第15話 キツネさまの昔と今

「……え」


 わたしは、言葉を失った。


「それでも、ひとりだけ……あの子だけは、オレをかばってくれた。だけど、村の大人たちは、納得しなかった」

「どうして……? シラネは村を守ったのに! ひどいよ……」


 わたしは涙が出そうになりながらも、シラネを見つめた。


「しょうがない。天狗を退治したとはいえ、暴れている妖狐なんて……人間から見れば、妖怪の仲間にしか見えないだろ」

「だけど……」


 そんなのって、あんまりだよ。

 シラネはちゃんと守ったのに。


「あの子は? シラネのこと、また助けてくれたんじゃないの?」


 わたしは、身をのり出した。

 だって、その子ならきっと。

 耳や尻尾があるシラネを受け入れて、手当までしてくれた子なんだから。

 また、シラネを守ってくれるって──そう思ったのに。

 

 シラネは少し目をふせて、ぽつりと言った。


「……あの子は、まじない師の子どもだった」

「まじない師?」


 聞いたことのない言葉に、わたしは首をかしげた。

 おまじないをする人、なのかな?


「ああ。あの時代、あやかしを封じたり追いはらったりする力を持った人間のことを、『まじない師』って呼んだんだ」

「……え? 封じたり、追いはらったりってことは……」


 頭の中で考えがぐるぐる回っていく。

 シラネを助けてくれた、やさしい子。

 でも、その子は、“まじない師“の子どもで──。

 

 それって、つまり──シラネを封印する立場にあるってこと?

 

 ぐるぐるしている考えは、ぜんぜんまとまりそうになくて。

 だけど、すぐにシラネが、答えを教えてくれるみたいに言ったの。

 

「暴走したオレは……その子の力で、ここに封じられることになった」

「シラネは……? シラネは、それでよかったの?」


 わたしは問いかけた。

 だって、助けられた子に、今度は封じられるなんて。

 やっぱり辛いよ。

 

 だけど、シラネは少し目を閉じて、ゆっくりとうなずいたんだ。

 

「オレも、それがいいと思ったんだ。また暴走して、今度は人間を傷つけてしまうかもしれない。それが……いちばん怖かったから」


 胸が、ぎゅっと痛くなった。

 シラネは、みんなを守ろうとしただけなのに。

 暴走だって、もうしないかもしれないのに。


「そしてオレは、だれにも見えない存在となった。だけど……封印されて、よかったこともある」

「よかったこと……?」

「ああ。みんながみんな、オレを嫌ったわけじゃなかった。“天狗から村をすくった狐“だって、『ありがとう』って手を合わせて、信じてくれる人もいたんだ」


 シラネの声は、少しほこらしそうだった。


「『白い狐が、高いみねから見守ってくれている』。そう言って、人々はオレを“白嶺狐しらねぎつね”と呼ぶようになった。やがて、たくさんの人がお参りにくるようになって」


 シラネは、ゆっくり空を見上げた。


「そうした思いや願いが積み重なって……百年ほど経ったころかな。この場所に、神社が建てられたんだ。『白嶺稲荷神社』っていう立派な名前をもらってな」

「神社の名前……シラネのことから?」

「ああ。そして、そのまた百年後くらいかな。妖狐だったオレは、神へと変わっていったんだ」

「神様……。今のシラネだね」


 こくん、とシラネがうなずいた。


「神は、人間の“願い”によって生まれる。多くの人に祈られ、必要とされることで……存在できるんだ」


 シラネの声は、静かで、まっすぐだった。

 ここに神社ができた理由。

 それが、わかったの。

 シラネは、ずっとずっと、ここを守ってたんだ。


「じゃあ……どうして? なんで今は、『お化け神社』なんて言われちゃうの?」


 そう聞かずには、いられなかった。

 

「さっき言ったように、神は人から必要とされることで、存在を保っていられるんだ」


 わたしはうなずいて、シラネの言葉の続きを待つ。


「時代が進むにつれて、人々の生活は豊かになっていった。暗い夜を照らす灯りもできて、村は町になり……やがて、あやかしも人々の前に姿を見せなくなっていった」

「それって……いいことだよね?」


 妖怪におびえないですむ。

 それって、平和ってことだよね。


「ああ、いいことだな。けれど、その反面……ここに祈りをささげに来る人は、しだいに減っていった」

「……そうなの?」

「あかやしにおびえる必要がなくなるっていうことは、神に祈らなくても平和にすごせるってことだからな」


 シラネは笑って言ったけど、なんだか、すごくさみしそうだなって感じた。

 だって、尻尾も耳も、ぺたんって倒れてたから。


「そうして、参拝者もどんどんと減っていって……オレの神としての力は弱くなっていった。それからだな、『お化け神社』って呼ばれるようになったのは」

「そんな理由で……」


 胸の奥が、じんとした。

 シラネは、ずっと人から忘れられて──長い時間、ひとりでここにいたんだ。

 

 わたし、どう声をかけたらいいのか、わからなくて。

 だけど、目が合ったシラネは、ふっと息をついてね。

 それから、やさしくほほえんだんだ。

 

「そんなときだった。オレが、まどかに会ったのは」

「わたし……?」

「そう。まどかの持ってる“まじないの力“に、オレは引き寄せられたんだ」


(まじないの……力)


 わたしは、おばさんに、まじない帳をもらったときのことを思い出した。

 あのときも、わたしには“力がある”って言われたっけ。

 よくわからないけど──おまじないを信じる心が力になるってことなのかな。

 

「オレがいま、こうしていられるのも、まどかのおかげだ。ありがとう」

「ううん……わたしだって、シラネに会ってなかったら、友だちなんてできなかったから。だから、わたしもありがとう」


 そう言って、シラネと笑い合っていたらね。

 シラネの耳が、ちょっと照れくさそうに、ぴょこんって動いたんだ。

 

「……なあ、まどか。まどかの持ってるまじない帳、少し貸してもらってもいいか?」

「え、うん。いいけど……」


 わたしは、ランドセルからまじない帳を取って、シラネに手渡した。

 シラネは、ぱらぱらとノートめくったあと、すっと筆をとってね。

 それから真剣な顔つきで、何かを書いていく。


「これ……なんのおまじない?」


 のぞきこむと、国語の教科書では見ない複雑な文章と、むずかしそうな漢字が書かれてたの。


「……たぶん、近いうちに使うまじないだ」

「えっ? どういうこと?」

「今は、まだ言えない。でも、きっと使うときがくる」


 そう言って、シラネはまじない帳をわたしに返したの。


「ありがとう、まどか」

 

 風が吐息みたいにふわって吹いて、シラネの髪の毛がさらさらゆれて。

 だからかな。

 にこりと笑ったシラネの顔は──なんだか、切なそうに見えたんだ。

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