第9話 雨の日限定

 次の日。

 朝からぽつぽつと雨が降ってたの。

 空はどんより灰色で、傘のうえに落ちる雨粒がポトポトと小さな音を立てる。


(なんだか……しおんちゃんの気持ちみたい)

 

 重たくて、暗くて、ひとりでひっそりと泣いてるみたいな空模様。

 

(やっぱり、しおんちゃんには笑っててほしいな)


 転校してきてすぐの、しおんちゃんの笑顔を思い出したんだ。

 笑うと綿毛みたいにボブの髪がゆれて、ほっぺには小さなえくぼができるの。

 あのときは、みんなでいっしょに楽しくおしゃべりしてたんだもん。

 ぜったいまた笑い合えるって──わたしは、そう信じてる。


 校門を通りすぎたわたしは、そのまま昇降口には行かずに、校舎裏へと足を向けていた。

 あまり人が通らなくて、雨の音がやさしく聞こえる、静かな場所。

 そこには、一本だけ小さな木が立ってるの。


 わたしはその木の下に入って、傘をたたんだ。

 葉っぱのすきまから、ぽつりぽつりと雨が落ちてくる。

 でも、それもぜんぜん気にならなくて。

 わたしは、そっと手のひらを差し出した。

 

(雨の日限定の、おまじない……)


 ここに来たのはね。

 まじない帳に書いてあった、おまじないをするためなんだ。

 

 すぐに、冷たいしずくが一滴、差し出した手のひらの上に乗る。

 わたしは目を閉じて、その水滴に願いをこめた。


(雨さん、雲さん。どうか、しおんちゃんのもやもやをつれてってください。そして……しおんちゃんの心が晴れますように)


 心から願って、わたしは目を開く。

 そして、ふわっと手のひらを空へ向けた。

 

「えいっ」


 小さく声を出す。

 手のひらから水滴がはなれて、弧を描くように空に飛んでいった。

 

 雨の日限定のおまじない。

 それはね、心の中のもやもやをこっそり空に話しかけると、雲が気持ちを持ってってくれるっていうもの。

 

 なるべく静かな場所がいいみたい。

 にぎやかなところだと、空へとどく前に想いがかき消されちゃうんだ。

 だから、こっそり伝えるのがコツなんだよ。

 でね、水滴を飛ばすのは、雲の向こうの天に思いを届けるため。

 そうして、雨がやむころには──心のもやもやも晴れてるんだって。


(だいじょうぶ。きっと、晴れる)


 わたしは空を見上げて、大きく深呼吸をしてから教室に向かった。


 *


 お昼過ぎには雨がやむよって、お母さんに聞いていたのに。

 放課後になっても、雨はやんでなかった。

 あすかちゃんもしおんちゃんも、ふたりのあいだにだけ、どんよりとした雲がかかってるみたい。

 

 雲のすきまから、少しでも光がこぼれてくれたらいいなって。

 そんなことを思いながら、わたしはランドセルのふたを閉めたの。

 すると、あすかちゃんがポニーテールを大きくゆらしながら席までやってきた。


「まどかちゃん、一緒に帰ろう」

 

 にこっとした笑顔で言われた声に、いつもなら「うん」って笑って返してたけど──今日は、ちょっとちがったんだ。


 胸の前にあるネックレスにふれる。

 おまじないと──シラネに、勇気をもらうみたいに。


(うん、そうだよ……!)

 

 わたしが、二人のあいだにできた雲を晴らそうって、決めたんだもん。


「あのね、あすかちゃん。わたし、しおんちゃんと一緒に、お話しししたいんだ」

「え、しおんと……?」


 あすかちゃんが、目をぱちくりさせた。

 

「なんか最近、ふたりとも距離があるっていうか。わたしのせい……かもしれないんだよね。そんなの、見て見ぬふりなんてできないよ」


 そう言ったら、あすかちゃんは苦笑いをしながら小さく首をふった。

 

「言ったじゃん、まどかちゃんは悪くないって」

「それでも……しおんちゃん、すごく辛そうなんだもん。友だちのこと、ほっとけないよ。あすかちゃんも、そうでしょ?」

「……友だち」


 あすかちゃんは、何かを考えるように目線を下に向けて、ぽつりとつぶやいた。

 しおんちゃんがしてたみたいな、さみしそうな顔が一瞬だけ見えた気がしてね。

 きっと、あすかちゃんにも心にもやもやがあるんだって思ったの。

 だから、わたしはまっすぐに言葉を続けたんだ。

 

「うん、友だち。あすかちゃんも、しおんちゃんも、もうわたしの大事な友だちなの。そんなふたりがギクシャクしてるのなんて、わたしだって辛いよ」

「まどかちゃん……」


 転校してきた最初の日に、あすかちゃんが声をかけてくれたこと、今でも覚えてる。

 それからずっと、あすかちゃんは、わたしのことを気にかけてくれてた。

 あのとき助けてもらったんだから──今度は、わたしがそのお返しをする番。


 ちらっと、しおんちゃんの席を見る。

 しおんちゃんは、まだ自分の席に座っていた。

 頬杖をついたまま窓の外を見て、じっと動かない。

 その背中が、すごくさみしそうに見えてね。


「あすかちゃん、わたし、行くね」

「……わたしも、行く」


 あすかちゃんは、口をきゅっと結んで、眉毛を少し寄せていた。

 怒っているわけじゃないけれど、なんだか困っているようで、素直になれないときの顔。

 でも、その足はちゃんと、わたしと同じ方向に向いていた。

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