第8話 すれ違い
六月の空は、なんだか少しごきげんななめ。
しとしとと小雨が降ったかと思ったら、ぴたりと止んだり。
じめじめしていて、教室の空気までしめっぽく感じちゃう。
それは──わたしの気のせいじゃないと思う。
あすかちゃんと、しおんちゃん。
いつもみたいに一緒に笑ってるのに、なんとなく、目が合っていない。
なんだか、ふたりのあいだにだけ壁があるみたい。
(……どうしたんだろう)
朝の会がはじまるチャイムが鳴って、みんなが席に着く。
でも、わたしの胸の中には、小さなもやもやが残ったままだった。
*
その日の五時間目は、図工だった。
スケッチブックと色えんぴつを持って、これから図工室へ移動するところ。
準備をしていると、あすかちゃんがポニーテールを大きく揺らしながら席までやってきた。
「まどかちゃん、一緒に行こ!」
あすかちゃんが、わたしの手をぱっと取る。
(わっ)
ちょっとびっくりしたけど、うれしくて「うん!」って笑い返した。
あすかちゃんは、いつもわたしのことを気にかけてくれて、たくさん話しかけてくれる。
友だちだけど、お姉さんみたいな人で頼りたくなっちゃう子。
手をつないだまま教室を出ようとした、そのとき。
しおんちゃんと目が合った。
すごくきつい目。
にらまれた、ような気がする。
(え……)
体の中に、ざわざわってイヤなものが走る。
だけど、しおんちゃんはすぐに目をそらして、ぷいって顔をそむけた。
(しおんちゃん……?)
しおんちゃんは何も言わずに、わたしたちの横を小走りで通り過ぎていく。
ボブヘアのしおんちゃんの髪のあいだから、いっしゅんだけ、さみしそうな横顔が見えた。
(どうしたんだろう)
あすかちゃんの手をにぎったまま、わたしはしおんちゃんのうしろ姿を見つめるしかなかった。
*
図工室では、クラスの子たちが思い思いに絵を描きはじめていた。
わたしもいろんな色を使って景色を書いていたけど、つい横を見てしまう。
しおんちゃんの顔は、なんとなくむすっとしていて、筆もあまり動いていないみたいだった。
ときどき、ちらってあすかちゃんのほうを見てる気がする。
だけど、あすかちゃんは、しおんちゃんには気づいてないみたいで、楽しそうに色えんぴつを選んでいた。
(ふたりとも、仲よしだったよね……?)
ケンカとか、しちゃったのかな。
ふたりの微妙な距離感に、また胸がざわざわした。
*
放課後。
帰りの会が終わっても、しおんちゃんはまだ自分の席に座っていた。
机にひじをついて、顔をそむけてる。
(だいじょうぶかな……)
あすかちゃんとも、あんまり話してないみたい。
なんだか、転校初日のわたしみたいな雰囲気。
しおんちゃんから遠ざかってるような、壁を作ってるような、そんな感じがしたんだ。
(友だちだもん、心配だよ)
ランドセルに教科書をしまって、わたしは思いきって声をかけた。
「しおんちゃん、どうかしたの?」
すると、しおんちゃんは勢いよく、そっぽを向いた。
「べつに」
ふてくされたような声。
でも、その「べつに」のなかに、たくさんの気持ちがつまってる気がしてね。
(うまく話せないだけ、なんだよね……)
そう思って、もう一度声をかけようとしたとき。
「しおん! まどかちゃんにそんな言い方しなくてもいいじゃん!」
後ろから、あすかちゃんの声が聞こえた。
わたしが振り返る前に、しおんちゃんがバンと机を叩いて立ちあがる。
そして、怒った顔であすかちゃんをにらんで叫んだ。
「……まどかちゃんばっかり!」
それまでにぎやかだった教室の空気が、ぴたりと止まる。
(え、わたし……!?)
しおんちゃんに名前を呼ばれたことにびっくりした。
だけどその一言には、しおんちゃんの怒りと、さびしさと──いろんな気持ちが、ぎゅっとつまっているように聞こえた。
「……もういいよ!」
そう言って、しおんちゃんは乱暴にランドセルを肩にかけて、教室から飛び出していった。
(なんで……? わたし、なにかしちゃった?)
わたしはただ、ぽかんと立ったまま、追いかけることもできなくて。
「まどかちゃんは悪くないからね。気にしないで」
あすかちゃんが、わたしのとなりで、ぎゅっとくちびるを結んだ。
でもその声も、わたしには少しだけ、さみしさがまじっているように聞こえたんだ。
*
夕方、学校の帰り道。
ランドセルを背負ったまま、わたしは神社の階段をのぼっていた。
シラネに会いたくなったのは──きっと自然なことだったと思う。
「よお、まどか」
木の下にいるシラネの顔を見て、すごくほっとしたの。
いつもと違う学校だったけど、ほほえんでいるシラネは、いつもと変わらなかったからかも。
「どうした。今日はなんだか元気がないな」
「……うん。ちょっと、話したいことがあって」
わたしは、木の根っこに腰をおろして、ランドセルをとなりにおいた。
シラネも、ぺたんとわたしの横に座る。
「あのね、あすかちゃんと仲のいい、しおんちゃんて子がいてね……」
わたしは今日あったことをシラネに話した。
「……わたし、なにかしちゃったのかな」
ぽつりと言葉がこぼれた。
もしそうだとしたら、しおんちゃんに謝らなきゃいけない。
だけど、しおんちゃんが怒った理由も、「まどかちゃんばっかり」ってセリフの意味も、ぜんぜんわからなかったの。
シラネはしばらく黙ってから、目を細めて言った。
「女子特有のやつだな、それは」
「えっ?」
思わず聞き返すと、シラネはちょっと笑って、肩をすくめた。
「しおんちゃんは、さびしかったんだよ」
「さびしい……?」
シラネが、こくんとうなずく。
「まどかが、なにか悪いことをしたってわけじゃない。でも、今までずっとそばにいた友だちが、急に別の子と仲よくなってたら、ちょっとだけ胸がもやっとする。気づいたら、やきもちになってるんだ」
「……やきもち」
「そう。言葉にできないけど、心がざわざわして。しおんちやんは、どうしたらいいかわかんなくなっているんだろう」
わたしは、さっきのしおんちゃんの顔が思い出した。
たしかに、にらまれたときは怖かったし、「まどかちゃんばっかり!」って怒鳴られたのもショックだった。
だけどそのあと、ランドセルをひっつかんで飛び出して行ったしおんちゃんの横顔は──ほんの少しだけ、泣きそうだったの。
わたしのせいかもしれない。
でも、それだけじゃなくて、しおんちゃん自身も、どうしたらいいのかわからなくなってるのかも。
「だから、まどかのこと、嫌いになったわけじゃないと思うぞ」
シラネの言葉は、わたしの中に残っていた重たい石みたいな気持ちを、すこしだけやわらかくしてくれた。
しおんちゃんも、きっともやもやしてるんだ。
だったら──わたしにも、できることがあるのかもしれない。
「わたし、ふたりには仲よしでいてほしい。しおんちゃんがどんなに怒ってても、きっとほんとは、前みたいに仲よくしたいって思ってるよ」
だって、友だちとケンカなんて、したくないもん。
シラネは尻尾をふわっとひと振りして、わたしの顔をじっと見つめた。
「まどかはもう、自分がなにをしたらいいのか、わかってるよな」
「……うん!」
わたしにできること。
それは、ただ待っていることじゃないよね。
「まどかの言葉は、きっと届く」
シラネは、少し笑って首をかしげた。
その笑顔には、「大丈夫」って言葉がこめられている気がして、また背中を押されたんだ。
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