第2話

2009年3月

 私たち5人はクラスはバラバラだったけど、自然と同じ場所に集まってくる。

昼休みはいつもの学食の柱の横の席が、私たちのテリトリーだった。

春休み目前で、なんとなく浮き足立ったこの日も、私たちはそこで変わらず笑い合っていた。


「寺山と別れることにした!」

ちーちゃんが明るく言い出した。

高校に入ってすぐ付き合い始めた“THE・好青年”の寺山くんとは、誰が見てもお似合いだった。


「まぁ、ええんじゃない?恋はたくさんせんとな!」

神が声高々に言う。


「なんで?仲良かったのに」

私は素直な気持ちを口にする。


「寺山はさ、九州の大学志望なんよ。私は広島で専門学校行くつもりじゃし。遠距離って、やっぱり難しいじゃん?」


「でも!遠距離恋愛でもうまくいくことあるよ!」

私はすぐに言い返す。「ほら、NANAの蓮とナナもさ――」


「あれは漫画!!」

ちーちゃんが笑う。「うちらにはあんな情熱的な愛なんてないし。なんか……恋愛に憧れて付き合ってみた、って感じだし」

そう言うと、目だけが少し遠くを見ていた。


「でも俺ら、まだ高1やん?進路とか気にせんで、気楽に付き合えばええやん〜」

はっしがいつもの調子で明るく言った。


「お互い足枷になるのが嫌なんよ。一緒に目指す場所があるなら支え合えるけど、別の道に行くって決まってると……心から応援できる自信がないし、自分も頑張れなくなりそうじゃん」

ちーちゃんはしっかりと、でもどこか寂しげに言った。


「なるほどなぁ……」

隼が深く静かに頷く。


 ちーちゃんは情には厚いけれど、現実をきちんと見て理性的な判断ができる強い子だ。だけど、その目にかすかな影を感じて少し心配になった。きっとまだ寺山くんへの想いは完全に断ち切れてはいない。


「じゃあ広島に残る予定の彼氏でも作るか?俺とか?」

神がふざけてウィンクし、ちーちゃんに肘をつつかれていた。


「とりあえず今は、勉強!」

「まだ高校生活はこれからやのにー!!!なぁ杏あん!」

はっしが大袈裟に私に相槌を求めてきた。


 すると、ちーちゃんがふと鋭いことを聞いてきた。

「杏ってさ、ちょくちょく告白されてんのに絶対彼氏作らんよね。どんな人なら付き合うん?」


「おーーーっと!素晴らしい話題きたーーー!ナイスちーちゃん!」

はっしが、待ってましたと言わんばかりに身を乗り出す。


 たしかに私は、これまで何度か同級生や先輩から告白されたことがある。誠実で優しそうな人も、イケメンもいた。あんまりあれこれ考えず試しに付き合うのもいいかなと思ったこともあったけど、やっぱり承諾する気にはなれなかった。


 私は恋愛を小説で学んでいた。

息が詰まるような恋。見ていられないほど切ない恋。ほんの一行で心を射抜かれるような恋。

読んでいる分には楽しい。だけど、実際に自分が経験していくとなると、なんか違う。

それに、小説でその恋愛を読んでいるだけで満足してしまう。


「私は……小説で恋愛を読んでれば充分なんよね」


「文学少女すぎるやろ」

ちーちゃんがクスクス笑う。


「まあお前のタイプは俺やろ?」

神が真顔でボケてきて、私は無言で空を見上げた。


 ふと、言葉が浮かんできた。


「……なんじゃろう。ちーちゃんみたいな人がいいかなあ」


「はあ?ちーちゃん!??」

はっしが身を乗り出す。


「ちーちゃんて、寺山くんに対して理性的に判断してていいなって思った。そうやって、自分のプラスにならない関係なら、すぐに見限ってくれる人がいいな。私は、自分からそういうこと言えないタイプだと思うんよね。別れ話とか」


 小説の中でも恋人同士の別れのシーンはいつも悲しいし、切ない。

「いつまでも幸せに暮らしました」で終われる恋愛なんて、リアルな物語には存在しない。


「待って!私が冷徹みたいじゃん!」

ちーちゃんが笑いながら言った。


「待って!俺は杏たんを絶対見限れん!!ずっと追いかけてる未来が見える!!」

はっしが机を叩いて叫ぶ。


「まぁとにかく自立してる人かな?お互いに振り回されない、あっさりした関係でいられる人がいい!」


「はっし、完全アウトじゃん。いつも杏に振り回されっぱなしじゃし」

神がはっしをなじった。


 はっしは大袈裟に頭を抱え、その姿を隼は不機嫌そうに見ていた。


「私だってそんなにさっぱりしてるわけじゃないよ?」

ちーちゃんが言った。「私も寺山ともなんだかんだで別れる時は、それはそれはお互いに壊れたし。恋愛ってお互いに振り回されることが醍醐味なんじゃない?」


「名言メーカーか!ちーちゃん!!!!」

はっしが顔を上げて叫ぶ。彼は情緒が本当にダイナミックだ。

私の理想とするタイプと真反対に位置しているなと思って、つい笑ってしまった。


 多分私は――両親を反面教師にして生きたいだけだ。


 母に振り回されてばかりだった父。

母がパチンコにハマって多額の借金を黙って作っていたときも、父は母を何年も見捨てなかった。

それはおそらく私がまだ小さかったからで、愛とかそういうの云々というより、私のために離婚しないでいてくれたのだと思う。

けれど結局は母の方から出て行ってしまい、その間に父は随分と時間とお金を無駄にしてしまったと思う。

だから父の再婚と、新しい命の誕生には、私は心から安心したし、嬉しかった。


 私は母のようにはならないと強く決めている。

でも心のどこかで、彼女の血が私に流れていることを思えば、この先誰かを不幸にしてしまいそうで怖い。


「進路はみんなどうすんの?」

ぼんやり考えていると、隼が切り込むように話題を変えた。


「私は服飾の専門行きたい!」

ちーちゃんが元気よく言う。どこまでも明確で彼女らしい。


「俺は未定!!まぁどっかの大学入れたらええかな〜」

神が声高々に宣言した。


「お前さぁ〜!神社の息子やからって学費の心配ないタイプやろ!!!腹たつ!!」

はっしがまた大袈裟に毒づく。


「杏たんは??」


「私は、美術とかデザインの専門か大学行きたいな。それで本の装丁とかデザインしたい。将来は玉木青の小説の装丁を描きたい!」


 玉木青は私が一番好きな小説家だ。

最近直木賞をとったばかりの新進気鋭の作家さん。性別や年齢は非公開で謎の多い作家さんだけど、玉木青の文章は繊細で優しくて綺麗で、読んでいるだけで癒される。


「うっわ……杏たんしっかりしてるわ……」

はっしが頭を伏せた。


「杏は本当に玉木青オタクじゃの。どうすんの?くそ小汚いおっさんやったら。性別も年齢も非公開なんだからあり得るで?」

神が言う。


「ウェエエ!!小汚いおっさんに杏たん取られたら、俺首吊るわ!!!」

はっしが大袈裟に言う。


「んなわけない。あんな繊細で綺麗な文章かける人なんだから、綺麗な女性だよ!絶対!!で、はっしと隼はどうするの?進路」


「俺は、杏たんの目指す専門に一緒に行く!!親はバカには学費ださん言うてるけど!愛は勝つ!!!!でも俺、絵心ない芸人や!あ、でも芸人になって成功して杏たんに貢ぎまくる手もあるな!!」

はっしのこの軽やかなマインドは、ある意味羨ましくもなる。


「俺は、まだはっきりせんなぁ」

隼がそう答えたとき、私は驚いて隣を見た。

てっきり彼はもう明確に道を決めていると思っていた。理路整然としていて、いつも正しい方に進んでいる感じがしていたから。


「やりたいこと、って聞かれても、ようわからん。まぁお前らが地元に残るなら、地元から通える大学かな」

「可愛い事言うやんしゅんしゅん!!じゃあ、俺の相方になればええやん」

はっしが冗談めかして言うと、隼は一瞬綻んだ後、すぐ真顔になって、


「絶対いや」

とキッパリ答えた。


「即答やん!!」

みんなが吹き出した。

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