第4章 キツネさまにおまじない

第16話 なにかが違う、ような

 今日は国語の音読発表会。

 班ごとに物語を読んで、みんなの前で発表するの。


 わたしの班は、あすかちゃんと、あおいくんと、つかさくん。

 あすかちゃんは元気いっぱいで、やる気まんまん。

 あおいくんも、もう役に入っていて、なんだか楽しそう。

 だけど、つかさくんだけは──なんだかちがっていてね。

 

 いつもはあおいくんとふざけあって笑ってるのに、今日は口数も少なくて、じっと机の上の教科書をにらんでる。


「つかさくん、大丈夫? 緊張してる?」


 声をかけると、つかさくんははっとして、ぎこちなく笑った。

 

「あ、まどかちゃん……。ありがと、大丈夫」

「ううん。わたしも、すっごく緊張してるから」

「あすかちゃんとあおいは……ぜんぜん、そんな感じしないよな」

「ほんと。あの二人、すごいよね」


 わたしは少し考えてから、ナイショ話をするみたいに声をひそめた。


「ねえ、つかさくん。一緒におまじない、しない?」

「おまじない?」

「うん。緊張がやわらぐおまじない」

「手のひらに“人“って書いて飲みこむやつ? それなら、もうやったよ。でも、ぜんぜん効いてない」

「ううん。それじゃないやつ」

「ちがうやつ?」


 つかさくんが首をかしげる。

 まんまるな目が、さらに丸くなったみたい。

 

 わたしは、まじない帳に書いてあった、あるおまじないを思い出して、つかさくんに教えたの。


「うん。胸にね、右手をあてて……こんなふうに、ぐるぐるって左回りにゆっくりなでるの」

 

 わたしは自分の胸の上に手を置いて、見本みたいに円を描いてみせる。

 

「それを、深呼吸しながら五回くらい繰り返すの。でね、目を閉じて『だいじょうぶ』って心の中で唱えるの」

「……だいじょうぶ」

 

 つかさくんはおそるおそる、わたしの真似をしてくれた。


「そうそう、そんな感じ。急いじゃだめだよ、ゆっくり。呼吸も、ゆっくりね」


 つかさくんが手を回すたびに、肩にぎゅっと入っていた力が少しずつ抜けていく。

 表情もやわらいでいって、こわばっていた顔がだんだん自然になってきた。

 

「……ほんとだ。ちょっと、落ち着いてきたかも」

「でしょ」

 

 さっきまで不安そうだったつかさくんが、小さく笑った。

  

「これね、“ドキドキしずめ“っておまじないなんだ」

「あはは。まんまだね」

「わかりやすいでしょ」


 わたしはちょっと照れながら笑った。


「ドキドキしてる心臓をなてであげると、心臓も落ち着くんだって。それで、『だいじょうぶ』って体中に教えてあげるの。そうすると、心も体も落ち着いて、緊張がなくなっていくんだって」

「そうなんだ……。おまじないって、すごいんだね」


 つかさくんは、まんまるな目を少し細めて笑ってくれた。

 その瞬間、胸がふわっとあったかくなったんだ。


(ちゃんと、届いたんだ……)


 わたしが信じてる、おまじないが。

 あおいくんのなくしもののときも、あすかちゃんとしおんちゃんの仲直りのときもそうだったけど──。

 こうして、目の前の誰かを助けられるって、すごくうれしい。

 おまじないって、ほんとうにすごいんだ。


「ありがとう、まどかちゃん」

「うん。発表会、がんばろうね」


 わたしがにっこり言うと、つかさくんも小さくうなずいた。


 *

 

 発表会は大成功でね。

 緊張はまだちょっと残っていたけど──つかさくんは、落ち着いた声でしっかり音読してたの。

 あおいくんは堂々と、あすかちゃんは元気いっぱいに。

 わたしも、みんなと一緒だから大丈夫って思えて、最後まで読みきることができたんだ。


 発表が終わったとき、みんなで顔を見合わせて「やったね、楽しかったね」って笑って。

 緊張も吹き飛んで、達成感で胸がいっぱいだった。


 *


 放課後。

 わたしはまた、神社に向かっていた。


(今日の発表会のこと、シラネに言いたい)


 おまじないのおかげで、大成功だったよって。

 シラネにも見てもらいたかったなって。


「シラネ!」


 そう呼んだけど──今日は返事がなかったの。

 いつもみたいに、掃除してるシラネがいると思ったのに。

 境内を見回しても、木の下にもいなくて。


 聞こえるのは、セミの鳴き声だけ。

 あとは、ひっそりと静まり返っていて。

 わたしの声だけが、がらんとした境内にひびいた。


(シラネ? いないの……?)


 もう一回、大きな声で呼んだ。

 

「シラネー! どこー!?」


 だんだん胸がざわざわしてきたとき。


「……まどか」


 後ろから声がして、ほっと息をついた。


「シラネ……! どこに……」

 

 わたしは振り返って、シラネのほうを向いた。

 けど、なんだか少しだけ──シラネがうすい。

 姿はちゃんとそこにあるのに、どこか透けているように見えてね。

 

 わたしは、思わず目をこすった。

 すると今度は、はっきりとシラネの姿が見えたの。


「どうした? 大きな声出して」


 シラネはいつもみたいに、ちょっとだけ呆れたように笑ってる。

 

(気のせい……だったのかな)


 胸のざわざわが、ちょっとだけ軽くなった。

 いつも通りのシラネが目の前にいて、安心したのかも。

 

「シラネ、どこにいたの? 今日はぜんぜん姿が見えなくて、探しちゃったよ」


 シラネは笑って「ちょっと、な」ってごまかしたけれど──その声は、少しかすれて聞こえた気がしたんだ。

 だけど。


「今日は、どんな話を聞かせてくれるんだ?」


 そう言ったシラネが、楽しそうに笑ってくれたから。


「えとね、今日は……!」

 

 わたしは、さっきまでの胸のざわめきを、すっかり忘れてしまったんだ。

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