第17話 大事な話

 最近、シラネの様子がおかしいの。

 あれから放課後は毎日のように神社に行ったんだけど。


 いつもよりシラネの姿がうすく見えたり、声がかすれて聞こえたりすることが増えてて。

 

 だけど、そのことはシラネには言えずにいたんだ。

 言葉にしたら、ほんとうにシラネが消えちゃいそうで──怖くて。


 いまも、となりに座っているシラネが、ちょっとだけ遠い存在に思えてね。

 

「まどか、どうした?」


 シラネが不思議そうな顔で、わたしの顔をのぞきこんだ。

 耳と尻尾も、心配そうにふさっとゆれて。

 そんなシラネが、あまりにもいつも通りだったから。

 わたしも、いつものように元気に言ったの。

 

「なんでもないよ! あのね、今日、学校でね……!」


 わたしは、この日もシラネとたくさんお話ししたんだ。

 ふたりですごす時間は、すごく楽しくて、あっという間で。

 

 だから、目の前のシラネが、少しずつ透明になっていくなんて──。

 そんなの、気のせいなんだって思うしかなかったんだ。


 *


 明日から夏休み。

 終業式も終わって、教室はにぎやかな「ばいばい」の声でいっぱいだった。

 ランドセルの中には、持ち帰る教科書やドリルがぎゅうぎゅうにつまっていてね。

 肩に岩が乗ってるみたいに、すごく重たかったんだ。


 でも、それよりもっと重たいのは──胸につっかえている不安とか心配が混ざった、そわそわした気持ち。

 わたしね、昨日、シラネに会ったときに言われたの。


「大事な話がある。だから、必ず来てほしい」


 って。

 シラネにそんなふうに言われたのは、はじめてだったから、びっくりしちゃって。

 でも、それ以上に──こわいくらいに真剣な顔、だけど、今にも泣きそうに見えた表情のほうが、ずっと強く胸に残ってるんだ。


(大事な話って、なんだろう……)


 やっぱり、最近のシラネの異変についてなのかな。

 シラネは自分の異変に気づいてるのかな。

 ううん、暗い話じゃなくて、なにか別の明るい話かもしれないよね。

 お参りに来てくれた人が増えた、とか。

 でも……、やっぱりシラネ自身のことなのかも。

 

 なんて、ネガティブになったり、ポジティブになったり。

 考えも、同じところをぐるぐる回ってるみたい。

 そうわかっていても、どぎまぎした気持ちは、ぜんぜん止まらなかった。


 *


 学校を出たわたしは、ひとりで帰り道を走っていた。

 あすかちゃんたちに「またね! 夏休みも遊ぼうね!」って元気にあいさつして、すぐに教室を飛び出したの。


 いつもならみんなと帰るけど、今日だけは──どうしても早く、シラネに会いたくて。

 

 ランドセルは、ずっしり重たかったけど。

 それに負けないくらい強く足を動かして、思いっきり走ったんだ。

 胸元ではネックレスの青い石が大きくゆれて、太陽の光をはじき返すみたいに、きらって光ってた。


「シラネ! 来たよ……!」

「まどか」


 シラネは、ちゃんといたの。

 木の下で、いつもみたいに掃除をしてた。

 耳も尻尾も髪の毛も、夏の日ざしに照らされて──浜辺の砂みたいにきらきらして見える。


「ありがとう」


 そう言って、シラネはにこりと笑った。


 *


 わたしたちは、いつもの木の根っこに並んで座った。

 こうやって座るのも、普段ならすごく落ち着いて、楽しいはずなのに。

 胸のざわめきは、ぜんぜん落ち着かない。

 シラネも何かを考えているように、じっと手元を見つめてる。

 だけど、わたしからも話しかけられなくて。

 気まずくなって、わたしは少しだけ空を見上げた。


 セミの声が、耳にじんじん響く。

 夏の空気はじめっと熱いのに、となりにいるシラネは──ひんやりした風みたいに感じられたんだ。


「……まどか」


 名前を呼ぶ声が、いつもより低くてはっとする。

 心臓が、ぎゅって締めつけられるような音を立てた気がした。


「シラネ……。大事な話、って……なに?」


 わたし、勇気を出して聞いてたの。

 息をのんで見つめていると、シラネは少しだけ目をふせた。

 耳と尻尾が、ゆらりとゆれる。


「……まどか。オレ、まどかに、ひとつ頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと……?」


 思いがけない言葉に、胸がどくんと跳ねる。


「きっと……まどかを困らせることになると思うけど」


 弱々しくこぼした声は、風にまぎれて消えちゃいそう。

 シラネは空を見上げたけれど、すぐに決意したように、まっすぐわたしのほうを向いたの。

 金色の瞳は、いつも以上にするどいようで、切ない感じがしたんだ。


「まどか……。オレを、封印してほしい」

「……えっ?」


 心臓が、ずきんと痛くなった。


(封印……? どういう意味?)

 

 耳をうたがうような言葉なのに、やっぱりシラネの声は冗談でも遊びでもなくて。

 真剣で、だけど、なんだか泣き出しそう。


「オレの力は……もうほとんど残ってない。このままじゃ、ただ消えてしまうだけなんだ」


(……え? 消える……?)


 シラネの言葉が、頭の中でゆっくり、重く響く。

 ほんとうに、鐘の音みたいにゴーンって響くだけ。

 意味なんて、ぜんぜんわからない。

 頭が回らなくて、なにも考えられない。


「前にも言っただろ。参拝者も減って、オレの神としての力は弱まってきてるって。このまま消えるなら、まだいいかもしれない。だけど、もし妖狐にでも戻ったら……」


 シラネは、ぐっと手のひらをにぎった。


「また、暴走してしまうかもしれない……。そうならないように、まどかに封印してもらいたんだ。もう一度、神としてここにいられるように」


 笑ってごまかすこともなく、シラネはただ必死にわたしを見つめていた。

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