第4話**秋**

**秋**



 9月一杯まで続いた残暑はようやく終わり、今年も本格的な秋がやってきた。

保健室では相変わらず緑川がベッドで官能小説を読み耽り、青島は授業中にふらりと現れてはスケッチブックに何か描いている。


「お、読書と芸術の秋だな。ま、緑川は万年発情期だけど」

「先生うっさい。私は文学として読んでんの」


「…あ。そういやお前ら、体育の出席日数足りないから今度の土曜日補習らしいぞ」

「「え?」」



**


「なーにやってんだろうね。私達」

「……まぁ、仕方ないよ」


 土曜日。二人は竹箒でせっせと落ち葉を掃いていた。

緑川はエメラルドグリーンの、青島はネイビーブルーの学校指定ジャージを着ている。


 学校にはケヤキ・ポプラ・イチョウなど、様々な落葉樹が植えられており、とても二人が一日で片付けられそうにない量の落ち葉が散乱していた。


「もう!散るの分かってるんだから常緑樹植えときなさいよ!馬鹿じゃないの!?」

緑川が左右に激しく竹箒を振って、不満をぶちまける。

「…まぁ、一理ある」


 遠く離れた野球場やテニスコートからは、部活に勤しむ生徒のハツラツとした声や、軽快なボールの音が聞こえてくる。


「…なーにやってんだろうね。私達」

「………うん」


「もう!あなたたち、静かに奉仕作業しなさぁい。単位足りないと留年なのよ~!?」

屈強な体躯に角刈りの体育教師、桃井はオネェ口調で二人をたしなめた。


「は~い」

「…すみません」


「ちゃんとやるのよぉ?アタシだって意地悪でやらせてるんじゃないんだからね?」

そういうと桃井は、校舎の方へ去って行った。


 二人は再びひたすら落ち葉を掃き続けた。

果たしてこの作業は今掃いている校門周りで終わるのか。


 それともこれが終わったら別の場所をやらされるのか。

二人は言葉こそ交わさなかったが、同じ思いで同時に嘆息した。


「お~い!捗ってるかご両人!」

そんな二人とは真逆のテンションで現れたのは、赤城だった。


 両手に、何やらアルミホイルに包んだ何かを抱えている。

「休みの日に何やってんの?」

緑川が訝しげに訊く。


「そりゃ決まってんだろ。お前らが落ち葉集めてるっていうからよ。焼き芋しようぜ!」

この大人は一体何を考えているのだろう。

二人は言葉こそ交わさなかったが、同じ思いで同時に嘆息した。


「こいつをこうやって落ち葉に埋めて…。あ、芋はアルミホイルに包む前に濡らした新聞紙に包んでおくのがポイントだぞ!」


 赤城が100円ライターで落ち葉に火を着けようとした瞬間、桃井が走り寄ってきた。

「ちょっと赤城先生!!何してるのよ!?信じられない!!」


 先程二人をたしなめた時とは比べ物にならない、本気の怒声だった。

「い、いやぁ…。秋の情緒を教えるのも教育の一環かと…」

「そんなわけないでしょ!!校内で野焼きなんて非常識にも程があるわ!!」


 桃井は一層怒気を強めた。

その時、青島はビクリと体を震わせ、下を向いて硬直してしまった。

手に持った竹箒が細かに震えている。


 その様子を、赤城は見逃さなかった。

「すみません桃井先生、お話は後程」


 そう言うと赤城は青島の両肩を抱いて、ゆっくりと保健室まで歩き出した。

「大丈夫だ。大丈夫だぞ青島」


―――恐らく、この子には虐待の過去がある。怒声に過剰反応するのは典型的な例だ


「ちょっとぉ!!赤城先生!どこ行くつもりよぉ…!!」

桃井は二人を追うことなく、赤城の非常識さに呆れかえったように立ち尽くしていた。

「でも青島ちゃん、急にどうしちゃったのかしらぁ」



**


「ちょっとびっくりしちまったな。とりあえずしばらく座ってな」

赤城は柔らかな語調で、保健室のソファに、青島を座らせた。

青島は床の一点を見つめ、細かく肩や膝を震わせていた。


「……すみません……すみませ…ごめんなさい……ごめんなさい…」


突然、青島はジャージのポケットに手を入れる。

―――カッターナイフ…!


赤城は咄嗟に青島の両手を握る。

青島の手はとても冷たかった。


「大丈夫。大丈夫だ。大丈夫だから。な?」

赤城はしゃがみ込み、俯く青島の顔を覗き込んでそう繰り返した。


ガラッ!と、保健室の引き戸が開く。

「青島!大丈夫!?」

緑川が息を切らして、入ってきた。


「ああ、心配ない。大丈夫だ。それより補習はどうした」

「そんな場合じゃないでしょ!?」


―――緑川に、他者を気にかける心の余裕が出来始めている


 その時、『い~し焼き芋ぉ~♪お芋♪』

窓の向こうから、魅力的な音声が聞こえてきた。


「大変だ緑川!とりあえず3本買って来い!急げ!ハリー・ハリー・ハリー!!」

突然、赤城は自分の財布を投げ、緑川は見事にそれをキャッチした。


「え?私!?」

唐突なパシられに狼狽した緑川だったが、顎で青島を指した赤城のアイコンタクトに、深刻そうに頷いた。



**


「ぜぇ、ぜぇ、買ってきたよ…3本…。車に追い着くの大変だったんだから」

またしても息を切らして入室してきた緑川。


「でかしたぞ緑川!」

赤城は紙袋をぶんどり、二人に焼き芋を配った。

「ほれ、青島。熱いうちに食っとけ」


「んほぉ~!」

赤城は焼き芋を真ん中から2つに割り、湧き立つ湯気に目をキラキラさせた。


 青島は無言で焼き芋の皮を全て剥き、それから一口ずつ食べ始めた。

緑川は先端の皮だけを剥いて、大口を開けて咥えこんだ。


「おお~緑川ぁ。アレの練習かぁ~?」

いつもの赤城の下ネタに緑川は憤慨した様子で

「最っっ低――――!!!」

と赤城の財布を投げつけた。赤城はパシンと財布をキャッチする。


「あと先生、レシートとポイントカード入れすぎ。パンパンじゃん」

一転して緑川は呆れた様子を見せた。

焼き芋を食べた青島は、先程よりも少しだけ落ち着いたようだった。


窓の外では、黄葉した桜の葉がパラパラと散り、秋風に舞っていた。


「風立ちぬ~♪今はぁ、秋~♪…か」

「何それ誰の歌?」

「聖子ちゃんだよ。平成キッズは知らねーのか?」

「知るわけないでしょ」

「……僕、好きです。松田聖子」


青島の表情が、先程とは明らかに違っていた。


「芋パワーだな!」

「先生、さっきから謎すぎ」

「まぁまぁ、とりあえず茶でも淹れるか」


 季節は秋。ここは弱虫たちの保健室。

秋は何かを失う季節、もの悲しい季節だと人は言う。


 しかし三人はそれぞれの感情で芋を食み、温かな茶を啜る。

少なくともそこには秋のもの悲しさと、少しの安心が混ざり合っているようだった。



**


 後日、再びの補習となった二人と、桃井にこってり絞られた赤城は、三人仲良くジャージ姿で落ち葉を掃いていたという。



続く

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