第2話 勇者、朝食担当

翌朝。

俺はなぜか、台所に立っていた。


「ほれ、手を止めるでない。我は腹が減っておるぞ」


魔王はソファーに寝転がり、凛の頭をぽんぽん撫でながら偉そうに命じてくる。


「……勇者に何作らせてるんだよ、魔王様」

「ふむ? 勇者ならば働くのは当然じゃろう。人の世を救う使命を持つ者は、まず我らの胃袋を救わねばならぬ」


「胃袋を救えってなんだよ……」

「勇者よ、味噌汁の味はどうじゃ?薄いようなきがするぞい。」

「匂いのみで味がわかるのか?――いやいや、まてまて、俺は勇者だぞ!? なぜ魔王達のために飯作らないといけねぇんだ!」

「お主……野宿生活が長かったじゃろ。せめてご飯ぐらい美味いほうがよいじゃろ?」

「そういう問題じゃねえ!」


おたまを片手に悪態をついていると、凛が机に座りながらケラケラ笑っていた。

「ねえ勇者さん。エプロン似合ってるよ?」

「……黙るんだ」

「似合ってるって!おじさん、顔はちょっと怖いけど、主夫みたい」

「勇者だっつってんだろうが!」


凛は笑いながらも、炊飯器のふたを開け、茶碗によそい始めている。

完全に俺のことを家の人扱いだ。


「凛よ、皿を並べるのじゃ」

「はーい」


素直に返事をした少年がテーブルの上に皿を並べ始める。

その様子を見て、俺は思わず口を開いた。


「……俺のこと勇者だと思っているの?」

「さぁ、どうかな?……魔王がいたら、勇者もいると思うし」

「…その、魔王は怖くないの?」

「我は怖くなどないぞ?ただの魔王じゃ」

「その“ただの”が怖いんだよ!」


魔王は「ふふん」と満足げに鼻を鳴らし、ソファから片手をひらひらと振った。


「我は、もう三日も風呂に入っておらぬぞ」

「それを誇らしげに言うな!」


思わず包丁を置いて叫ぶ俺。

凛がくすくすと笑いながら、

「魔王さま、勇者おじさんに怒られてる〜」

などと茶化してくる。


「ふむ、我は叱られるのは嫌いではないぞ」

と平然と答えていた。

……なぜ俺は魔王とこの少女の家で飯を作ってるんだ。


―――――――――――――――――

結局、朝食は俺が全部作らされた。

食卓には味噌汁と焼き魚、卵焼き、漬物。

……今までの経験が役にたった。


魔王と凛は美味そうに頬張っている。


「おいしい!」

「良い腕じゃの。勇者、余生は料理人でもやっていけそうじゃ」

「誰のせいで余生に入りそうなんだよ……」


俺は一人ため息をつきながら、自分の味噌汁をすする。

世界の命運を背負った勇者のはずなのに、今の俺は完全に“家政婦”だった。

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