第21話
2011年
私たちは高校を卒業してそれぞれの進路に進む時が来た。
私は志望していた美大に合格し、ちーちゃんは狙っていた服飾の専門学校へ。隼は心理学科のある県立大学に合格し、神は第一志望は残念ながら落ちたけれど、第二志望の私立大学に進むことになった。進学組は全員大竹から山陽本線で通える距離の学校だから、結局みんな実家からそれぞれの学校に通う事になり、バラバラにならずに済んだ。
はっしはKIRISAWAで、そのまま正社員として働くことになった。「俺も杏たんと翔子さんとここに住んでもええ?」と軽口を叩いて、ちーちゃんにしばかれていたが。
KIRISAWAのバイトもみんな学校生活の傍ら続けることになり、親友たちとのこの環境が続くこと。これが私にとって何より嬉しいことだった。
大学生活は想像以上に楽しく充実していた。
同じ志を持つ仲間に出会えることの価値を改めて実感する日々だった。
自分的には「絵やデザインは人よりも得意」と思っていたけれど、この世界には私よりずっと上手い人がごまんといる。少し落ち込みそうにもなったけれど、井の中の蛙だったと気づけたことで、もっと努力しようと思えた。そんな才能のある仲間から受ける刺激は何よりの勉強になる。やっぱり青木さんが言っていた「環境が大事」は本当だった。
大学で一番仲良くなったのは、柚木爽ちゃん。性別は男の子だけど、心は女の子。見た目も仕草もまさにザ・おかまで、少しガタイが良すぎてメイクも派手すぎるから、すぐに「そっち系」とバレるけど、ぱっと見は綺麗で、すっぴんはむしろイケメンだった。いつも『セックス・アンド・ザ・シティ』のサマンサみたいな派手なファッションに身を包み、マツコ・デラックスのような毒舌も吐くけど、オープンで破天荒な性格の爽ちゃんといると、まったく退屈しない。
爽ちゃんはその強烈なキャラクターで学内でも人気者だけど、「杏とは一番波長が合うのよね!」と言って、なぜか私といつも一緒に行動してくれていた。同性愛者の隼もそうだけど、どうも私は性のことで一癖ある人と仲良くなるらしい。
爽ちゃんは香川県の出身で、広島市内の大学近くのアパートで一人暮らし。絵の才能も抜群で、小さい頃からコンクールで何度も受賞している。学校の課題や制作ラッシュがはじまると、家まで帰る電車の時間も惜しいほど時間が足りないから、私はよく爽ちゃんのお家に泊めてもらって一緒に作業をした。
いつか爽ちゃんを大竹に呼んで、みんなに会わせたいなぁなんて考えてたけど、美大生はとにかく忙しい。
しかも爽ちゃんは流川のオカマバーで夜はバイトをしていたし、私もKIRISAWAでのバイトは相変わらず週に何度かは入るし、夏休みは久しぶりにお父さんたちに会いに東京に行き、しばらく滞在したりでなかなか時間は取れず、実現せずだった。
そんなこんなでもう年の瀬。気付けばクリスマスイブ。
学期末はとにかく課題に追われる。クリスマスどころではなく、私は爽ちゃんの家で制作に勤しんでいた。
夜のお仕事はクリスマスは休めないそうで、爽ちゃんは今日はバイト。私は1人爽ちゃんの家で黙々と作業。とうとう合鍵ももらったほどだ。ありがたい。パソコンに向かって、デザイン書を読みながら試行錯誤をしている時、
買い替えたばかりのiPhone4が鳴った。はっしからだ。
はっしは私が外泊すると決まって「心配だから」と電話をくれる。まるで保護者である。
「もしもしー?」
『杏たんー? 今日も爽ちゃんの家なんー?』
はっしとは爽ちゃんはまだ会わせたことがないけど、私がよく話題にするから、はっしもすっかり“爽ちゃん”呼びになっていた。
「うん。そうよー。爽ちゃんは今バイト中だけど、私は課題が終わらなくて作業してる」
『そっかあ。がんばれ!ガンバ大阪や!!』
声がやたら大きくて思わずスマホを耳から離した。
「うるさいわ、はっし……」
『あーごめんごめん。でもさあ、杏たん……今日はイブやで??俺と過ごしてくれよおお!!』
「アホか!」とちーちゃんの声が聞こえた。
どうやらみんな集まっているらしい。
「みんな集まってるの?」
「うん!KIRISAWAでな!パーティーしてるで!杏たんがおらんと寂しいわああ」とはっしが言う。
「杏!まだ電車あるんじゃけ、帰ってきてよ!イブだし、みんなで祝おう」とちーちゃんが横から言ってきた。
「でも課題が忙しいんやろ。無理させんなよ」と隼が言ってる。
「でもさあ、爽ちゃんて男やろ?イブに杏たんが男の家におるとかさあ、、俺、、、しんどいわあ!!」
はっしがまた騒いでいる。
「アホか。爽ちゃんは男より女らしいよ。ちーちゃんとかより、よっぽど女よ。」私がそう言うとすかさずちーちゃんが
「はあ?私が男っぽいと言いたいん?」と大袈裟に怒り出した。
「あはは!ちーがキレてるわ。杏、帰ってこんと許されんぞ」と神が言う。
「はいはい。杏ちゃんは課題頑張ってんだから、邪魔しない!じゃあ頑張ってね!杏ちゃん明日の夜は帰る?」翔子さんが聞いてきた。
「うん。頑張って終わらす。」
「じゃあ、明日もケーキ用意してまってるから!」
「ありがとう」
「じゃ、メリークリスマス!」「メリークリスマス杏たん」「メリークリスマス」みんな口々につぶやいた。
「メリークリスマス。ありがとう。おやすみ」
そうして電話を切った。
相変わらず親友たちは賑やかだ。
今年もこの子たちに支えられた一年だった。
高校を卒業して間もない三月、大きな震災が東北で起きた。
テレビの画面越しに映し出された光景は、言葉を失うほど衝撃的で、胸が締めつけられた。
春から東京をはじめとした関東方面に進学や就職をする予定だった同級生たちは、入学式や入社式の中止で上京延期を余儀なくされ、夏まで地元で過ごすことになった子も多い。幸い、お父さんたち東京にいる家族に被害はなかったけれど、
「当たり前」なんてどこにもないこと、日常は一瞬で奪われることを思い知らされた。胸の奥が痛む一年だった。
翔子さんだって東京に家族がいて本当は心配で仕方なかったはずなのに、「お父さんに会いに行ってきなさい」と言ってくれて、夏休みにはバイトをしばらく休ませてくれた。
私の代わりに、親友たちが交代でシフトに入ってくれた。
明日のクリスマスは、みんなの顔を見て、心からの感謝を伝えよう。
そう思いながら、私は机に向かって課題に集中した。
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