第7話 はさみさんのおまじない

 わたしたちは並んで走った。

 あおいくんが向かったのは、校庭のすみっこにあるフェンスのそば。


「ここにランドセル置いて、友だちとサッカーしたんだ。三日前くらいに」

「そっか、じゃあ……!」

「うん。そのときに、ランドセルから外れたのかも」


 あおいくんは「ここにある」って確信しているみたいに、ぎゅっと手のひらをにぎった。

 迷っていた気持ちに、ぐっと力がこもった感じかな。

 だからわたしも、あおいくんの背中を押すように声をかけたんだ。

 

「探してみよう!」

「うん!」


 ランドセルを置いたあたりの草むら。

 わたしたちは、その場所にしゃがみこんで、草のすきまを探していった。


「……あっ!」


 あおいくんの短い声が聞こえた。

 そのひと言がなんなのか、わたしはすぐにわかったんだ。

 だって、すごくはずんだ声だったから。


「あったよ、まどかちゃん!」

「見つかったんだね!」


 わたしは、あおいくんの近くに駆け寄った。


 そこには、小さな銀色のキーホルダーが落ちていたの。

 サッカーボールの形をしたチャームが、太陽の光を反射して、きらきらとかがやいている。

 あおいくんが身をかがめて、それを拾い上げた。


「兄ちゃん……よかった……!」


 あおいくんが、うれしそうにつぶやく。

 手のひらの中には、小さなサッカーボールのキーホルダー。

 少し泥がついていたけど、きらりと光って、あおいくんのところに戻れたのをよろこんでいるみたいだった。


「オレ、昨日もここ見たんだ。でも……そのときはなくて。だけど、はさみさんのおまじないをしてたら、頭の中に浮かんできたんだ。ここにあるって教えてくれるみたいに」


 そうつぶやく声は、ちょっとだけ震えていた。


「ほんとに、見えなかっただけだったんだね」


 あおいくんは、こくんとうなずいた。

 目の奥がちょっとだけ赤くなっているけど、わたしは気づいていないふりしたんだ。

 だって、泣いてるのを見てないふりしてほしいときってあるでしょ。


「……ありがとな、まどかちゃん」


 あおいくんは、見つけたキーホルダーをそっとにぎりながら言った。

 その声は、すっきりしていて、ちょっとだけ照れくさそう。

 

「ううん。見つかったのは、あおいくんが信じたからだよ」


 わたしは、にこっと笑った。


「おまじないは、信じる心が大切だから。あおいくんがほんとうに願ったから、その気持ちが届いたんだよ」


 わたしがシラネに教えてもらったこと。

 そして、今も胸の中でちゃんと生きている、大切な言葉。

 

 見つかったのは、わたしのおかげじゃない。

 おまじないの力と、あおいくんのまっすぐな想いが、ちゃんとつながったからなんだ。


 あおいくんはキーホルダーを見つめながら、小さくうなずいた。


「おまじないって、ほんとうに効くんだな」

「でしょ。最後に、はさみさんにお礼しよう」

 

 わたしまたチョキを作って、顔の横で動かした。

 あおいくんも、ちょっと笑いながら、同じように手を動かす。


「はさみさん、ありがとう」

「ありがとう、はさみさん!」


 どこかで、葉っぱがさらさらとゆれていた。

 わたしたちの気持ちも、風にのって、きっとどこまでも届いていく。

 そう思ったらね、心があたたかくなったんだ。


 *


 あおいくんとバイバイした帰り道。

 わたしの足は、またあの神社へ向かっていた。

 夕方の光が、道ばたをやわらかく照らしていて、そよそよと風が吹くたびに葉っぱが音を立てている。


 まるで神社から、シラネが「待ってる」って言ってくれてるみたいで、自然と足が速くなっていった。


 鳥居をくぐって、階段を登った先。

 いつも二人で座っている大きな木のそばには、いつもの白い影。


「また来たのか」


 そんなふうに言われたけれど、シラネは最初からわたしが来ることをわかってたみたいに、やさしく笑ってくれた。


 *


「でね、はさみさんのおまじないをしたの。そしたら、すぐに見つかったんだよ!」


 わたしはシラネに、さっきまでの出来事を話したの。

 ぽわっと、あおいくんの顔が頭に浮かんだんだ。

 キーホルダーを見つめていたときの、ほっとした笑顔。


「わたしも、うれしかったんだ。ほんとに、見つかってよかった」


 わたしも、ほっとほほえんだ。

 見つけたのは、あおいくんのなくしものだったけど、自分のなくしものが見つかったくらい、うれしかったんだ。


「願いは、信じたぶんだけ強くなる。まどかが信じたから、世界が動いた」


 またシラネの耳が少しだけ倒れた。

 シラネはいつも不思議なことを言う。

 だけど、心の中のなにかが「そうかもしれない」ってうなずくのは、もっと不思議だった。


「わたし……ちょっとだけ、わかってきたかも」

「なにが?」


 そう聞いたシラネの尻尾が、ふさっと動いた。

 興味津々そうに、だけど、わたしの言葉をちゃんと聞こうとしてくれてる。

 わたしは、ネックレスについている青い石を指先でなぞった。


「“言霊”の力。だれかのことを思って、願って、言葉にする。それって、ただの言葉じゃなくて……魔法みたいになるんだね」

「そうかもしれないな」


 シラネは、にこっと笑った。

 その笑顔は、夕やけの色みたいにあたたかかった。

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