第三章 一年の約束

ヒヨリとアイリが出会ってから、時は流れた。

季節は巡り、街の色も、二人の距離も少しずつ変わっていく。

ヒヨリは「観測者」という立場を忘れそうになるほど、アイリと過ごす時間に惹き込まれていた。



夏 ― 花火の夜


夏の夜、アイリはヒヨリを誘って浴衣を着た。

「似合う?」と照れ笑いを浮かべるアイリに、ヒヨリは心から頷いた。


「すごく、綺麗……」

「本当に? 嬉しい」


人混みの中で、もちろんヒヨリは誰にも見えない。

それでもアイリは、屋台で買ったかき氷を片手に「食べられないのが残念だね」と笑いかけてくる。


夜空に大輪の花火が咲いたとき、アイリはぽつりと呟いた。

「こういうの、一緒に見られてよかった」

「……わたしも」


鮮やかな光が二人の間を照らす。

触れられない距離が、余計に切なく胸を締めつけた。



秋 ― 学園祭と落ち葉の道


秋の気配が深まる頃、アイリは学園祭にヒヨリを連れていった。

「みんな楽しそうでしょ?」

「うん……未来には、こんな文化はあまり残ってない」


模擬店のにぎわい、演劇の舞台、クラスの出し物。

ヒヨリは見守るだけだったが、アイリは彼女に逐一説明をしてくれる。


「未来には学園祭ないんだ……じゃあ、ここで私が全部案内してあげるね」


楽しそうに歩き回るアイリの姿を見て、ヒヨリは胸が熱くなる。

未来では失われた文化や絆が、この時代にはまだ確かに息づいている。


帰り道、落ち葉が舞い散る並木道を二人で歩いた。

ヒヨリはふと、口を開いた。

「……やっぱり、帰りたくない」

「……」

アイリは黙って、でも力強く微笑んだ。

「じゃあ、戻ってこられる方法を探そうよ。未来に帰っても、絶対に諦めないで」


その言葉が、ヒヨリの胸に強く刻まれた。



冬 ― 雪とこたつ


冬になると、街は雪に包まれた。

アイリの家のこたつに入り、みかんを食べる彼女を、ヒヨリは羨ましそうに見つめていた。


「いいなあ……温かそう」

「一緒に入ろうよ」

「でも、わたしには実体がないから」

「じゃあ、私が温めてあげる」


そう言ってアイリは、ヒヨリの“肩のあたり”に布団を寄せた。

当然、触れることはできない。

けれど――ヒヨリの心は、確かに温まった。


外に出れば、粉雪が舞っていた。

アイリは両手を広げて雪を受け止め、笑顔を向ける。

「ねえ、雪ってすぐ溶けちゃうんだよ。でも、ちゃんと心に残るんだ」

「……私たちも、そうなのかな」

「違うよ。だって、ヒヨリはまた戻ってくるんでしょ?」


その信じるような瞳に、ヒヨリは返す言葉を見つけられなかった。



春 ― 桜の下で


春。桜が満開になった頃、二人は並んで歩いた。

花びらが風に舞い、ヒヨリの銀髪に触れては消えていく。


「きれい……」

「うん。桜って、一瞬で散っちゃうから儚いんだよ。でも、だからこそ美しいの」


アイリの言葉は、ヒヨリの胸を刺した。

桜の花と同じように、自分もここでの時間を失ってしまう。

その運命が、刻一刻と迫っていた。



迫る別れ


季節を重ねるごとに、ヒヨリの笑顔は深まっていった。

同時に、瞳の奥には影が落ちていった。


一年。

未来に帰る期限が、近づいている。


ある日、ヒヨリは覚悟を決めてアイリに告げた。

「……アイリ。私、あと少しで未来に帰らなきゃならないの」


アイリは静かに受け止めた。

驚きも、涙も、すぐには見せなかった。

ただじっと、ヒヨリの言葉を飲み込むように頷いた。


「でも……」ヒヨリは声を震わせる。

「ただ帰るんじゃない。必ず、戻ってくる。今度は、ちゃんと実体を持って。あなたと一緒に生きるために」


アイリは微笑んだ。

その笑顔には涙の光が宿っていた。


「約束だよ。絶対に」

「……うん。絶対に」


二人の指先が、触れ合うことのないまま、空中でそっと重なった。


それは、未来への約束の形だった。

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