第10話 仲直りの晴れ間

「しおんちゃん、ちょっとだけ、いい?」


 わたしはしおんちゃんの前に立って、なるべく明るく声をかけた。

 しおんちゃんは、わたしとあすかちゃんを交互に見て、くちびるをとがらせる。

 机に置いた手が、ぎゅっとにぎられていた。


「……なに?」

「あのね、最近しおんちゃん元気がないなって。前は一緒に笑ってたのに、そういうのも減っちゃったから、さみしいなって思ってて。あすかちゃんも、そう思ってるよ」

「あすか、も……?」

「まあ……うん」


 小さく、あすかちゃんがうなずく。

 その声を聞いたしおんちゃんのまつ毛が、ほんの少しだけ、やさしくゆれる。

 けど、すぐに力いっぱい顔をくしゃっとさせた。


「ウソつき! まどかちゃんが来てから……まどかちゃんばっかりだったじゃん! わたしのこと、どうでもよくなったんでしょ!」

「……そんなわけない!」

 

 しおんちゃんの声をかぶせるくらい、あすかちゃんの声が、いつもより少し大きく響いた。

 教室がざわざわしたけど、二人ともまったく気づいていないみたい。

 お互い、まっすぐ相手だけを見てる。

 

「まどかちゃん転校してきたばっかりで……ひとりなんてさみしいだろうし、つまんないだろうし。だから早く友だちになろうって思うのは普通でしょ!?」

「そう……かもしれないけど。でもっ! 前はなんでも話してくれたのに、最近ずっとよそよそしくて……! わたし、どうしたらよかったの!?」


 しおんちゃんの声が震えて、最後のほうはほとんど泣きそうだった。

 

「だって、しおん、最近話しかけてもムスッとしてるじゃん! 無理に近づいたら、もっとイヤかなって思うじゃん! だから……話しかけづらくて……」


 二人の言葉がぶつかるたびに、胸がぎゅっとなる。

 でも、たぶん、これが想いを口に出すってことなんだって思ったの。

 ちゃんと言葉にしないと願いがとどかないみたいに、気持ちもちゃんと言葉にしないと、わかり合えないから。

 だから、わたしも──言葉に変えようと思ったんだ。


「……ねえ、ふたりとも」


 わたしは一歩、ふたりのあいだに踏み出した。

 しおんちゃんもあすかちゃんも、まだ少し息をあらくしていて、目が赤い。


「わたしね、ふたりがこうして話してくれてうれしいよ。だって、それって……ちゃんと相手のこと大事だからじゃない? わかり合いたいって思ってるからじゃない?」


 ふたりの視線が、わたしに向く。


「ほんとにどうでもよかったら、ケンカにもならないよ。なにも言わずに、ただ離れてく。でも、今みたいに言い合えるのは、まだ仲よくなれるって証拠だよ」


 あすかちゃんとしおんちゃんが、ゆっくりと目線を合わせた。

 ふたりともなにか言いたそうで、だけど、言葉が見つからないみたいにだまってる。

 わたしは、すぅっと息を吸って、想いを続けた。


「わたしは、ふたりには笑っててほしい。あすかちゃんも、しおんちゃんも、もうわたしの大事な友だちだよ。だから……また一緒に笑おうよ」


 教室の空気が、しんと静かになった気がした。

 あすかちゃんもしおんちゃんも、うつむいたまま動かない。

 窓の外では、まだ雲がどんよりしてたけど──絶対、晴れるって信じてるから。


(雲さん! わたしの心のもやもやも、つれてって……!)


 空に向かって、わたしは強く祈ったの。

 正しいおまじないの方法じゃないけれど、願わずにはいられなくなっちゃって。

 それから、

 

「ごめんなさい!」


 って、ふたりに頭を下げた。


「わたし、あすかちゃんの気持ちも、しおんちゃんの気持ちも、ちゃんと見てなかった。あすかちゃんに頼ってばっかりで、しおんちゃんのことも、もっと知ろうとすればよかったのに……ほんとうに、ごめんなさい」


 勇気を出して、わたしはふたりに謝ったんだ。

 

「まどかちゃんは悪くないよ! むしろ、わたしが……」

「わたしのほうこそ……! あすかも、まどかちゃんも……」

 

 あすかちゃんとしおんちゃんが、同時に言った。

 ふたりの声が重なって、わたしたちは顔を見合わせてから──ちょっとだけ笑ったんだ。


「……ごめんね、しおん」

「ううん、わたしも……ごめん。自分勝手だった」


 あすかちゃんの表情がやわらいだ。

 しおんちゃんも、さっきまでのとがった目つきがほどけていく。

 ふたりのあいだにあったピリピリした空気が、ゆっくりと消えていくのがわかったの。

 

(よかった……ふたりとも、仲直りできたみたい)

 

 素直に謝るのって勇気がいるよね。

 どうしてだろう。

 自分が間違ってたって、認めることになるからかな。

 でも、その一歩を踏み出さなかったら、ずっと間違えたまま、心の中に小さなトゲが残ってたと思う。

 だから謝ることは、負けることじゃなくて、また笑い合うための最初の一歩。


「ね、今日はみんなで一緒に帰ろう」


 わたしが言うと、


「うん……! 帰ろう!」

 

 ふたりが、ぱっと笑った。


 そのとき、雲のあいだからお日さまの光がさしてきて、教室の床がきらきらと光った。


「雨、やんだみたい」


 三人で窓の外を見た。

 灰色だった空は、少しずつ明るくなっていく。


「じゃあ……傘はもういらないね!」


 わたしたちはランドセルをしょって、教室を出た。

 

 足もとには、小さな水たまり。

 だけど、そこに映った空も、少しだけ笑っているみたい。


(雨さん、雲さん。ふたりのもやもやも、わたしのもやもやも、一緒につれてってくれて、ありがとうございました)


 これからは、みんなで笑っていける。

 そんな気持ちで、わたしはまぶしいくらいの空を見上げた。

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