第3話**夏**

**夏**



「暑ぅいーーーーーーっ!!!」

ベッドの緑川は足をバタバタさせながら分厚い官能小説を読み、酷暑への不満を爆発させていた。

「静かにしろ緑川~。余計に暑くなっちまうだろうが…」

机の椅子に凭れ掛かってグッタリとした赤城が言う。

白衣を脱いでノースリーブのサマーニット1枚になり、団扇をパタパタとさせて猛暑に虚しい抵抗をしている。


「だいたい、お前が一番好待遇なんだぞ。文句言うなよ」

緑川は保健室にある唯一の扇風機を独占し、枕には氷嚢。額には冷えピタまで貼っている。

「ここの冷房が壊れてるのが悪いんでしょ!?保健室で熱中症とか本末転倒でマジ笑えないから!」


「青島を見ろー。心頭滅却すれば火もまた涼しって感じだぜ」

青島はこの暑さだというのに、長袖のシャツを着て革張りのソファに座している。

時折タオルハンカチで汗を拭ってはいるが、一転して表情は涼しい。

 手には赤城から貰ったスケッチブックと鉛筆が握られており、最近は律儀にも何かを描いているようだ。


「アイツが異常なだけでしょ!ねぇいつになったら冷房直るの!?」

「黙れ緑川~。予算とか色々大人の事情があんだよ。それより顔真っ赤だぞ~。官能小説で火照っちゃったんですか~~?」

「最っっ低!!!」

緑川が投げつけた枕を、赤城はいつもの調子でヒョイとかわした。


「しょうがねぇなぁ。ちょっと待ってな」

そう言うと赤城は冷凍庫からカフェオレ味のパピコを取り出し、緑川と青島に渡した。

「うわ!先生やるじゃん!」

「…ありがとうございます。いただきます」


 3人でパピコを吸いながら、ひとときの涼をとる。

全開にされた窓の向こうは桜が濃緑の葉を蓄えているが、本日は生憎の無風で葉は微かにすら揺れることもない。

校庭は陽炎で歪み、セミがけたたましく鳴いていた。

 

「かぁ~!やっぱ夏はこれだなっ!」

「そういうの、普通ビールとかで言うんじゃないですか」

「先生、飲めないからね」


**



 3人ともチュウチュウと最後までパピコを吸い終えると、緑川が何かに気付いたように叫んだ。

「あ!パピコって2本入りだからまだ1本あるでしょ!先生ちょうだいっ、暑くて死んじゃう!!」


「お前、意外とがめつい性格してるよな…ダメダメ!青島もいるのに不公平だろうが」

「いえ、僕は別にいいですけど」

「教育的に悪いんだよっ………お、そうだ!」

赤城は悪戯っぽくニヤつくと、スチール机の引き出しから何かを取り出した。


「こいつで勝った奴が最後のパピコを手に入れる!公平公正なやり方だ」

赤城の手には、外箱が擦り切れた古めかしいUNOが握られていた。

「なんで保健室にUNOがあんのよ」

「UNO嫌いか?じゃあババ抜きかサンマにするか?」

「だからなんで保健室にトランプと麻雀セットもあんのよ」

「いいだろ別に。生徒との交流のために置いてんだよ」


赤城はそう言うと保健室の引き戸へ歩き出し、表のプレートを『外出中』に変えて施錠した。

「これで邪魔は入らん。さあ、パピコ争奪戦だ」

ローテーブルを挟んでソファに青島、ベンチに緑川、椅子に赤城が座して三つ巴の態勢となった。

赤城は少年のように目をキラキラ輝かせる一方で、青島はいつもの無表情ながらに、若干の面倒臭さを滲ませていた。


**



「黄色の3です」

「お、ラッキー、黄・青・赤の3!」

「先生、UNOって言ってないよ。赤のリバース」

「あ~、やっちまった!」

なんだかんだで、パピコを争うUNOは着々と進んでいた。



「悪いね先生、緑・黄のドロー2で4枚ね」

「へへ、残念だったな。赤のドロー2だ」

「青のドロー2」

「はぁっ!?そんなのあり!?……なーんてね、ワイルドドロー4緑!」

「悪い、青島!ワイルドドロー4赤」

「いえ、大丈夫です。ワイルドドロー4、色は青で」

「うっそでしょ………」

緑川は青ざめた顔で、山から20枚のカードを引いた。


**



―――そして結局は

「よっしゃーーーーーい!!!」

紆余曲折あり勝利を掴んだのは赤城だった。

「ちょっと!こういう時は生徒に譲るもんじゃないの!?」

「お前10回勝負でダントツ最下位だったじゃねーかよ」

「ふんっ!そのうち糖尿で死ぬからね!」



―――ッジ!ジジジジジ!!!

その時、喧しい羽音を立てて、全開にしてある窓から何かが侵入してきた。

「うわっ!セミ!無理無理無理!!私マジ虫無理だから!」

「おおおお落ち着け緑川。大丈夫、あたしもセミは無理だからよ!」

「何!?何が大丈夫なの!??」

「そりゃアレだよ!アレがコレで大丈夫なんだよ!と、とりあえず青島頼んだっ!!」


 そう叫ぶと、赤城は部屋の隅に立てかけてあった虫取り網を青島に投げた。

青島は黙ってキャッチすると、飛び回るセミが壁にとまった瞬間、見事捕らえた。

窓の外にセミを逃がすと、一同ホッとして元の席に着いた。


「はぁ~ヤバかった…てかなんで保健室に虫取り網があんのよ」

「生徒との交流に使うんだよ。それより青島お手柄!“セミ捕ったで賞”でパピコやるよ!」

「いえ…僕は大丈夫なんで……緑川さんにあげてください」

「え、いいの!?青島ありがと~~!!」


緑川はパピコを手に入れると、頬に当てて目を細めた。

「はぁ~っ、冷た~い!……あ!青島。お礼にこっちはあげるよ」

緑川はパピコの切れ端を青島に渡した。

「あ…ありがとう…」

「青島、それで良いのか?まったく、無欲だなぁ」


―――とはいえ、青島は緑川の、他者の好意を受け入れることができた

―――そうやって、少しずつ練習していこうな

赤城は内心、そう思った。


季節は夏。ここは弱虫たちの保健室。

流れゆく季節の中で、弱虫たちは自分の居場所を欲している。

無条件で自分を受け入れてくれる、そんな居場所を。



続く

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