第9話

 聖グノシス教会。

 オワッテル皇国の国教であるグノシス教の教えは不完全な世界からの孵化による昇華。

 現世界は不完全であり、様々な悪徳が人々を堕落させている。

 身も心も綺麗にすれば、必ず神はこの世界から救ってくれる……とまぁそんな宗教ですね。

 ぶっちゃければ、血統主義の権化であり、悪魔滅ぼすべし慈悲はないを地で行く組織です。

 なにせアレとはいえアモン公爵の所有地を遠慮なく襲撃するのですから、民度がどの程度か察せれますね。


 さて、その聖グノシス教会はというと、この国の中央、皇家宮殿の直ぐ側にあったりします。

 あのウカッツ皇太子が住んで、ついでに公務も行っている場所ですね。

 これも手垢だらけの定番ですが、やっぱり教会は国と癒着しています。

 民衆からは実質影の支配者こそ、教皇トクトウだと言われているのですから。


 ドーン!


 そんな税金を費やした教会で爆発が起きました。

 時間は深夜ということもあり、寝泊まりする修道士たちは混乱しています。

 教皇トクトウも、上等なベッドで眠っており、騒ぎ出すと目を覚ましました。


 「何事だ、誰かおらんか!」


 見事なツルッパゲを晒す教皇は扉に向かって叫びます。

 でも返事がありません、普段なら警備兵が常駐している筈なのですが。

 苛立ちベッドから立ち上がると、扉に向かいます。

 しかし直後、扉が留め具ごと、吹っ飛び教皇が巻き込まれます。


 「どーも、教皇サン、放火にきました。これ一度言ってみたかったのよねー」


 金髪紅目の女は天使のように微笑みながら、部屋へと上がり込みます。

 しかし教皇はどこでしょう、このあどけない女性アクマリーゼは、教皇を探しました。


 「ぐぐぐ……い、一体なにが?」


 まるで地獄の亡者の声です、教皇は扉に踏み潰さて、まるでカエルです。

 アクマリーゼがそれに気づくと、教皇のツルピカ頭を踏みつけました。


 「あらあらそんな所にいたのですね教皇さん」

 「だ、誰だ! ワシが教皇のトクトウと知って足を載せているのか!?」

 「ごめんあそばせ、でもそれはそれ、これはこれなの」


 アクマリーゼは足を退けません。

 やがて教皇はこの天使のような女性を見上げ、正体に気づきました。


 「あ、アクマリーゼ……!?」

 「あら初対面の筈だけど」

 「皇太子に婚約破棄されたことは知っておる! 貴様なにをしているか理解しているのだろうな!」


 それは勿論悪行も含めてでしょうね。

 アクマリーゼは「んー?」と可愛らしく顎に指を当て思案します。


 「頭を踏んでいる?」

 「分かっているなら、さっさと足を退けろ! 警備兵、さっさとこの女を」

 「警備兵ってコレのこと?」


 アクマリーゼは教皇の目の前に、頭だけになった警備兵を投げました。

 教皇は悲鳴をあげると、ジタバタと暴れます。


 「き、貴様これは許されざる暴挙、皇王様に知らせ、必ず裁いてくれる!」

 「よく喋る豚ですわね」


 瞬間、アクマリーゼの柔らかな声が、静かに昏く変化します。

 教皇はわなわな震えながら、見下すアクマリーゼの顔を見ました。


 「豚、わたくしは少し怒っていますの」

 「お、怒っている……だと?」


 屋敷を襲撃させ、サフィーのことを罵倒し、傷つけた。

 それだけ、たったそれだけの理由が、この事態を招いたと、愚かな教皇はまだ気づきもしません。

 アクマリーゼにとって、これはケジメです。

 悪を究めんとするアクマリーゼにとって、欺瞞と悪徳で築き上げた聖グノシス教会は嫌いではありません。

 けれど道というものは複雑で、それは時として混じり合う。


 「貴方、わたくしの家を襲撃しただけに留まらず、わたくしの使用人を悪魔呼ばわりしましたわね?」

 「そ、それは貴様が悪魔崇拝をしていると報告があったからだ!」


 心臓をバクバクと鳴らせ、早口で捲し立てる教皇とは対象的にアクマリーゼは氷のように平静です。

 もう……この豚に飽きちゃったのでしょう、哀れなことです。


 「悪魔なんて崇拝するだけ馬鹿らしい、悪魔は飼いならしてこそ、支配者でしょう?」

 「き、貴様悪魔を認めるのか!? このワシの前で!」

 「悪魔撲滅でしたっけ? どうでもいい、他所よそでやっていれば、その悪徳もわたくし気にしませんでしたのに」


 虎の尾を踏む行為、教皇はただ竜の逆鱗に触れたのです。

 問題は悪魔を従え、竜を平伏させる悪役令嬢だということ。


 「悪魔を滅すのは結構、ですからわたくしも悪魔を滅ぼすとしましょう」


 パチン、アクマリーゼが指を鳴らすと、教皇トクトウの身体炎上します。


 「ぐわああああああ!? 何故ワシは聖人だぞ、魔法が通用する筈が!?」

 「そういう体質でしたっけ、わたくしもそうらしいですわね」


 えっ? 燃えながらアクマリーゼを濁った目で見ました。

 アクマリーゼが聖人? 無論それを教会は認めないでしょう。

 単なる免罪体質と捉えるでしょうが、彼女の炎は聖人の耐性さえ貫通します。

 生まれ持って、破壊に快感を覚え、地獄を美しいと感じる感性、突き抜けた純粋さはむしろ神に近いと言えるでしょう。


 「ああ、ゴホゴホッ! わ、ワシは、しな……ぬ」

 「ふふふ、美しいわ、その歌も、好きでしてよ」


 アクマリーゼは教皇が灰になるのを確認すると、教会から優雅に脱出しました。

 教会は今松明のように煌々と燃え、その炎は宮殿にまで延焼しようとしていました。

 深夜の街は、カンカンと火事を知らせる鐘が鳴り、消防隊が動きます。


 アクマリーゼは極自然に、人混みの雑踏に紛れると、燃え上がる教会を見て、ただうっとり恍惚な表情で。


 「あぁ、なんて美しいの、これほどの美、ちゃんと目に焼き付けなきゃ」


 悪という概念が人のカタチをしたアクマリーゼ。

 だが本当の悪とはなんなのでしょう、阿鼻叫喚の地獄絵図の中でも、それを見下ろす月はただ因果応報と告げるだけでした。

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