第四章 別れと再会の扉

別れの日


一年という時は、あまりに短かった。

出会ったときは永遠に思えた日々も、気づけば残りわずか。


最後の夕暮れ、二人はいつもの公園に立っていた。

桜の木の下、春の風が花びらを散らしていく。


「……やっぱり、行っちゃうんだね」

アイリは微笑もうとしたが、唇は震えていた。


ヒヨリはその姿を見つめるだけで胸が張り裂けそうになる。

「そう。これは決められた使命……でも」

彼女は言葉を詰まらせ、そして必死に続けた。

「でも、私は必ず戻ってくる。今度は、あなたと同じ世界に“生きる”ために」


アイリは小さく首を振った。

「信じてる。でも、約束だからね。絶対に……」


二人の視線が絡み合い、涙が零れる。

触れたい。抱きしめたい。けれど指先は空を掴むばかりで、互いの体はすり抜ける。

それでも心だけは強く結びついていた。


「さようなら、アイリ」

「……行ってらっしゃい、ヒヨリ」


次の瞬間、光がヒヨリを包み込んだ。

眩い白に飲み込まれ、彼女の姿は消えていった。


アイリはその場に立ち尽くし、散りゆく花びらの中で涙を流した。

しかし、心の奥底で強く誓った。

――待つ。どれほどの時間がかかっても、必ず。



未来での孤独な戦い


千年先の未来に帰還したヒヨリは、研究所の冷たい光景に迎えられた。

そこには笑顔も涙もなく、ただ効率とデータだけが支配する世界。


「観測任務、ご苦労だったな」

上司の無機質な声が響く。

「……はい」

ヒヨリは頷きながらも、胸の奥で別の炎を燃やしていた。


研究データを整理するふりをしながら、彼女はひとり秘密裏に研究を進めた。

テーマは「過去における実体化」。

今までは幽霊のような観測しかできなかったが、彼女は諦めなかった。

アイリと同じ世界で、同じ時間を共有するために。


失敗は何度も繰り返した。

過去に投影した身体はすぐに崩れ、形を保てない。

膨大なエネルギーが必要で、何度も意識を失った。

同僚たちからは「無駄な試みだ」と嘲笑され、上司には「規則違反だ」と警告された。


それでも、やめることはなかった。


「私は……必ず、アイリのもとへ帰る」


彼女を突き動かしたのは、研究者としての使命ではなく、ひとりの女性としての切実な願いだった。



待つ者の一年


一方その頃、過去の世界。

アイリは静かに、しかし力強く日々を過ごしていた。


ヒヨリが消えた空間に向かって「おはよう」と声をかける。

学校から帰れば、机に二つのカップを置き、一方は空のまま。

祭りの日も、雪の日も、ヒヨリと一緒にいるかのように過ごした。


「見えてないだけで、きっと傍にいる」

そう信じることで、寂しさに押し潰されるのを防いでいた。


だが夜、布団に潜るときだけは、どうしても涙が溢れた。

「……早く帰ってきて、ヒヨリ」



扉の開く日


そして、運命の日が訪れる。


未来での研究を成功させたヒヨリは、新たな装置を背負い、最後のコードを入力した。

「……必ず、もう一度会おう」


光に包まれ、彼女の体は過去へと送り込まれる。

今度は――実体を持って。



春の午後、アイリはいつもの公園を歩いていた。

桜は散り始め、柔らかな風が頬を撫でる。


「……今年も、一人か」

ぽつりと呟いたその時だった。


風の流れが変わり、強い光が桜の木の下に降り注いだ。

アイリは息を呑む。


そこに立っていたのは、あの日別れた銀髪の女性。

もう、霞んだ幽霊ではない。

確かに地面を踏みしめ、桜の花びらを肩に受ける“人”としての姿。


「……ヒヨリ?」

「ただいま、アイリ」


次の瞬間、アイリは駆け出していた。

迷うことなく、彼女の胸に飛び込む。


――温かい。

確かに、腕が触れ、背中に回せる。

あの日は届かなかった体温が、今はしっかりとそこにある。


「本当に……帰ってきてくれたんだね」

「ええ。約束したから。もう二度と、離れない」


二人は強く抱き合い、桜吹雪の中で涙を流した。

それは、千年と一年を越えて結ばれた、奇跡の再会だった。

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未来人幽霊 ヒロナ @hirona0419

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