(H)our HERO

北 流亡

2時間(+α)のヒーロー

「麻里ちゃん、今日もお仕事おつかれさま」


 アワーヒーロー「カノウプス」こと星野風磨は、赤いスポーツカーで会社の前に駆けつけた。時間通りだ。麻里はぐるりと回り、右側から乗り込む。


「どうする? 食事? ドライブ?」

「ドライブが良いわ。海岸沿い」

「了解」


 風磨はアクセルを踏む。エキゾーストノイズがオフィス街に轟く。車はあっという間に加速して大通りを駆け抜けていく。

 郊外への道を抜け、神居インターチェンジから道央自動車道に乗り込む。

 ここから小樽方面へ抜け、海岸沿いをドライブするのがいつものコースなのだが、程なくして渋滞に引っかかった。事故でもあったのだろうか。混むような時間帯ではない。


「ごめんね、いつもは空いてるのにね」

「大丈夫よ、時間はたくさんあるから」


 お金も、と言いかけて止めた。惨めになるだけだ。

 車は遅々として進まない。テールランプが延々と連なっていた。


「麻里ちゃん、先週言ってたムカつく客の案件どうなったの?」

「ああ、そっちは解決したわ。別な問題が出てきたけど」

「出来る女は大変だね。部下もまとめなくちゃいけないし」

「そうなの聞いて、今週異動してきた部下がさ——」


 麻里は会社の愚痴とか、最近見た映画とか、そういった話をしていた。いつも通りだ。

 風磨は聞き役に徹していた。これもいつも通りだ。適切なタイミングで適切な相槌を打つ。時には話題を振ったりして話しやすくする。麻里は気持ち良く話をしながらも、風磨のそういうところにを感じていた。

 ウィークエンドのアルバムが2週目に入ったころ、ようやく車列がばらけ始める。車の列はゆっくりと進み始める。


「ごめんね麻里ちゃん、せっかくの週末なのに」

「良いのよ気にしないで。それより、インター降りたら先に食事でもどう?」


 いつもは海岸沿いを走ってから食事にしている。


「そうしますか。あ、あの店に連れて行って欲しいな、ロブスターがうまいところ」

「ランプ亭ね」

「麻里ちゃんうまい店たくさん知ってるよね」

「仕事柄ね」


 不意に、空気が震える。けたたましい叫びが響き渡る。

 ライオンを模したスーツに身を包んだ男が、空から降下してきた。地面が揺れる。道路にヒビが入る。

 風磨は強くブレーキを踏みながらハンドルを左に切る。車は、怪人の寸前で止まった。


「ひゃーっはっはっは! 人間共、皆殺しにしてやるぜ!」


 風磨は颯爽と車から降りる。ベルトのスイッチを押して、ヒーローに変身する。

 鍛え抜かれた肉体でポーズを繰り出す。優雅さと力強さを湛えたその動きを、麻里は恍惚の表情で見ていた。


——ああ、この人にして良かった! 私のヒーロー! 私のためだけのヒーロー!


「怪人め! 俺が相手だ!」

「出たなカノウプス! 今日こそ八つ裂きにしてくれるわ!」

「行くぞ!」


 風磨は剣を構える。そこで、チープな電子音が鳴った。カノウプス、いや風磨が携帯してるアラームだ。風磨は手のひらを怪人に向け、少し待つようにとジェスチャーすると、麻里のところへ来た。


「終了5分前です。延長は追加料金がかかりますが、いかがなさいますか?」


 麻里は舌打ちをすると財布から一万円札を取り出した。

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