第11話 七夕のお願い

 七月七日。

 今日は七夕。

 教室には、クラスのみんなが書いた色とりどりの短冊が、竹の葉にかけられていた。

 

《テストで百点がとれますように》

《ケーキ屋さんになれますように》

《ゲームが買ってもらえますように》


 いろんなお願いが書いてある。

 わたしは、あすかちゃんたちと笑いながら短冊を見て回った。

 

 わたしの短冊には、『みんなと仲よくいられますように』って書いてあるんだ。

 もちろん本心だよ。

 でも、実は──それとは別に、ランドセルにしまってある他の願いごとがあったんだ。


 *

 

 学校が終わると、わたしはまっすぐ神社へ向かった。

 石段をのぼると、境内はいつもより静かで、セミの声だけがミンミン響いている。

 

「まどかか」

 

 社の前で掃除をしていたシラネが、ふわりと白い尾をゆらしてこっちを見た。

 

「シラネ!」

「今日はやけにごきげんだな」

「うん、七夕だから!」

 

 わたしはランドセルから、小さな短冊を取り出した。

 学校のとはちがう、みんなには秘密の短冊。


「学校ではね、『みんなと仲よくいられますように』って書いたんだけど……」


 そう言ってぎゅっと短冊をにぎると、シラネは「まどからしいな」って笑ってくれた。

 

「でも、ほんとのほんとは……」

 

 わたしは短冊をシラネに向けて、くるっと裏返す。

 丸い文字で書かれた、わたしの願いごと。


『シラネのしっぽに、さわれますように』


 わたしは、どんな反応が返ってくるんだろうって、ドキドキしながらシラネを見た。

 すぐにシラネの尻尾が、ゆさって一度動く。

 それから、ほほえんでいた顔から力が抜けていった。

 

「……なんだ、これは」


 真っ白な耳もぴくりと動いた。

 

「だって……ふわふわで気持ちよさそうなんだもん。ずっと気になってたんだ」

「これじゃ、神への願いというより、ただのいたずら心だな」

 

 シラネは少しだけため息をついて、視線をそらした。


「やっぱり……ダメ?」


 がっかりしたけど、ダメ元でお願いしてみる。

 お母さんにほしいものをねだるとき、みたいな感じかも。

 

 ちらってわたしのほうを見たシラネは、一度ぐって顔に力を入れてから、また少しだけため息をついた。

 

「……一回だけ、だからな」

「えっ、いいの!?」

 

 わたしの声が思わず裏返る。


「ん」

 

 そう言ったシラネは背を向けて、ゆっくりと尾を差し出した。


「わあ、ありがとう」


 そっと、少し緊張しながら両手で包みこむ。


(ふわふわだ……)


 ぬいぐるみよりもフカフカで、さらさらで、ほんのりあたたかい。

 なんだか綿菓子を両手いっぱいに抱きしめているみたいに、甘くて幸せな気持ち。

 

「すごい……もふもふの神様……!」

「もふもふ言うな!」

 

 シラネのほっぺが、ほんのり赤くなってる。

 照れてる、のかな。

 でも、さわらせてくれたのが、すごくうれしかった。


「ありがと、シラネ。願いごと、叶っちゃった」

「願いは叶えるもの、だが……あんまり変なお願いばかりするなよ」

「うん」

 

 わたしは笑いながら、ふわふわの感触を胸の中にしまいこんだ。

 だけどね、ほんとは──もうひとつだけお願いがあったんだ。


(シラネと、もっと仲よくなれますように)


 でも、それは言わなかったの。

 だって、こうして笑い合って、しっぽまで触らせてもらって。

 たぶんもう、半分くらいは叶ってる気がしたから。


 残りの半分は、これから一緒に過ごす時間の中で、自分で叶えていける気がしたから。


「またね、シラネ」

「またな、まどか」

 

 神社の石段を下りる足取りは、とっても軽くて。

 ネックレスについている青い石は、七夕の星空みたいに、きらきらと光っていた。

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