AN
あした
第1話
2009年2月
親友たちとカラオケに行くと、必ずラストに入れる曲がある。湘南乃風の『睡蓮花』である。
その中でも、「約束された明日なんてねぇ」の歌詞が私のお気に入りだ。
まさに、現実はそうだからだ。日常はある日突然、のっぴきならないことが起こって変わることがある。
「リーマンショック」がいい例だった。
去年からニュースでよく聞いたその言葉。
でも、それが自分の生活にどう影響するのかなんて、高校生の私には、正直ピンとこなかった。何事もなかったように、この日常が続いていくと思っていた。
けれど、お父さんの勤めていた繊維会社の広島営業所が、年明け早々に閉鎖されると聞いたとき、
ああ、これが「そういうこと」なんだな、と初めて実感した。
リストラされなかったのは幸運だった。
でも「東京本社への異動が会社残留の条件」と聞かされたとき、選択肢が私の目の前にも並べられた。
「東京についてくるかどうかは、杏が決めんさい。」
父は16歳になったばかりの私に、そう委ねた。
結局、私はこの地元である広島県の大竹市に残ることを選んだ。
理由はたくさんある。
高校を途中で編入するのは何かと面倒だ。まだ1年生ではあるが、既に2月だから、あと2ヶ月もすれば2年生だ。
それに、東京の家賃は田舎と比べてとても高い。
私が一緒に住むとなれば、もう一部屋必要になるし、当然その分家賃も上がる。
東京への憧れがなかったわけじゃない。
私は大の読書好きで、色んな小説を読むけれど、物語の舞台や出てくるスポットはいつだって東京とか関東が多いし、毎月ちーちゃんのお下がりで愛読する雑誌『セブンティーン』に載ってるのは、いつも東京の事情がほとんどで、田舎の女子高生にとっては参考にならないことも多かった。
お昼のテレビ番組も、東京の情報ばかり。美味しそうなお店や、行きたい施設は大体東京。私が「ヒルナンデス」より「笑っていいとも!」を好むのにはそんな理由がある。
とにかく日本は基本的に東京中心に回っているのだから、やっぱり一度は住んでみたい憧れもあった。
それでも私はこの町が好きだった。
遊ぶ場所なんて商店街にあるカラオケとゆめタウンの中に入ってるゲームセンターくらいだし、映画館でさえ、電車でしか行けないような片田舎。それでも私は、海の匂いと工場の匂いがするこの町が好きだった。
だって大好きな親友たちも、おばあちゃんもいる。
「私は今まで通り、おばあちゃんと暮らすね。」
私がそう言うと、話はあっさりとまとまった。
もともと、私とお父さんとおばあちゃんの3人で暮らしいていたけど、お父さんは出張が多くて、私とおばあちゃんの実質2人暮らしのようなものだった。
おじいちゃんは数年前に亡くなった。
それからはおばあちゃんは1人桐澤洋裁店を営んでいる。
和竹商店街の中で、シャッターが増えて少し寂しくなった通りの中でも、細々と、しかしいつもハツラツと店を切り盛りしている。
そして、その洋裁店の2階が、私たちの住まいになっていた。
お父さんは、東京への異動と同時に再婚することにしたらしい。
お相手は、前から何度か会ったことのある菜々子さん。
明るくて、品があって、私にもよくしてくれる素敵な人。
しかも──菜々子さんのお腹には、赤ちゃんがいた。
この歳になって、自分に腹違いのきょうだいができるなんて、人生って、本当に予想もつかない。
ずっと私の母親に苦労して来たお父さんが
新しい家庭を持って幸せになることは、
私にとっては、素直にとても嬉しい事だった。
それに私は赤ちゃんが大好きだから、会えるのがとても楽しみだった。
そんなふうにして、私はおばあちゃんとの二人暮らしを始めることになった。
思った以上にあっけなく、そして、少しだけわくわくした気持ちで。
☆
学校では、いつも一緒にいる親友たちが4人いる。
私とは幼稚園からの付き合いで、のちに登場する神のいじめから私を救ってくれたことがきっかけで、私はもう完全にちーちゃんべったり。
ちーちゃんは、リーダーシップがあって、みんなの“母”みたいな存在。几帳面で正義感が強くて、でも温かくて。そして美人でスタイルも良い!大好きな親友だ。
で、さっき名前だけ出た“神”は、神様ではない。
和竹商店街の突き当たりにある神社の次男坊である。
神社の子なのに、お調子者で昔からいじめっ子。
高校生になった今は女たらしで、常に彼女は3人くらいいる外道野郎。そんな事をしてるのに、女の子たちとトラブルになったことは一度も聞いたことがない。
本人によると、「みんな納得の上で俺を選んどる!言わばイケメンのシェアじゃ!」と発言していて、ちーちゃんにしばかれていた。まさに問題児。
幼稚園の頃なんて、私が砂場で作ったお城(大作!)を無慈悲に足でぐしゃっと壊してきて、それにキレたちーちゃんが彼を本気でしばいた。
そしたら神は、即・大泣き。
他者への攻撃性は高いくせに、打たれ弱い所は、よくいる良性の悪役キャラだ。
でも、小学3年生のときに、私が近所のガキ大将みたいなやつに理不尽に絡まれたときには、
神がガチでそいつに殴りかかってくれた。
そういうところがある。憎たらしいけど、ほんとは仲間思いなやつなのだ。
そんな神とは違うタイプで、無口でクールで、
真っ直ぐとした姿勢や所作から妙な落ち着きがにじみ出てる人が、
隼は、小6になる前の春休みに私たちの町に引っ越してきた。前は大阪に住んでいたらしくて、いまだに大阪弁が抜けていない。でも私はその隼の口調がなんだか落ち着く。
転校生だから小学校の制服の採寸をするために、うちの桐澤洋裁店に来たのが隼との最初の出会いだった。
そこからなんとなく春休み中に一緒に遊ぶようになって、
彼はちーちゃんや神ともすぐ打ち解けて、新学期が始まるころには、すっかり“いつめん”になっていた。
隼は「この人といれば大丈夫だ」という妙な安心感を昔から持っている人だった。
例えばテレビのニュースから流れる痛ましい事件に私の心が強く影響されるとき、
隼の顔を思い浮かべると、ふわっと落ち着けるのだ。
しっかりしていて、頭も良くて、クールだけど実は優しくて、人一倍周りを見ている人だった。
そんな感じだから、隼も実はかなりモテる。だけど女には全く興味がないようで、中学までは、本当に恋愛とか女の子に浮かれない子だなぁ、、と思っていたけれど、
高校に入って、ある人物の登場でその謎は解き明かされた!
その人物の名は、
彼は私たちの町から電車で二駅ほど離れた町の出身で、高校からの合流組。
はっしのキャラがまた、強烈で、、!
底抜けに明るくて、元気。関西生まれでもないのに吉本新喜劇が大好きすぎて、広島育ちのくせに大阪弁を喋ってる。
だから、隼とはっしが並べば、もうそこは完全に大阪!通天閣が背景に見える!!
そんでもって、はっしはなぜか私に異常に懐いていて、
毎日奇天烈なテンションで絡んでくる。
「杏たんおはよう!今日も天使やな〜!」
「杏たんの夢みた!俺は幸せや〜!!」
決して悪い気はしないけれど、小っ恥ずかしい。
ただ、隼はそれを見て明らかに不機嫌になるのだ。
そして私はその視線を見て、隼がはっしを好きな事を知ったのだ。隼は同性愛者だったのだ。
今思えば、全部つながる。
はっしのことだけをじっと見てる隼の視線。
はっしが笑えば、それだけで隼の目の奥もふわっと笑う。
はっしが私に奇天烈に絡んでくるのを聞くと、鬼の形相で睨んでくる。完全に嫉妬しているのだ。
気づけば私は、謎の三角関係に巻き込まれていた。……いや、ほんとに。
それでもこの5人で過ごす学校生活は、毎日笑いが絶えない。ずっとそんな毎日が続いてほしいと願っている。こんな風に想えるのはとても恵まれていることだ。
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