Ep.4 放浪者と略奪者

 ふと思った。俺はこの世界にどれくらい滞在しているのだろうか。

 俺はかなり長時間当てもなく魔法陣を探し回った。元の世界で黒い魔法陣を見つけたのは午後5時くらいだったはずだ。数時間彷徨ったということは、もう夜になっていてもおかしくはない。


 親に関することは心配していない。母親は真夜中までバイトをしていて、家に帰ってくるのは夜中の1時なのがデフォルトだ。その頃は俺もとっくに寝ている頃なので、リビングにいなくても寝たと思うに違いない。


 今、俺は湖のほとりに寝そべっている。この世界では疲れないので、極端な話、俺がシャドウにやられるまでこの世界を全力疾走し続けることもできる。勿論試してみたいなどとは全く思わないが、理論上は可能だろう。


 その時、声がした。


 俺は魔力の声だと思ったので、心の中で問いかけた。

「なにか言ったか?」

 すぐに返答が来た。

 <言っていない。…ここがターニングポイントだ。生きるも死ぬも、全てお前自身の選択で変わる。>


 何だと?生きるか、死ぬか…?

 その時、視界の端に動くものを捉えた。勢いよく右に振り向くと、

 俺はこの暗い世界でずっと一人ぼっちだった。俺は人間に出会えたのがたまらなく嬉しく、反射的に声をかけた。


 微塵も疑わなかった。


「す、すみません!あなた、人間ですか?よかった…俺、この世界に迷い込んじゃったみたいで…逃げ道を教えてくれませんか?」

 男は何も言わず、ただ冷笑した。

「懇願が最後の言葉になるとは、悲しい奴だな」男はそう吐き捨てた。


 そして男はベルトに手を伸ばし、突然、二本のナイフを取り出す。俺は状況が理解できないまま、男はナイフを投げる。俺の心臓に真っ直ぐ向けて、勢いよく投げつけてきた!


 俺に魔力がなければ、そのまま心臓にナイフが突き刺さって、即死するはずだった。

 しかし、俺は完全に無意識の領域で魔術を使用した。ナイフに指を指し、大声で呪文を唱える。すると、秒速50mの速度で飛んでくる二本のナイフの時間が空中で止まった。


 そう、文字通り止まったのだ。


 俺も男も何が起きたのかわからないような表情をした。二本のナイフは俺まで1mほど離れた空中で静止している。

 <呪文を唱えろ。>

 急に魔力の声がした。その後にまた意味不明の呪文が繰り返される。俺はその呪文がどんなものなのか分からないまま、頑張って真似して発音した。数秒経ったが、何も起きない。その刹那、ナイフが少し震えて、次の瞬間ナイフは男の方にヒュッと回転し、男が投げた時とは比にならないほどの、それこそ目にも止まらぬ速さで飛んでいく。


 突然の奇襲に対応できず、二本のナイフはまともに男の心臓に突き刺さり、男の胸からドバっと赤黒い鮮血が大量に吹き出した。男は心臓を抑えながら、苦しそうに地面に崩れ落ちた。



「……お前、何者だ…?殺影同盟シャドウバスターズか…?」

 男がおもむろに口を開いた。先程話していたときより、声に抑揚がない。死にかけているものの喋り方の典型例(?)だ。


「お前…さっき…ナイフを止めた時……どうやったんだよ…あんなこと…相当な…魔力…がないと、できない」

 どうやった、と訊かれても困る。俺は無意識で止めたのだ。そのことを伝えてみるか。

「俺は…分からない。完全に無意識でやってたんだよ」

 すると、男は疲れ切った笑みを浮かべ、苦しそうに咳をしてからまた口を開いた。

「お前、それが…どんなに…難しい…か、わかっているのか…?もしかして、…お前がそうなんじ」

 最後の言葉は血の混じった咳にかき消された。この男が死ぬのも近そうだ。俺は最後に、一番気になっていたことを訊くことにした。

「お前、一体何者なんだよ?どうして俺を殺そうとしたんだ?」

 男は少し頭を上げ、笑ったのか顔をしかめたのか分からない表情を浮かべ、訥々と語りだした。


「俺は…略奪者だ。この…影世界シャディールドで、食料を奪ったり、…拠点を破壊したり…するのを生業なりわいにしていた。

 ……そして…お前が…このオアシスに…寝そべっているのを…発見した。絶好のチャンスだと…思ったんだが…こんな…ことに…なるとはな。…最後に…俺か…らも…訊かせ…て…くれ。お前は…誰」


 最期は、途切れ途切れに苦しそうに声を絞り出していた。「誰」と言葉を吐き出すやいなや、男の目がどんよりと曇り、少量の血を吐く。男はとうとう絶命した。


 不思議と、男を憐れんだり、殺した張本人である自分を責めたりはしなかった。どうしてかはこのときはわからなかった。しかし、俺はこの出来事をきっかけに、もう一つの道へと俺は歩みだしていたのだ。


 俺はオアシスにとどまることにした。略奪者と言う存在がこの世界に存在しているのがわかったんだから、まともな人ならばここに残るなんて正気の沙汰ではないと判断するのだが、俺はまだ希望を捨てきれずにいた。

(待っていれば、オアシスの本当の持ち主が戻ってくるかもしれない)


 俺の願いは聞き届けられた。


「お前、そこで何をしている?」


 よく通る、老人と思しきしわがれた声。


 俺は勢いよく振り向いた。そして、老人と出会ったのだ。

 怪しい雰囲気は、なぜか微塵も感じなかった。

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