第3話 勇者、魔王の掃除命令に全力抵抗


「勇者よ、床が埃だらけじゃ。掃除せよ」


魔王はソファに寝転びながら、悠然とした声で命じる。

「……はあ?」

思わず俺は聞き返した。

「勇者よ、聞こえぬか。我は言ったぞ。掃除せよ」

「いや、俺は勇者だぞ!? 世界を救うために戦う男だぞ!なぜ掃除せにゃならんのだ!」


凛は机の上で笑いをこらえながら、肩を揺らしている。

「おじさんが怒ってる〜」

「黙れ子供!」


仕方なく立ち上がろうとした俺を

「待つのじゃ。我の命令は強制力がある。反抗する者は――」

と思わせておいて、魔王はくすくす笑いながら「……無理やりじゃなくてもよい」

と付け加える。

……いや、結局命令じゃないか。



掃除といってもな……


機関ではそんなの習った覚えはないぞ……

せいぜい、ほうきで掃くぐらいだが


俺は重い腰を上げ、

「まったく、勇者の尊厳が粉々だな……」

と呟いた。


「おい生娘、掃除道具を持ってこい!」


「生娘?……おじさん、僕のことかな?」

凛はニヤリと笑い、棚から掃除道具をいくつか取り出して俺の前に差し出す。


魔王はソファに寝転び、膝の上で凛をあやしながら言った。

「うむ、よかろう。我は手を休めつつ見守るだけじゃ」


俺は気合を入れ、ほうきを手に取ろうとした――つもりだった。

見慣れぬ棒状の機械。

赤や青のスイッチが光っている。


「……これがほうき……?」

「違うぞ!」

 魔王はくすくすと笑い、

「それは便利さを与えておる。掃除機じゃ」

と言った。


「……これを振り回して埃を払うのか?」

掃除機の先がグラグラして、動きが予測できない。

全然捌けない!!


「勇者よ、使い方を知らぬか?」

「……魔王様、これは剣よりも扱いずらい」


凛は机に突っ伏して笑いをこらえ

「おじさん、戦場より家の掃除の方が大変そうだね」

と茶化してくる。


凛に扱い方を教わった。


渋々スイッチを押すと、ブォーンと低い唸り声が響いた。

「おわっ!? 動いた!」

掃除機は自ら前に進み、まるで生き物のように床を這っていく。先の方で、何か回ってる?

俺は慌てて取っ手を握り直し、必死で制御をしていた。


凛?の家は……立派である。

 

畳の部屋に洋室、書斎に応接間、大きな玄関。

防音も完璧に見受けられる。


「なあ、この家……お前の家か。なんでこんなにでかいんだ?」

「さあ?」

凛は肩をすくめて笑う。

「でも、掃除は大変でしょ?」

「大変どころじゃねえ!」

魔王はのんびり紅茶を飲みながら言った。

「勇者よ、これでまだ二階にも手を付けておらぬぞ」

「二階……だと……!?」


勇者の腕は剣の修行より疲弊し、腰に来ていた。

この家に住む少女の正体がますます怪しく思えてくる――。


「……もう腕が限界だ」

俺は掃除機を止め、腰に手を当ててため息をついた。

「はぁ……剣より重い……」

「勇者よ、情けないのう」

魔王は紅茶を飲み干しながら、足を組み替える。

「我ならば、一瞬で終わらせられるぞ」

「お前はやらねぇだろ!」

「当然じゃ。我は魔王。勇者が雑用をこなすからこそ面白いのじゃ」


……くそ、あの余裕そうな顔。

俺は手のひらに小さな魔法陣を浮かべた。

「ふっ……こんな時のための魔法だろ」

部屋の埃を一瞬で消し飛ばすため魔法を起動し始める


「おじさん!」

凛の鋭い声が飛んだ。

「勇者よ、その技は床まで吹っ飛ぶじゃろ」

「……え?」

ぴたりと手が止まる。

「おじさん、掃除の仕方、しらないの?」

「……」

言葉に詰まる俺を見て、凛は呆れ顔で首を振った。

「勇者は掃除しないか……」

 

「まぁ、魔法を使ってもロクなことしか起きないぞ」

魔王は面白そうに笑い、俺の頭にポンと手を置いた。

「ほれ、魔法など使わず、己の力で掃除せよ。我はそういう地道な努力を嗤うのが好きじゃ」

「お前性格悪すぎない!?」


結局、俺は掃除機を再び手に取り、黙々と床を這わせ続けた。

勇者のプライドも、体力も、どんどん削られていく。


それでも――なんだかんだ笑ってしまう自分がいた。


――数時間後。


家は、見違えるほどピカピカになっていた。

光沢を取り戻した床には、勇者である俺が倒れ込んでいる。

「……もう動けん……」

腕も足もガクガクだ。モンスターの大群と戦った後より疲れている気がする。


「勇者よ、見事じゃ」

魔王はソファから立ち上がり、ゆっくりと拍手した。

「家がここまで広いとは、我も侮っておったわ。勇者よ、おぬしはよくやったぞ」

「……褒められても全然嬉しくねぇ……」

 俺は虚ろな目で天井を見上げた。


「おじさん、すごいね」

凛は感心したように俺の隣にしゃがむ。

「今日だけで一気に“勇者”じゃなくて“家政夫”って呼びたくなった」

「やめろ……その呼び方はやめろ……」

体を起こそうとしたが、力が入らない。

「でも、やっぱりおじさんかな?」

凛は、クスクス笑いながら呟く。


「ふむ、これで決まりじゃな」

「……なにが……?」

「おぬし、勇者ではなく家政夫として我らの陣営に加わるがよい」

「勝手に転職させるなあああ!!」


叫ぶ俺の声をよそに、凛は楽しそうに笑っていた。

戦場では味わえない疲労感と、ほんの少しの安堵感。 

こうして俺の日常は、不可解な方向へ進んでいくのだった――。





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