手渡してくる。


「杏、ウロウロしすぎ!」

 笑いながら注意され、私は小さく頷いた。


 そのとき、チリンとドアが開く音がして、隼が入ってきた。私たちは一斉にクラッカーを構え、声を揃える。


「おめでとうー!」


 私もカウンター越しに、ぱんっとクラッカーを鳴らした。


「うわあ……びっくりしたあ……」

 隼はきょろきょろと店内を見回し、その凝った装飾に目を見張っていた。こうして、隼の誕生日会は幕を開けた。


――――――――――――――――――――――


 翔子さん特製のおでんと焼き鳥は驚くほど美味しくて、みんな夢中になって食べた。大量に作ってあったはずなのに、あっという間にほとんどなくなってしまった。


 一方で、私はどうしても食欲がわかず、串を一本食べただけだった。隼の視線が気になって、どう接していいのかわからない。だからつい、少し距離をとってしまう。隼自身もどこかぎこちなく、ここにいる全員が私たちの事情を知っていることもあって、余計にやりにくかった。


 みんなもその空気を察しているのか、会話よりも食べることに集中していたせいで、余計に料理が早くなくなったのだろう。


「杏たん! いつも誰よりも食べとんのに、今日は全然食べへんやん!」

 はっしが不思議そうに言う。


「うるさい……」


 私は小さく返すしかなかった。


「よーし! 杏特製のケーキ、いただこっか!」

 翔子さんが冷蔵庫に向かい、場の空気を明るく切り替えてくれた。

 ――――――


 翔子さんがカウンターで蝋燭に火をつけて、電気を消した。ハッピーバースデーの歌と共に、ケーキを持ってきた。

 隼は照れながらも、蝋燭の火を消して、みんなで拍手した。

 

 ケーキには、チョコペンでみんなの似顔絵と中心に隼の似顔絵を描いた。そしてローマ字で「HAPPY BIRTHDAY SHUN」と描いた。


「えっ!やば!うまっ!さすが美大生!」

 ちーちゃん褒めてくれた。

「さすが杏たんやん!!惚れ直してええ??」とはっしが言って、ちーちゃんがしばく。

「ありがとう。杏。」隼がまっすぐ私に向かって言う。

 私はどう反応したらいいかわからなくて、「うん……」と目を逸らした。

 

「よし!盛り上がってきたところでメインイベントいこー!」と神が突然、見知らぬリモコンを出して押した。

 すると突然天井からスクリーンが降りてきて、蝋燭を消し終わって点けたのに、また再び電気が消える。

 

「なにこれ!?」私がびっくりしていると翔子さんが

「ほら、やっぱり結婚式の二次会とかはさ、動画とか上映したい人も多いだろうし、そっちの需要を狙いたくて!大竹のカップルにはここで結婚式の二次会してもおっかなーって!その需要を狙って、青木さんに頼んでみたらスクリーンとプロジェクターを導入してくれたの!すごいでしょ?」翔子さんが得意げに言う。

「たしかにいいね!おしゃれなカフェって洋画とか流しながら営業しとるとこも多いし!」ちーちゃんが盛り上がっていた。

「よし!ここでみんなにおもろいもの見せちゃる!」と何かをセットする神。

 しばらくしてそこに映し出されたのは、荒い画質だったが、高校のときの教室だとすぐにわかった。

 そして隼が写っていた。

「やっぱりガラケーで撮ったやつじゃけん、画質は荒いか。」と神は腕を組む。

 隼の顔がみるみる青くなり、「おい!消せ!!」と叫ぶ。

「消すわけないやん!お前の21歳の誕生日やろ」とニヤニヤと神がウインクする。

「やめろ!この状況でこれを見るのは無理や!」と隼は必死でリモコンを奪おうとする。こんなに動揺してる隼は珍しい。

「隼たんの黒歴史ー?見たいなー!」とはっしが後ろから隼を押さえ込んで、動画は再生された。


 ――――――――――――――――

 映し出されていたのは、高校2年生の文化祭前の私の教室の様子だった。

 私がお化け屋敷の看板を集中して描いている時、隣のクラスだった隼が様子を見に来た時だ。

 私が描いてるところを隼がじっと見つめている様子が映し出されていた。記憶の中でうっすらある。確かこの時隼は「すき家に行きたい」とか言い出した時だ。


 荒い画質の動画の中で私たちは会話している。音量はMAXで上げられているのか、会話の内容は、はっきりと分かった。


「……ほぉ〜、よう描けとんな」

「ありがとう」私は絵に集中してるみたいで、ほぼ意識もしてないで返事をしているようだった。

「あのさ……杏……」隼は少しためらうような言い方だった。

「ん……?」


「お前のこと、好きやねん。」


「……………………すき家?行きたいん?」


「は?」


「私も久々にチー牛食べたいかも。汁だくで」


 その瞬間神の笑いで画面が揺れてる。そして頭を抱えてる隼が写っていた。


 ――――――――――――――――――――


 なんてことだ。高校2年の私は隼の告白を彼が牛丼屋に行きたい主張だと完全に勘違いしていた。アホなのか。アホすぎる。


 動画を見終わったみんなは、少し気まずそうに笑って私を見た。隼は雰囲気に耐えきれなかったのか、私たちから離れてカウンターの向こうにいかにも怒っているような足取りで行ってしまった。


 どれほどの勇気を出して、この時伝えてくれたのだろう。隼はずっと昔からありったけの愛を私にくれてたのに、私はそれを受け取ることに逃げて、どれだけ傷付けてきたのだろう。

 涙が溢れそうになる。


 カウンター越しの隼を見る。背中を向けていて表情はわからない。


 私は立ち上がって、隼のそばまで行った。

「隼……?」

「……ん?」隼が振り返る。

 私は隼を抱きしめた。強く強く。

 様子を見ていたみんなが戸惑いにも喜びにも似たように声を上げていた。

 隼の鼓動が伝わってくる。私は泣いていた。

「隼……ごめんね……隼はずっと伝えててくれとったのに……」

「そんなん別にええけど……」すぐ耳元で聞こえてくる隼の声は少し震えていたけど、優しかった。

「本当にごめん……私だってずっと隼のこと好きだったのに……私……臆病で………………」うまく言葉にならなかった。呼吸がうまく出来ない。隼は優しく背中をさすってくれた。

「隼……もしまだ……気持ちが変わってなかったら……」

 私は隼のことを見上げた。隼の瞳に私の泣き顔が見える。

「私を彼女にしてくれん……?」

 精一杯の言葉だった。

 

 隼の目はおおきくなって、潤んでいた。美しい瞳だと思った。すごく愛しく思った。

「当たり前やん……変わるわけないやろ……ずっと出会ってからずっとお前が好きやったんやから……」

 そう言って、隼は私を強く抱きしめ返してくれた。


 これ以上ないほどのぬくもりだった。

 これ以上ないほどの幸せだった。




 

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