第23話
目の前にある原稿を手に取り、この奇跡を噛みしめた。
高校生の頃からずっと憧れ続けてきた作家の、まだ出版もされていない作品を読めるなんて。しかもその装丁を描くというチャンスまで与えられたのだ。『海辺から』という題名の物語を、私は早速読み始めた。
舞台は広島の田舎町。主人公は幼馴染の陸と沙也加。二人が互いに支え合いながら、それぞれの夢へと歩んでいくストーリーだった。
ところどころに─これは私の物語なのではと思わせるような心情が、玉木青の優しい言葉で綴られていた。
これまで玉木青の作品はほとんど読破していたけど、この作品は特に別格だと感じた。沙也加と私の境遇や気持ちが重なる部分が多いからかもしれない。読み進めるたび、自分の過去や心が癒やされていくようで、ページをめくる手が止まらなかった。
気がつけば一気に読み切っていて、窓の外はもう明け方になっていた。夜通し時間を忘れて読み耽ってしまったのだ。
結末は少し切なく感じられた。陸と沙也加は最後まで深い友情以上の絆を持ちながら、結局は別の人と結ばれて終わる。その終わり方は美しく、だからこそ胸に余韻を残した。
私は勝手に陸を隼に重ねて読んでしまっていたから、「やっぱり……」と少し悲しくもなった。読みながら何度か「もし二人が結ばれるなら、私と隼にも少しは可能性があるのかもしれない」なんて期待してしまったのだ。けれど、そんなことはない。綺麗な友情は、綺麗な友情のまま続いていくことこそが一番幸せなのだろう。
色恋を交えて友情を壊してしまうのは、とてももったいないことだ。
─私は夢を叶える。絶対に。
この本の装丁に選ばれて、私の絵を見て本を手に取ってくれる人がいるように。
そしてこの表紙を見るたびに、この物語を思い返して、優しい気持ちになれる読書体験を届けられるように。
私はキャンバスに向かい、筆を走らせ始めた。
必死で試行錯誤した。夏休み中なのに、大学の教授に連絡をとってフィードバックをもらったり、翔子さんや親友たちにも意見を聞いたり、青木さんにも色々相談させてもらった。爽ちゃんにも見てもらった。練りに練り、描き直しを重ねた。これ以上ないくらい作品を読み返し、絵と向き合った。
装丁で本の印象は変わる。この名作を1人でも多くの人に届ける一助となれる表紙を創りたい。その一心だった。
そして、夏休みの最終日。ついに完成した。
やれることはやった。これで選ばれないなら、まだ私の実力はそこまでじゃないということだ。ダメで元々。そもそも、あんな人気作家の装丁のチャンスを貰えただけでも十分すぎるほどだ。創作はたしかに大変だったけど、でも同時に夢のような時間だった。自分の創った装丁が書店に並ぶ想像が出来ただけでもとても幸福なひと時だった。
そして、私は青木さんに完成した作品を渡した。
作品の中で印象的だった、海から見える夕日のシーンを描いた。
青木さんは私の絵を見た時、とても感動した様子で、すごく褒めてくれた。それだけでも嬉しかった。私はこんなチャンスをいただけたことをまた改めて感謝を伝えた。
玉木青の心も動いてくれたら、それはとても嬉しいけど、それは天に任せよう。
やれることはやった。私は満足だった。
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