第10話

 教会の火事は、ありえない被害を齎しました。

 教皇トクトウは火事に巻き込まれ焼死、数多くの修道士たちも避難が間に合わず犠牲となったのです。

 朝の新聞は、この事件を報道、それは様々な憶測を呼びました。

 明確な目的よる放火、犯人は皇家だとか、不徳を嘆いた神の裁きだとか。

 真実に辿り着くことのない民衆はただ、面白おかしく捲し立てるだけです。


 「おじさま、この棚の野菜全て頂きます」

 「おやサフィーちゃん、随分多いね」

 「お客様が多くて、お代金はこちらに」


 サフィーは少なくとも真実を知っている一人です。

 ただ問題は、それをアクマリーゼ様自身がやったということ。

 水臭い話ですよね、命令されれば一人残らず修道士も教皇も始末したというのに。

 優しい娘なんですが、繰り返しますが本当に優しい娘なんですが、崇拝する対象がアレのため、発想がとても物騒です。


 「持ち帰れる?」

 「馬車の用意がありますので」


 八百屋の野菜全てとなると、運ぶ量が尋常じんじょうじゃありません。

 けれど小さな見た目に反して、サフィーはとても力持ち、どんどん係留している馬車の荷台に積み込んでいきます。

 さながら業者ですね、公爵家ともなると、動くお金も桁違いなのです。

 買い物を一通り終えると、サフィーは親愛なる主人の待つ、公爵家別邸へと馬を急かします。

 今日も賑やかな一日が始まるのでしょう。




 「ん」


 アモン公爵が騎士団を連れて実家へと帰りますと、別邸はいつもの静けさを取り戻してました。

 昼ごはんは牛乳をたっぷり使ったホワイトシチューです。

 ルビアの好物なのですが、一つだけ難点が。

 それは、彼女がポイポイと捨てる人参です。

 彼女、人参が苦手という可愛らしい弱点があったのです。


 「ルビア、人参もちゃんと食べなさい」

 「んー!」


 ルビアは首を振ると、エメットの器に投げ入れます。

 エメットは勉強しながら、呆れたように野菜を口にしました。


 「子供じゃないんだから、食わず嫌いって▽▽▽」

 「ルビア、ちゃんと食べないと駄目ですよ」


 サフィーが言っても、ルビアがいやいや。

 まるでイヤイヤ期の到来です、マイペースな彼女を矯正するのはアクマリーゼでも骨が折れるでしょう。


 「人参のなにが駄目なのかしら?」


 そう言って優雅に人参を咀嚼するアクマリーゼさん、因みに彼女には食わず嫌いはありません。

 サフィーは農家の人が愛情込めて育てた人参がいかに素晴らしいか力説しますが、ルビアは尽く無視します。

 アクマリーゼは溜息ためいきくと、諦めたようにエメットに目を向けます。


 「食事中に勉強なんて熱心ね、難しいの?」

 「別に☆ ただやっぱり公爵家の使用人でしょ△▽△ 無様は見せられないし♧」


 エメットは三人の中で、ずば抜けた知力を有します。

 魔法を少し教えただけで、応用までして、彼女は魔法の天才です。

 おそらくは彼女の血にも起因するでしょう。

 エメットの血、人族の血が大半ながら、三割程度エルフの血が混じっているのです。

 と言っても見た目にエルフらしい形質は出ていません、所詮は雑種だからです。

 自分が卑しい者、どんな理由であれ奴隷だったのですから、エメットには負い目がいっぱいです。


 「学校は楽しい?」

 「うー☆ まぁ友達もいるし♤」


 アクマリーゼはエメットの話を聞きながら微笑みます。

 エメットもまた、愛する子供なのでしょう。


 「あー、そういえば部屋の壁とか窓とか、修繕の依頼出さないね」

 「ハンス商会☆に連絡しとこうか?」


 弱みを握ったハンス商会の会長を使えば、きっとタダでもやってくれるでしょう。

 アクマリーゼは納得すると、またルビアに視線を向けます。


 「ルビア、人参も食べなさい」

 「んー! んー!」


 しつこいと、ルビアは席を立ちます。

 もう食べ終えた彼女は直ぐに食堂を出ていきました。

 アクマリーゼは止めようと手を伸ばしますが、直ぐに諦めます。

 言って聞くなら、これまでも苦労なんてしていない、でしょうね。


 「まぁ私が食べとくよ☆」

 「はぁ、やっぱりちゃんと躾からでしょうか」


 困ったお姉ちゃんに、エメットもサフィーも苦笑い。

 昼食は穏やかに終えると、直ぐにエメットはハンス商会へ空間転移するのでした。




 ハンス商会の会長が顔を出したのは数時間後でした。

 見積書の束を持ち、アクマリーゼに示します。


 「屋敷のダメージからですが、まぁこれほどの金額で出来るかと」

 「うーん、6,000金貨ねぇ」


 それは屋敷をもう一つ買える値段です、中々笑えない金額にあのアクマリーゼも顎に手を当てました。

 勿論その理由は聞いていますが、屋敷が受けたダメージは新築したほうが早いというのです。


 「も、勿論このハンス商会、信頼出来る修繕屋を紹介します!」

 「まぁいいでしょう、仲良くしたいですものね」


 ビクンと発言を聞く度にこのおじさん気持ち悪く震えます。

 アクマリーゼは悪魔も竦み上がる恐怖の女王ですが、彼女なりに理念も併せ持ちます。

 悪を実践するにも、組織は必要ということです。

 破壊は得意でも、細々した仕事は他に任せるしかないですものね。


 「支払いは後日ということで?」

 「は、はい! 業者には明日にも入ってもらいますので!」


 契約が成立すると、直ぐに会長は席を立ちました。

 アクマリーゼは、ふと思い出すように、彼にある世間話をします。


 「ねぇ会長さん、景気はどうかしら?」

 「あっ、景気ならぼちぼちですかね、なんだか西の方が穏やかじゃありませんが」

 「西? 西って言うとカンチガイ王国のこと?」


 オワッテル皇国の西方にカンチガイ王が収めるカンチガイ王国があります。

 歴史はまだ浅く王は非常に野心家と知られています。

 なんでも話によると、国境沿いで不穏な動きがあると言うのです。


 「会長さんって、カンチガイ王国でも仕事しているの?」

 「へぇ、あっしら商人は貿易もやっとりますからな」


 オワッテル皇国の物をカンチガイ王国へ、その逆も。

 ハンス商会は大陸全土にネットワークを持つ総合商社なのです。

 しかし一通り聞いたアクマリーゼは「むふん」と楽しげに微笑みます。

 なんだか不気味な笑顔に顔を引きつらせた会長は逃げるように別邸を出ていくのでした。


 「アクマリーゼ様、嬉しそう」


 サフィーは彼女の前に紅茶の入ったコップを置きます。

 アクマリーゼは香りを楽しみながら、サフィーに言いました。


 「戦争の予感、わたくしって戦争が大好きなんですの」


 本当にブレないご令嬢ですねー。

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