第14話

新学期が始まった。


最初のうちは、担任の先生もクラスの子たちも、まるで腫れ物に触るみたいな態度で私に接してきた──それが逆にちょっとおかしくて、笑ってしまった。


無理もない。

おばあちゃんと二人暮らしだった私が、その最愛のおばあちゃんを亡くしたという話は、学校の連絡網でクラス中に知れ渡っていたし、葬儀に来てくれた子も多かった。


でも、いざ登校してみたら、思ったより元気そうな私に、みんな拍子抜けしたみたいだった。


翔子さんが滞在してくれていた一週間、毎晩美味しいごはんが食卓に並んでいて、本当に幸せだった。

見知らぬ大人との共同生活には多少のストレスを覚悟していたけど、全く杞憂に終わった本当に快適で、心が穏やかに過ごせた日々だった。

一週間なんてあっという間だったけれど、あの時間がどれだけ救いだったか、あとになってじんわりわかる。


翔子さんが東京に戻った翌日からは、ちーちゃんがうちに泊まりに来てくれるようになった。

──これがまた、最高だった。


最初のうちは翔子さんの作り置きで食いつなぎ、食料が尽きてきたらマックやコンビニに頼った。高校生が自分本位な生活をしていたら大体こんなものだ。

でも、そんな食生活が続いた結果、ふたりして顔にニキビが出はじめて──ようやく「これはやばい」と反省。

ちゃんと自炊しようって話になった。


そんなある日、いつものメンバーが遊びに来た。


「よっしゃ!栄養不足な女子のために、今日は俺が特製お好み焼き焼いたるけぇな!」

キッチンでキャベツを刻みながら、高らかにはっしが宣言する。

隼も無言で隣に立ち、野菜を洗ってくれていた。


「……やっぱ女子高生はダメやな。俺、大人の女性がええわ」

神がダイニングテーブルに突っ伏してブツブツ言ってるけど、誰も相手にしない。


私とちーちゃんは、洗面所の鏡の前に並んでオロナインを塗り塗り。

鏡越しに目を合わせて、ぷっと笑った。ニキビがひとつ、またひとつと、存在を主張している。


「できたで〜!」

はっしがホットプレートの上から大皿に移したのは、想像以上に立派なお好み焼きだった。


「はっし特製・栄養満点お好み焼きや!!!!」


「いただきまーす!!」


ダイニングテーブルの中心に置かれたお好み焼きを5人でつつき合う。



ひと口食べた瞬間、口いっぱいに広がる香ばしさとソースの風味。美味しくて、思わず笑みがこぼれた。


「はっし、すごい!美味しい!!初めてほんまに“すごい”って思った!」

私は素直な気持ちで褒めた。


「これ美味しいわ〜。はっしの唯一の才能じゃない?」とちーちゃん。

「はっし、すごいやん」と神も感心している。

「……うん、美味しいな」

普段はめったに褒めない隼まで、ぽつりと認めた。


「うわああああああ!!照れるわああああ!!うれしーー!!いつでも作ったるけぇな!!」

はっしは顔を真っ赤にしながら、全身で喜びを爆発させていた。


みんなでお好み焼きをモグモグ頬張る。楽しくて、温かい時間だ。


そんなタイミングで、ふいに神がつぶやいた。


「なぁ……翔子さんって、彼氏おるん?」


「おい、待て神。まさかとは思うけど、お前、本気であの大人の女性を狙ってんのか?」

はっしが速攻でツッコむ。


「別に。ただちょっと気になっただけじゃし」


「離婚してからずっとおらんって言ってたよ」

私が答えると、ちーちゃんが言った。

「バツイチか〜。あの人の人間としての深みは、いろんな経験から来とるんじゃね。神みたいな三股男には無理よ」


「……いや、俺、全員切った」目尻に力の入った様子で神が言った。


「えええええ!?マジで!?」

みんなの視線が神に集中した。


「まさか……翔子さんに本気なん?」

私が尋ねると、神は真面目な顔で言った。


「わからんけど……この夏、いろいろあったじゃん」


「杏にはな。お前には何があったん?」

隼が冷静に返す。


「杏の人生を通して、俺もいろいろ考えたんや!」


……神の言うことには毎度ツッコミどころがあるけど、そのときはなんだか、ほんの少しだけ本気に聞こえた。


まあ、動機がなんであれ、神がようやく“普通の恋愛”に目覚めたのなら、それはいいことなのかもしれない。

今までの神は、女癖の悪さでしか自分を満たせないところがあって──正直、ちょっと心配だったから。


自分だけイジられるのが我慢ならなかったのか、神はお好み焼きに追いソースをかけながら、じろっとちーちゃんを見て言った。


「ちーは寺山とやり直したん?」


「花火に一緒に行ったのは友達として、やけん」

ちーちゃんはきっぱりと答えた。


きっちりした性格の彼女が、スッパリと切らずに曖昧な関係を続けてるのは、正直ちょっと意外だった。

でも、寺山くんとはそれなりに長く付き合ってたし、別れたからって気持ちを完全に切り替えるのも難しいのかもしれない。

ちーちゃんにだって、そういう女の子らしい情緒があるのは意外だったけど、可愛い。


「てかさ、前から気になっとったんやけど、『銃刀法違反』って何なん?」

ちーちゃんが、私と隼を交互に見ながら、不意に話題を変えた。


「あ、それ俺も気になってた!!杏と隼さ、なんか身内ネタあるやろ?話せ!!」

はっしも食いついてくる。


私はあの日のことを説明した。

「……東京タワーで、しつこく声かけてくる男がいて怖かったから、隼に電話したんよ。ほいで、『銃刀法違反で捕まるよ!』って叫べって言われて、それで叫んだら、その人逃げてったって話」


「待って、何それ。意味わからん(笑)」ちーちゃんが吹き出す。


「“銃持ってる系彼氏がおるフリ”ってことや」と隼が補足した。

「いや他に何かあったじゃろ!」「銃刀法違反ってピンポイントすぎん!?(笑)」神とちーちゃんは腹を抱えて笑う。


けど、はっしだけはちょっと不機嫌そうにしていた。


「杏たん!!!!俺の“あやとりの東京タワー”見てくれたはずやのに!!なんで怖いときは隼に電話するんよ!!俺に頼れや!!」


「いや、あんたに電話しても隼みたいに“遠隔で撃退”は無理じゃろ」

ちーちゃんがバッサリ。


「てか、お前“銃刀法違反”とかの言葉さえ知らんじゃろ!電話口でテンパって『お好み焼きーー!!』って叫ぶのがオチや」

神も笑いながらいじってくる。


「むかつく!!!お前らにはもうお好み焼き焼いたらんからな!!!」


はっしがむくれたその顔がまた、可笑しくて吹き出した。


隼も笑ってた。


5人でいると、やっぱり最高に楽しい。

どんな日でも、いつの間にか笑顔になれる。

そういう時間だった。

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