第37話
ベッドに寝そべる。瞼の裏に、さっきの隼の顔が焼き付いて離れない。
──本当は、私だってずっと好きだった。
小学校6年のとき。転校してきた隼が、うちの洋裁店に制服の採寸をしに来た。
その頃の私は、両親が離婚して、おばあちゃんの洋裁店の上に住み始めたばかりだった。
喧嘩の音が聞こえない、おばあちゃんの家はとても心地よかった。
そしてそこに隼が現れて……あ、これからは大丈夫だ、って。
今までいろんなことがあったけど、これからはご褒美みたいな人生になる──そう思えた。
隼のことをまだよく知らないうちから、「この人といれば大丈夫」だと確信していた。
案の定、隼はいつだって私のそばにいてくれた。
私が辛いとき、どんな時でも支えてくれた。
大切すぎて、壊してしまわないように、必死で距離感を保ってきた。
隼はよくモテたけれど、女の子にはまるで興味がないように見えた。
だから私は思っていた──「隼のことを好きになる女の子の一人になるもんか」と。
彼の親友で側に居続けること、それだけを願ってきた。
……なのに。
隼は10年も、私を想い続けていてくれた。
勝手に「ゲイかもしれない」なんて都合のいい妄想で距離を測ってたバカな私を。
そんな私を、隼は奇跡みたいに好きでいてくれた。
本当は願ってもないことだ。
なのに──怖い。
失うのが、怖い。
一番大切な存在を手に入れるということは、同時に「失う可能性の始まり」でもあるから。
隼の存在はあまりに大きすぎる。
私はきっと、隼を好きすぎて苦しくなるだろう。
そして隼も、私がおかしくなった時には、自分を犠牲にしてでも支えてしまうだろう。
それが怖い。
もしも私が母親のように、周りを傷つけてしまったら──。
隼はそんなとき、きっと私を切り捨てたりできない。
だから余計に怖い。
「親から与えられた分の愛しか、人を愛せない」
そんな言葉を聞いたことがある。
私は、まさにそうかもしれない。
どうしようもなく好きなのに。
好きだからこそ、踏み込めない。
怖くて、怖くて。
――――――――――
小さなアリーナのような教室で講義を受け終わった。
今日は爽ちゃんは就活でいなかった。
スマホを見てみると、はっしからLINEがきていた。
「今日市内まで買い物来たからついでに杏たん学校終わったら大竹まで送ったるで!!!」
たしかに、こんな頭がぐちゃぐちゃな時こそあの能天気なはっしのテンションに癒されたい。
「ありがとう!今終わったよ」
そう送る。
大学の前にはっしのワゴンRが停まってる。
窓からはいつもの満面の笑みのはっしが見える。
私は助手席のドアを開けた。
「姫さまー!お迎えにあがりましたー!」
はっしはいつものようにテンションが高い
「ありがとう。はっしに会いたかったし。」
「うええ?!杏たんがそんなこといってくるん珍しっ!珍しものクラブやん!!はっしと寄り道でもするうー??マックのドライブスルーでもするーー??」
「あはは!いいよ」
くだらないけど、いつも笑わせてくれるはっしが好きだ。
「杏たん!もしかしてだけどぉーーーもしかしてだけどおー」
突然はっしは歌を歌い出し始めた。
「隼くんとなにかありましたぁかぁ??」
ハンドルを叩きながらどぶろっく調に歌いながら聞いてきた。
「なんで?」私は窓を見ながらさして冷静に返す。
「いや、神と隼のコソコソ話聞いてしもーてん!!」
「はっしには言われてないの?」
「なんか、はっしは多分暴れるからバラすな!って神が釘を刺してるの聞いたねん!だから多分杏関係やろうなーって」
私は思わず吹き出した。たしかに暴れるはっしの想像は容易い。
「隼に告白されたの」私は窓を見ながら流れるように口から出た。オブラートに包もうと思ってたのに。
その瞬間、ハンドルがぶあんと左右に揺れて対向車にぶつかりそうになった。
「はっし危ない!」私は叫んだ。
「ああ!ごめんごめん!!!隼が、、杏たんに告白?!あいつ抜け駆けか!!!」
はっしの声はいつもよりもでかい。
「うん……でも付き合わないよ。」
「は……?なんで……?」はっしは突然真剣なテンションになった。そっか!なら安心や!とかで終わってくれるだろうと思ってたら予想外の反応だ。
「親友だから。恋愛にしたくない。」私は静かに言った。
「ほーん。つまり彼氏より親友のほうが杏たん的には格が上ということ??」
「うーん。そうかも。彼氏は水モノだけど、親友は違うと思うし。」
「おっけー!なら杏たんの親友ポジは俺がいただくから、隼と付き合え!」
「はあ??」
「隼が杏の彼氏になったら、隼は俺に勝ったつもりになるやろな〜。ところがどっこい、親友の俺が杏にとって最も格上の存在や!!」
呆れるほどバカなはっしの考え方に笑う。
「杏たん、俺ふざけてるようにしか見えんやろうけどさ、高校んときからずっと杏のこと本気で好きやったんやで。」はっしの言葉が急に真剣になった。まっすぐ前を向いて運転する横顔はいつもと別人に見える。
「でも、隼と杏はさ、俺が出会ったときには既に鉄壁みたいな絆があることは分かってた。だから俺は杏たんの恋人候補として頑張るより、1番のファンとして生きることを選んだわけや!!」
「はっし……」
「隼なら認めたるよ。ずっと杏のこと支えてきてるとこ見てるし。」
その声には一切の嘘がなかった。
「でも……私は失いたくない。愛って壊れやすいじゃん。だから最初から始めなきゃ、ずっとそばにおれるじゃろ」
そんな私の言葉にはっしは真っ直ぐ運転しながら考えるように話し始めた。
「そんな思い込みが自由を殺すんやろなぁ。親友だってずっとそばにいれる保証なんてない。どんな関係も永遠はない。なら素直に生きたらええやん」
はっしがこんなにしっかり正論を言うところを初めて見たかもしれない。
「杏たんが隼を好きなことくらい、ファンの俺にはお見通しやで。だから、ハッピーになれ!」
「はっし……」
「かっこよくね?今の俺。やばない?」
思わず笑ってしまった。
――今まで、何度彼のこの明るさに救われただろう。
太陽みたいに周りを照らす人。
「ありがとう、はっし」
私がそう呟くと、はっしは優しく微笑んだ。
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