電子音は僕たちの死を告げる

白昼夢茶々猫

電子音は僕たちの死も告げる

 ピコン♪


 僕たちにとってそれは聞きなれた音。聞きなれてはいけなかった音。


『18番隊所属カレン・リハイヤー死去』


 左手首に着けている腕時計型の端末に、やけに明るい通知音とともに、見知らぬ、恐らく少女と思われる人の訃報が簡素に飛び込んでくる。


「また死亡者がでたってよ、アーラン」


 僕の後ろから静かに近づきそう声をかけてきたのは、便宜上僕と同じ2番隊に所属するリフトス。彼と僕は、悪運が強いのか、それとも事実強いのか知らないが、まだ生き残っている。

 僕へ話しかけたリフトスの声はまだ高い。僕も高いとは言えないが、それでもなんというか若々しい声をしている。

 それもそのはず。

 この戦地にいる兵士はみんな、子どもなのだから。

 先程の死亡してしまった人のことをと言ったのはそういう理由だ。


「ご冥福を祈ろう」

「せめて、か」

「そうだね、せめて、だ」


 顔も名前も知らなかった。2番隊と18番隊は任務基地も遠い。

 なのにこのどうしようもない無力感はなんなのだ。

 ……なんなのだ、などバカらしい。

 理由は考えればすぐにわかる。

 この左手首から流れてくる通知のせいだ。

『18番隊所属カレン・リハイヤー死去』『5番隊所属トレイ・ラスレスト死去』『1番隊所属ドライン・ビット死去』

 積み重なる死亡報告。本来関係なんてなかったはずの少年少女たちの命の灯が消えたことを、この左手首の端末はピコピコと無邪気に淡々と流してくる。

 同じ少年少女であること、同じ国のためにと言われている兵士であること。

 それから、あまりにも僕たちにとって強くを感じさせるこの通知音のせいでもある。

 使い捨て僕たちをなるべく長く使えるように仕向けられた仕組みだ。


 そもそも僕たちは人間として扱われていない。兵器として扱われているわけでもない。

 ただ僕たちは延命装置だ。技術力の高い隣国の無人機に勝てる兵力を大人たちが備えるための。


 テロレン♪


 無駄に音が変えられているのが腹立つ。今の通知音は確か任務命令だ。


『2番隊北方向2キロメートル先の敵部隊と交戦せよ』


 ほうれ見ろ。

 交戦せよであって、勝利せよ、という文言をいれないのがこの国らしい。

 少年少女たちはそもそも戦い方を知らず、任務の達成率は未だ0パーセントだ。

 ああ、むかつく。

 2番隊は僕が副隊長で、リフトスが隊長。その他にあと5人いる。その5人のうち少年は2人、少女は3人。

 人数は少ない。人員が追加されるには多い。

 みんな口数少なく、目的地に向かってただ歩く。当然だ。任務、それすなわち、いつ自分がピコン♪ の報告内容になるかわからないのだから。


「落ち着いて、深呼吸したら、行くぞ。死なないようにしなくちゃな」


 隊が壊滅状態に陥った時、生き残った少年少女たちはそのまま一つ上の番号の隊に所属する。僕はこの作戦が始まってから割と初期からいるけれど、最初は2番隊ではなく5番隊だった。

 リフトスはもっとすごい。彼は最初、25番隊に所属していた。もう最近は大人たちが焦っているのか倫理観が壊れてきたのか、さらに幼い子たちさえ、この作戦に投入するようになった。

 リフトスのいたような番号の遅い隊の子たちは壊滅することが多い。生き残ってきたリフトスはその若さでは信じられないほど強い。

 ちなみに敵の無人機は音には反応しない。色んな要因はあるだろうけど、工場の轟音が離れたところでも響き渡っていて、音で判断するのは効率が悪いからじゃないだろうか。それを逆手にとってというか、僕たちは左手首からピロピロ音を鳴らしていても平気なわけだ。


 目的の敵機が見えて数10秒。リフトスが引き金を引くと、一機がばらばらになって吹き飛んだ。

 僕たちの武器は銃。無人機を作れないかわりに銃を作る技術はあるらしい。少年少女兵、一人一人に一応とはいえ、渡されている。

 敵は無人機を作る技術はあれど、銃を作る技術はどうやらないらしい。だからこそこの戦争は長引いている。

 子供の体にはまだ反動が強い銃をどうしてそう軽々と扱えるのかはわからないが、年齢的には僕の方が年上。あまり情けなく逃げまどうわけにもいかない。

 そう思うのも、あの通知で感情を引き出されているからなのだろうか。

 一機、また一機。2番隊というのは大体がもう生き残りだ。僕も引き金を引いて当てる、それから残りの5人も一人一機ずつくらいは倒していた。


 気がつけば――、殲滅。


 ピピ♪


『リフトス・メデイア率いる2番隊が交戦任務を完了』


 初めて聞いた電子音だった。

 きょとり、とその場にいる全員で顔を見合わせる。


「……これが勝どきかよ」


 僕がぼそりと呟いた言葉がなぜか、その場全員のツボに入る。

 それから僕たちは笑い出した。

 この通知は鬱陶しい。

 死という絶望を、呑気な機械音で伝えてくるせいで、いやに身近にそれを感じる。

 だとすれば。

 勝利のそれは、もしかしたら、どこかの少年少女にとっての希望になっているのではないか。

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電子音は僕たちの死を告げる 白昼夢茶々猫 @hiruneko22

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