第8話

おばあちゃんの遺言はおばあちゃんらしさが全開で思わず笑ってしまった。


「杏へ

おばあちゃんが死んだ?あんたは悲しみに暮れてるかい?暮れてないとショックだけどね。

でもそんな暇はないよ。これからがたくさん仕事があるからね。


まず、洋裁店は来年の1月からはテナントとして貸すように準備してました。おばあちゃんの昔からの知り合いの青木さん。

電話番号080-××-××

この人に連絡したら全て分かるようにしてあるから。

あと、家の食器棚の上にあるもち吉の缶の中に杏の名義の通帳がある。そこに少しだけどお金があるから将来必要なときに使いなさい。


大丈夫。杏には全て教えてる。あんたは強く生きてくだけよ。でもあんたは本当は弱いところがあるからね、友達を頼りなさい。

あと、私見てるよ。そばにおるからね!悪いことしんさんなよ!


あと他の孫たちにも言葉を残しとかんと寂しがるよね。

ちーちゃん、小さい頃から杏を助けてくれてありがとう。しっかり者のちーちゃんがいれば安心ね。

裕介くん。あんたの良いところはイケメンなところと、飾らない優しさ。和竹神社の息子として商店街を守ってね。

はっし。真っ直ぐで元気なはっしにみんな幸せをもらってる。こらからもみんなを笑わせてね。

隼くん。1番周りを見てくれて、考えてくれてありがとう。杏をよろしくね。


じゃ、また来世で会いましょう!


みんなのばあば。桐澤幸江。」




「ははは!おばあちゃん本当仕事できるね!」

一緒に遺言を読んだちーちゃんが笑いながら言った。


「てかテナントとして貸すなんて一言も聞いてなかったんですけど!びっくり、、」

おばあちゃんは自分の寿命が分かってたかのような用意周到ぶりだ。私は唖然としていた。


「てか、ばあちゃん!なんで俺んとこには杏をよろしくって書いてへんの??隼とこには書いてあるのに!なんで?将来の夫なのに??」

はっしがいつもの調子でうるさくなっていた。


「そら、俺がお前よりもしっかりしとるからやろ。」冷静に隼が言った。


「イケメンって書いてあるの俺だけやなあ。いやー罪な男やなー俺も」神はニヤニヤしている。


あんなに哀しみに暮れてたみんながいつもの調子に戻る遺言を書けるばあちゃんは本当にすごい。


私は消化しきれないところがたくさんあって

何度も読み返した。

テナント貸し、、?青木さんなんて聞いたことない人だな。

もち吉の缶??


とりあえず、一つ一つ片付けるしかない。

とにかく、お父さんがこっちに着いたら

お通夜とお葬式の準備。

あー、商店街のみんなにも、この青木さんにも

おばあちゃんの訃報を伝えなくちゃならない。

伝える時にまた泣きそうだ、、、

1人で色々考えていると


「商店街の人たちには神が連絡しとってくれるけ。杏はまず、青木さんに連絡してみんさい。」

ちーちゃんが私の思考を汲み取ったように言ってくれた。


「杏。一人で全部しようとせんで。うちらが手伝うけん。」

さすがはちーちゃんだ。その逞しさに感動してしまう。


大丈夫。一つ一つ進んでいけばいい。そう思えた。


⭐︎

病院の屋上で、

遺言に書かれていた電話番号にかけてみることにした。


「――もしもし。青木です」


おばあちゃんの“昔からの知り合い”なんて書いてあったから、

当然、おばあちゃんと同じくらいの歳の人だと思い込んでいた。


でも、想像よりずっと若くて、しかも驚くほどイケてる声で――

思わず耳を疑った。


どんな知り合いだよ、おばあちゃん……


「あっ、突然すみません。桐澤幸江の孫の、桐澤杏と申します」


「あー! 初めまして!」


「あの、祖母が昨晩亡くなりまして……それで、遺言に青木さんの電話番号が書かれていたので、ご連絡させていただきました」


「ああ……亡くなられたんですか……」


電話の向こうで、明らかに動揺した気配が伝わってくる。

ショックを隠しきれない様子だった。


「僕、今は東京にいるんですが……明日にはそちらに伺います。ご連絡ありがとうございます」


「あっ……はい」


「杏さん、大丈夫ですか?」


突然、私の心配をされて、少し拍子抜けした。

今、明らかに一番落ち込んでいるのは青木さんの方なのに。


「あ……まあ、まだ動揺はしていますけど……」


「そうですよね。……僕も、受け入れられません。

すみません、また明日……お会いしましょう」


声はすっかり、泣き声まじりになっていた。

そのまま、青木さんは電話を切った。


……おばあちゃん、この人、何者?


明らかに20代か30代の若そうな、しかもかなりいい声の人が、

おばあちゃんの訃報に、あんなふうに取り乱すなんて。


まさか……若い彼氏でもいたの??


哀しみでいっぱいだったはずの心に、

今はもう、好奇心と驚きのほうが広がっていく。


おばあちゃんって、やっぱり最後の最後まで面白い人だなあ――


もしかして、これも私の心を救うための“仕掛け”だったのかもしれない。

そう思うと、笑いが込み上げてきた。


おばあちゃんは偉大だ。やっぱり、大好きだ。


 ――

 おばあちゃんの葬儀は、神の実家の神社で、ひっそりと神葬祭しんそうさいとして営まれた。


一般的にはお葬式はお寺でするものだけど、神のおばあちゃんと私のおばあちゃんは古くからの友人で――だから今回、特別にこの神社で葬儀を執り行ってもらえることになったのだ。

しかもこの神社は商店街の突き当たりに位置していて、地域の人たちにとっても馴染みの深い場所だった。

おばあちゃんのお葬式には、これ以上ないほどふさわしい場所だったと思う。


商店街中の人たちが集まり、境内には人の列ができた。

それだけ、おばあちゃんがどれほどこの町に愛されていたか――参列者の数が物語っていた。

みんなが一様に静かに、でも深く悲しんでいた。


父と私は、参列者一人ひとりに頭を下げながら挨拶をした。

神とちーちゃん、はっし、隼は受付や裏方の準備を手伝ってくれた。


父は、昨日の昼前に東京から帰ってきた。

ある程度覚悟はしていたようだったけれど、病院の霊安室でおばあちゃんの姿を見たときは、こらえきれずにその場で泣き崩れていた。


式のあとには、直会なおらいと呼ばれる神葬祭特有の、簡素な食事会が行われた。

とはいえ、そこには重苦しい空気はなかった。

むしろ、集まった人たちは静かに、でもあたたかく――おばあちゃんの思い出を語り合いながら、少しずつ心をほどいていくようだった。


そのとき、私のすぐそばで声がした。


「杏さん、ですよね?」


その声を聞いた瞬間、誰だかすぐにわかった。

電話越しに聞いたあの声だった――青木さん。


振り返ると、声のイメージ通りの姿がそこにあった。

背が高く、喪服の着こなしもどこか品がある。おそらく20代後半か、30代前半くらい。

俳優のように整った顔立ちで、

明らかに只者ではないようなオーラかある。

東京の人ってこんな感じなのだろうか。

思わず私は言葉を詰まらせた。


「はじめまして。昨日、お電話をいただいた青木です」

そう言って、彼は丁寧に頭を下げた。


「あ、どうも……」


なんとか声を出すと、青木さんは名刺を差し出してくれた。



ブックカフェオーナー

青木 聡介



「ブックカフェ……?」


思わず声に出していた。


「はい。実は、桐澤洋裁店のテナントをお借りして、そこをブックカフェにしようと思っていまして」


「……えっ、うそ、めっちゃいい……」

と、思わず心の声がそのまま口から出てしまった。

テナントなんて言うから、

てっきりラーメン屋とか、よくわからない飲食店が入るのかと思っていた。ゴキブリとかネズミが出そうで嫌だな…なんて勝手に心配していたけれど――


ブックカフェなら、まるで夢のようだった。

本が大好きな私には、天国みたいな場所になるかもしれない。


それを聞いて、心の中に、ぽっと灯るような嬉しさが広がった。



おばあちゃんは、いつでも人と人の真ん中にいた。

その姿が今日、あらためて見えた気がした。

きっとブックカフェなら私も喜ぶと予想してのことだと思った。さすがはおばあちゃんだ。


「今日は杏さんもバタバタかと思うので、詳しくはまた後日にお話しさせてください。しばらくは広島に滞在しています。洋裁店の方にお伺いしますので、またお電話します。昨日いただいたお電話の番号でお間違い無いですか?」


とても感じが良くてスマートな人だった。


「はい。」


「じゃあ、またすぐにご連絡します。」


そうして青木さんは去っていった。


おばあちゃん、あんなイケメンの知り合いがいたのか、、。


「杏!誰あの俳優みたいな人、親戚??」ちーちゃんが興味津々で駆け寄ってきた。


「いや、おばあちゃんの知り合いらしい。洋裁店さ、あの人がオーナーでブックカフェにするんだって。」


「へーー!よかったじゃん!杏にぴったり!」


「うん。でもおばあちゃん、あんなイケメンとどこで知り合ったのかな?」


「たしかに!年の差カップル?あの人さ、お葬式中もめっちゃ泣いてたよ。」


「まじで!?」


「うんうん。おばあちゃんやるねー!たしかに美人だし、あの人間性だもん。若いイケメンくらいゲットできるわけだ。うらやましい!」

ちーちゃんが興奮している。


やはり、おばあちゃんの謎は深まるばかりだった。

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