第18話 わたし、決めたから

「待って……! わたし、ぜんぜんわからないよ!? シラネ、消えちゃうの!? 封印って、なに!? いやだよ、そんなの!」


 あまりにも急で、頭の中は真っ白。

 気づいたら、シラネより先に、わたしのほうが泣きそうになってて。


 だけど、シラネは落ち着いた声色で言ったんだ。


「本来なら、オレは人間の目に映る存在じゃないんだ。だけど、まどかにはオレが見えてる。話ができる。触れられる」


 わたしは、はっと息をのんだ。

 言われてみて、やっと気づいたの。

 それって、ほんとうはすごく不思議なことなんだって。


(わたし……どうして、シラネのことが見えたんだろう)


 戸惑っているわたしに、シラネはもっとおどろく言葉を言った。

 

「それは……まどかが、まじない師の子孫だからなんだ」


 シラネの耳がぴんとまっすぐに立って、金色の瞳が、かすかにゆらぐ。


(わたしが……まじない師の子孫……?)


 まじない師──って、シラネから聞いた、あの……?

 え? でも、わたしが……?

 真っ白だった頭が、今度はパニックを起こしたみたいに大混乱。


「昔……妖狐だったオレを助けて、封印してくれた女の子。その子の名前は……“神園あやめ“」


 “神園“──。

 

(わたしと、同じ名字……)

 

 心臓がドクン、ドクンって大きな音を立てる。

 ぜんぜん信じられなくて。

 

 だけど、思い出したの。

 おばさんから「力がある」って言われたこと。

 おばさんは、だれよりも、おまじないを知っていたこと。その力を信じていたこと。

 

 そしてシラネにも、何度も「まどかには力がある」って告げられたこと。

 

 わたしはその言葉を、違和感なく、すんなり受け入れてきたんだ。


「まじない師の血を受け継いでる、まどかなら。オレをもう一度、神に戻すことができる」


 シラネの言っていることは、ウソじゃないってわかる。

 こんな話、シラネは冗談でしないし、耳も尻尾も逆立つらいにぴんと張っている。

 けれど、いざ「子孫」とか「封印」とか言われても──。

 

「ぜんぜん……わかんない。だって、子孫とか、まじない師とか……そんなの、わかんない……」


 声がふるえて、目頭が熱くなっていく。

 それでも、ひとつだけはっきりしてた。

 

「でも、封印しなかったら……シラネは消えちゃうんだよね? もう、会えなくなるんだよね?」


 問いかけるように言うと、シラネの目がゆらいだ。

 そのなまなざしは、答えを言わなくてもすべてを教えてくれるみたいで。


「……初めてまどかに会った日。あの日、封印が解けたんだ。それは、“まじないの力“に共鳴したようだった」


(そういえば……)

 

 シラネにはじめて出会った日。

 

 ──封がとけたのか。おまえの“まじないの力”で。


 光の中で、シラネはそう言っていた。


「その理由がわかったんだ。オレは、また……今度はまどかに封印されるために、こうして存在し続けていたんだ」


 風がざぁっと吹き上げて、シラネの髪の毛をなでていった。

 なびいた髪は、砂時計の砂がさらさらと落ちていくみたいにきれいで、はかなくて。

 

「わたし、まだよくわからないけど……でも、シラネが消えちゃうのはイヤ。封印して、ちゃんと神様に戻ったら……これからも、会えるんだよね」


 わたしは、すがるように言ったの。

 けれど、シラネはすぐには答えなくて。

 耳をふるわせて、小さく首をふった。


「それは……約束できない」

「……どうして?」

「オレは、人間の目には映らない存在だから。封印されて神に戻ったら、まどかにも、もう見えなくなるかもしれない」


 言葉を聞いた瞬間、胸がぎゅっと締めつけられるみたいだった。

 目の前がにじんで、世界がぼやけていく。

 消えるかもしれない。

 でも、封印しても──シラネに会えなくなる。


「わたし……どうしたらいいの……」


 のどに何かがひっかかってるみたいに、声がふるえた。

 シラネは、しばらくだまってて。

 でも、それから大きく深呼吸をしたシラネは、金色の目をまっすぐにわたしに向けて、ゆっくりと言ったの。

 

「オレの……わがままだと思って聞いてほしい。オレは……消えたくない。ずっとここにいて、ずっと見てきて……」


 言葉が途切れて、耳と尻尾が小さくゆれた。


「なにより……まどかと、別れたくない」

「わたしだって……そうだよ」


 涙がこぼれそうで、必死にまばたきをくり返す。

 ほんとうは、答えなんてとっくに決まってる。

 シラネを守れるのは、わたししかいない。


(だったら……)


 わたしが、シラネを封印しなきゃ。


「わたし……やるよ。シラネを封印する。だって、会えなくなるのより……シラネが消えちゃうほうがイヤだから。神様として、ここに残ってくれたほうがいいから」


 口に出したとたん、ゆらゆらしていた考えがぎゅっと固まって、気持ちもちゃんと決まったの。


 こわいし、不安だし、ほんとうはどうなるかなんて、ぜんぜんわからない。

 それでも──。


「わたし、絶対にシラネを助ける。神様に戻してみせる」


 シラネの瞳が夜空に浮かぶ月みたいにやさしく光って、それから、やわらかく笑ってくれた。


 *


 その日の夜。

 わたしはベッドの上で、天井を見つめていた。

 目を閉じても寝られなくて、シラネの言葉が何度も耳によみがえってくる。


(シラネ……ほんとうに明日で消えちゃうかもしれないんだ)


 そう思ったら、胸がぎゅっと苦しくなって、涙がにじんできた。

 会えなくなるのはいや。

 一緒にいたい。

 だけど、封印しなきゃいけないってこともわかってる。


 わたしは、まじない帳を何度も見返した。

 一番後ろのページに、シラネが書いたおまじない。

 何度読み返しても、不思議な言葉だったけれど。

 なんとなく、わかったんだ。

 たぶん、これが──シラネを封印するための、おまじないなんだって。


(シラネ……)


 ネックレスについている青い石をぎゅっとにぎりしめた。

 冷たいはずの石なのに、手のひらに伝わるぬくもりは、なんだかシラネがそばにいるみたいにあたたかい。


「わたし……やるから。シラネを助けるって、約束したんだから」


 小さな声でつぶやいたら、少しだけ心が落ちついた気がしたの。

 ふっと体から力が抜けて、手のひらから伝わるぬくもりに安心してね。

 それからやっと、まぶたが重たくなってきて──気づいたら、朝になってた。

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