第3章 キツネさまの過去

第12話 お化け神社

 七夕もすぎて、季節はあっという間に夏本番。

 毎日じりじりと暑いけど、東京にいたころよりもカラッとしていて、少しだけ過ごしやすいかも。


 放課後。

 この日も、いつもみたいにあすかちゃんたちと並んで下校していた。


「じゃあね、みんな。わたし、今日はこっちから帰るね」


 わたしが曲がり角でそう言うと、しおんちゃんが不思議そうに首をかしげた。

 

「まどかちゃん、たまにお家とちがうほうに行くけど、何かあるの?」

「実はね、神社に行ってるんだ」

 

 わたしは笑って答えた。

 みんなと遊ぶのも楽しいけど、放課後にあの神社へ行くのは、わたしにとって特別な時間だったから。

 シラネに会えるのがうれしくて、自然と足がそっちに向いちゃう。


「神社って、この辺だと……森の中にある神社だよね?」

「うん。森の中の、白嶺神社」


 しおんちゃんの質問に、わたしは笑顔のまま答えた。

 そうしたら、しおんちゃんだけじゃなくて、あすかちゃんやあおいくんまで、少し驚いた顔をしたの。


(あれ、なんか変なこと言ったのかな)


 そう思ってたら、あすかちゃんがコソコソ話するみたいに声をひそめてきた。

 

「まどかちゃん……。あそこ、“お化け神社“って呼ばれてるの知ってる?」

「えっ、お化け!?」

 

 思わず大きな声が出てしまう。


「ああ、狐の妖怪が出るって、うちの兄ちゃんも言ってた」

「夜に行くと、白いもやが出てくるんだって」

「わたしは、男の子の幽霊って聞いたよ」


 三人とも言ってることはバラバラなのに、どれも『お化けみたいなものが出る』ってことだけは共通してる。


(それって……シラネのこと、だよね?)


 みんなが面白そうにウワサ話をしているあいだ、わたしの胸はざわざわしていた。

 

(シラネは神様だよ……)

 

 どうして、そんな噂が広まったんだろう。


「まどかちゃん、なんでそんな神社に行くの?」

 

 あすかちゃんが聞いてきた。

 興味本位っていうよりは、ほんとうに理由がわからなかったみたいな感じかも。

 わたしは一瞬だけ、言葉につまっちゃう。

 だって、あの神社の神様──シラネに会ってる、なんて、こんな話の流れで言えなかったんだもん。


「……なんとなく、かな。あの神社、雰囲気が好きなんだ」


 うそじゃないよ。

 わたしにとって、あそこは特別な場所だから。

 でも、みんな信じてくれなさそうだし、それに“お化け神社“なんて言われるようになった原因を知りたいから。

 ほんとうのことは、胸にしまっておくことにしたんだ。


「あんな不気味な神社、わたしならぜったい行かないよ」

「まどかちゃん、勇気あるなあ」

「今度お化け見たら教えてね。あすかは苦手みたいだけど、わたしは興味あるから!」


 みんなが冗談っぽく笑っている。

 わたしも合わせて笑おうとしたけど、上手に笑えてなかったかもしれない。


「じゃあ……また明日ね!」


 わたしはわざと明るい声を出して、この場から逃げるみたいに角を曲がった。


(シラネに会えば、なにかわかるかもしれない)


 いつもより早い足取り。

 気づいたら息をはずませながら、神社へ走っていた。


 *


 石段を駆け登って、境内に着いたとき。

 いつものように、シラネが社の前で竹ぼうきを動かしていた。

 白い尻尾がふわりと揺れて、風と一緒にきらきら光る。


「はあ……はあ……シラネ!」


 息を切らしながら呼ぶと、白い耳がぴくりと動いて、くるりとこちらを振り向いた。


「どうした、まどか。今日はまた、ずいぶん慌ててるな」


 ふっと笑った顔は、ぜんぜんお化けに見えなくて。

 いつもと変わらないシラネを見て、ドキドキしていた心臓が少しずつ落ち着いていくのがわかったの。


(やっぱり……シラネは、お化けなんかじゃないよ)


「シラネ……聞いて!」


 わたしは駆け寄って、シラネの目をまっすぐ見上げた。


「みんながね、『ここはお化け神社だ』って。シラネはお化けじゃなくて、神様なのに。そんなの、おかしいよ。なんでお化け神社なの? 古いから? 人が来ないから?」


 不安とか疑問とか否定とか、いろんな気持ちが混ざり合って、ぜんぶが一気に口から飛び出しちゃった。


「まどかも、はじめてオレを見たとき、『お化け』って叫んだじゃないか」


 シラネがくすっと笑う。

 

「……あ、そうだった」


 そう言われてみれば。

 もし、あのとき、あのまま逃げ出してたら──わたしも、みんなみたいに「お化け神社」って言ってたかもしれない。

 

 だけど、そうじゃなかったから。

 尻もちをついたとき、手を差し伸べてくれた。

 わたしに信じる勇気をくれた。

 シラネはお化けじゃくて、やさしい神様だから。


「でも、今はちがうよ!」

「うん、わかってる。ありがとう、まどか」


 必死に伝えると、シラネは目を細めて、やさしい声で言ったんだ。


 *


 それから、ふたりでいつもの木の下に腰をおろした。

 境内いっぱいに広がるセミの声が、いっそう大きく耳に届いてくる。

 枝のすきまから見える真夏の空はどこまでも高くて、なんだか、この話をぜんぶ見守っているみたい。


「シラネは、ここがお化け神社って言われてるの、知ってるの?」

「まあ、それなりには」

「どうして、そんなふうに言われるようになったの?」


 シラネはしばらく目を閉じて、耳をぴくんと動かした。

 風にゆれる音を葉っぱの音を、静かに聞いているみたい。


「いつからかな。昔は……ちゃんと神として存在していたはずなのに」

「昔……?」


 わたしは、ごくりとつばをのんだ。

 その「昔」という言葉が、これから大切なことを教えてくれる合図に思えたから。

 

「まどかになら……話してもいいかもな。オレの昔話を」


 シラネの声は、いつもより少しだけ遠くを見つめているみたいだった。

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