第4話
しばらくすると、街で盛大な祭りがあった
2人で一緒に出掛ける事にした
屋台をまわったり、催しを見たり、それはとても楽しい時間だった
祭りの最後に僕はメアリーに花束を渡した
「マリーゴールド」
聞き覚えのある花の名前だった
メアリーは嬉しそうに受け取ってくれた
とても幸せな時間だった
学校がある日も無い日も、バルは忙しかった
実家への仕送りも続いていた
母からは手紙が届いた
とても喜んでくれていた
休みの日はメアリーと一緒に出掛けたり、友人と一緒に酒を飲みながら将来について語り合った
とても充実した毎日だった
やがて、学校を卒業する事になった
ルースに呼ばれて、椅子に座った
このまま、この店で働いてくれないかと聞かれた
とても、有難い申し出だった
「ぜひ働かせて欲しい」
僕が言うと、ルースはすぐ上機嫌になって酒瓶を持って来た
「さあ、一緒に呑もう」
僕とルースは色んな話をした
メアリーの話しになると、突然ルースは真面目な顔になった
「娘を頼むよ」
「はい、分かりました」
僕達は何度目かの乾杯をした
ルースは内緒だと言って、店で1番高い酒瓶を持ってきた
僕は笑った
とても良い夜だった
母に手紙を書いた
いつもより特別な手紙だった
何度も読み返して、少し描き直した
いつもより少し早く返事が来た
メアリーと結婚する事を、母はとても喜んでくれた
久しぶりに実家に帰って、ゆっくり家族と話しをしてくる予定を立てた
ルースやメアリーはゆっくりしてくるように言ってくれて、僕は笑顔で歩きだした
久しぶりの山道は歩きづらかった
風景が懐かしくて、僕は何度も立ち止まってしばらく眺めていた
家が見えてきた、かなり古びて見えた
「ただいま」
父は椅子に座って居て、軽く手を挙げた
母は急いでいるように、でも動きはゆっくり出迎えてくれた
久しぶりに皆んなに会えるのが楽しみだった
2人とも前より歳をとっていた
椅子に座るように勧められ、母は色んなことを聞いてきた
僕は順番に説明をして、説明の途中で説明の説明をした
母は頷いたり相槌を打って居たけれど、どこまで分かってくれたのかは分からなかった
父は黙って居て、何も言わなかった
話しにキリがついて、僕は立ち上がった
母はきっと自分の部屋に行くのだと思ったんだろう、何も言わなかった
僕はいつものように弟のエリックの部屋の前に立った
そして、変なリズムのノックをした
返事はなかった
もう一度、ノックをしてからドアを開けた
「エリック」
そこにエリックの姿は無かった
その部屋の中には、何も無かった
僕は見たことの無い部屋を見ていた
どれだけの時間、そうしていたのかは分からないけれど後ろから母の声が聞こえた
「エドガー」
名前を呼ばれた気がした
「母さん、いったい何があったの?」
訳がわからなくて、僕は部屋を指差した
「何も無い」
母さんはとても困った表情をしながら、何か言っていた
声は聞こえていたけれど、内容が頭に入ってこなかった
「エリックは?」
多分、その時母は同じ話しを何度も僕にしていたんだ
でも理解出来ない僕は何度も同じ事を聞いた
しばらくそうしていて、耐えかねた母は言った
「エドガー、この話は明日にしましょう」
僕はずっと母に何かを聞いていたけれど、母はそれ以上答えなかった
父さんにも聞いた
ずっと黙っていた
後になって、色んな人が教えてくれた
母さんとエリックの仲が良くなかった事
エリックの体調はどんどん悪くなっていた事
エリックが僕には知らせないでと言っていた事
エリックの部屋を母さんが全部片付けてしまった事
僕は何も知らなかった
ただ、自分の家に帰れば良かった
それだけだった
僕はそれをしなかった事を長い間悔やんだ
父や母を責めた日もあった
自分を責めた日もあった
エリックはなぜ、僕に知らせなかった?
考えたけれど、答えは出なかった
その日、自分の部屋に入った
何もかもが、そのままだった
あの日、家を出たまま時間が止まっているようだった
涙が溢れてきた
「そうじゃない、そうじゃないだろう…母さん…」
僕はその日ずっとベッドに座っていた
真っ暗な部屋の中で僕は後悔した
横になってみたけれど、すぐに座った
気がついたら、窓から光が差してきていた
本や遊び道具やドアが照らされていた
影が出来ていて
僕はそっと触った
自分の手が黒く染まったようだった
少し泣いた後、僕は部屋を出た
僕は静かに挨拶をして、朝食を食べた
食べ終わってしばらくすると父が行った
「エリックのところに行く」
僕は何か返事をして頷いた
「行ってくる」
父は母にそう言って、僕は黙ってついて行った
父の背中が小さく見えた
小道を山の少し上に向かって歩いた
家からは少し離れた場所だった
昔、良く遊んでいた場所だった
何も刻まれていない石がそこにはあって、父はその前で立ち止まった
これがエリックのお墓なんだと思った
しばらく近付けず、眺めていた
父は黙って先に歩き出した
僕は石に近づいて、そっと触れた
ひんやりと冷たかった
花が近くに咲いていて、お墓の前にそっと置いた
「ありがとう兄さん」
エリックの声が聞こえた気がして、涙が出た
ただ、悔しかった
「また来る」
そう言って、僕は家に戻った
僕は父と母に何も聞かなかった
2人も何も言わなかった
メアリーとの結婚の話しをすると、とても喜んでくれた
「また、連絡する」
そんな話しをいくつかして、僕はすぐに家を出た
とにかく早く、帰りたかった
ドアを開けると驚いた顔がそこにはあった
「こんなに早く、帰って来たの?」
「皆んな元気そうだった?」
にこにことメアリーは尋ねてきた
僕に近づくと、大きな声で言った
「凄い汗、先にシャワーに入ってきたら」
僕は何も言わずにメアリーを抱きしめた
彼女も何も言わずに、そばに居てくれた
「大丈夫?」
僕は身体をそっと離した
「弟が病気で亡くなった」
メアリーは驚いた後、とても気の毒そうに声を掛けてくれた
僕の様子を心配したルースも声を掛けてくれた
「結婚式はしばらく後にしよう」
「今はゆっくり過ごすように、無理はしないように」
色んな優しい声が聞こえて、心に響いた
僕は2人にお礼を何度も言っていた
涙で目の前は良く見えなかったけど、優しい声と2人の体温が暖かかった
何日か僕は仕事を休んだ
僕が仕事をしようとすると、2人が部屋に居るようにしつこいぐらい声を掛けてきた
僕は少し元気になっていた
「何かしていたいんだ」
仕事を始めると、いつも通りの毎日が待っていた
メアリーは変わらず優しくて、愛おしかった
店は忙しく、ルースと一緒に良く働いた
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