Ep.3 魔力の覚醒

終わった…? 馬鹿だな、始まったんだよ。


 状況は依然として最悪だ。何とか体勢を直して敵の方に体を向けた。敵を認識すれば弱点がわかるかと思ったのだ。が、さらに絶望するだけだった。


 相手は生き物と影の狭間のような体をしていた。体はサソリのような感じだが、体長は1mはある。輪郭は少し白く光っているが、それ以外は少し透き通った黒色だ。本来針があるはずの場所にはナイフのような鋭い刃がついている。ここで俺を斬ったのだろう。


 見るものを心の底から凍りつかせるような恐ろしい見た目の敵を前に、武器すらないまま異世界へと迷い込んできた高校生が立ち向かえるわけ……ない。


 俺の思いを汲み取ったかのように、奴は低い声を出し、こちらを睨んできた。数歩下がり、大きな刃をブンと大きく振りかぶった。


 俺は覚悟を決めた。せめて一発で急所に当てて欲しい。痛みをあまり感じずに死にたい。


 俺は歯を食いしばり、いつ泣き出していたのか知らないが目頭の涙を拭った。諦めたくない。こんな所で終わりたくない。どこかもわからないような暗い森の中で孤独に死んで、朽ちて行くなんて……


 嫌だ。絶対に嫌だ。俺は家に帰るんだ!!


 俺の中に存在していた「ある部分」を封じ込めていた壁が爆発して消滅した。それと同時に、途端に全身に温もりが広がっていくような感覚を覚えた。広がっていったのは温もりだけではない。勇気も溢れてきた。サソリの怪物も俺の中から溢れ出るエネルギーを感じ取ったようで、ギョッとして数歩後退った。


 <そう、それが見たかった。>


 俺の中に声が響いた。魔法陣の時とはまた違う声だ。あのときは魔法陣から声が聞こえたが、こちらは俺の魔力から聞こえてくる。


 声がまた何か囁いた。最初は何を言っているのか分からなかったが、声が俺に味方してくれていることがわかった。


 <お前の目の前の者はシャドウだ。爆弾を50個同時に投げて命中させても、首を切断したとしても殺せないが、私が今から言うことを繰り返せ。お前には、シャドウを倒す力がある。>


 声が直後に言ったことは俺には全く理解できない、ただの音の塊の様な感じだった。文字起こしするなら、「アムゥヮツェンベラルガラー」みたいな感じだったと思う。

 俺は声を信じ、大声でその言葉を叫んだ。そして、体の中から熱が飛び出すかのような感覚に襲われた後、信じられないようなことが起きた。


 サソリの怪物 ―シャドウが真っ白な炎に包まれたのだ。シャドウは絶叫して、のたうち回った。しかし、全く炎は消えない。やがて死の炎に体を焼き尽くされて、影の悪魔は絶命した。


 お、終わったのか……?

 俺は、さっきまで影が暴れ回っていて、今は影の燃えかすが残されている一点を穴が空くほど見つめていた。それから俺は数十秒間、そこにただ馬鹿みたいに突っ立っていた。


 <何をしている。お前は勝ったのだ。お前は自分の力で影を引き裂いたのだ。>


 声のお陰でようやく現実に引き戻された。俺は勝利した。死を覚悟していたのに、俺が相手を燃やし尽くしてやったのだ。

 うおおお!!見たか!やり返されるなんて、どんな気持ちだ!?


 さて、これからどうしようか。

 俺は歓喜の渦から抜け出し、この暗黒の世界ダークワールドから脱出するための方法を考え始めた。そして、5秒もかからないうちに思い出した。

 魔法陣があったじゃないか。

 俺をこの変な世界に放り込んだ魔法陣。この世界に来たときに、俺の背後にはまるで対極への出口を示しているかのように、この暗い世界ダークワールドの中で白く輝いていた魔法陣を思い出した。あれはきっと、元の世界に戻るためのものだ。


 そうと決まれば善は急げだ。俺は影との戦闘で結構移動していたので、俺がこの世界に迷い込んできたときに最初に見えた景色を思い出しながら、魔法陣を探した。

 しかし、人生は何でも上手くいく訳では無い。このときも、そうだった。

 いくら探しても見つからないのだ。魔法陣はかなり大きかったし発光していたので見失うはずがないのに。

 何時間も探し、少し休もうとして近くにあった木の下に座って休むことにした。と、その時、


 <まだ、分からないのか。この世界にお前が迷い込んできたのは偶然ではないのだ。お前は帰れない。最初のまでは。>


 声だった。意味深なことを言い残すので、頭の中で問いかけた。

「魔法陣はどこだ?そして、予言ってなんだよ?」


 いくら問いかけても、声は答えなかった。


 魔法陣を探してこの世界を彷徨い始め、5時間くらい経った気がする。

 方向感覚が乱れまくっており、10秒前に通った道をもう一度引き返したことなど数え切れないほどある。

 こんなに歩き回っているのだから疲れて動けなくなってもおかしくないのだが、不思議なことにここでは全く疲れない。数時間歩いたのに足が痛くならないのだ。俺はこれには非常に感謝していた。もし疲労が溜まってしまう世界だったら、ただでさえ悪い効率がさらに低下していた。


 なんてことを考えていると、妙なものを見つけた。

 大きな湖がある。オアシスなどこの世界では滅多に見ないものなので驚いたが、さらに摩訶不思議なものを見つけた。

 …ミステリーサークル?焦げ付いたような黒い跡があった。隣には箱がいくつもある。

 やがて、俺はこんな世界じゃ信じられないような結論にたどり着いた。


「野営の……跡…?」

 そうとしか考えられない。黒い跡は焚き火の跡と考えるのが自然だ。

 では、この箱は?…開けてみることにした。

 水と缶詰がたくさん入っていた。缶詰はラベルはついていないが、どれも日持ちしそうな物ばかりだ。

「これは…持ち主が誰か…いるって…ことだよな?」


 こんな世界に人間がいるとは、俺は舞い上がり、オアシスで休むことにした。食料の持ち主がここに戻ってくるかもしれない。


 ここにやってくる人間が、俺に最悪の時間をプレゼントしてくれるとは思ってもいなかった。

「いいカモだぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る