第6話 探しものは、なんですか

 わたしはランドセルを開けて、おばさんにもらったまじない帳を取り出した。


(どこかにあったはず……なくしものに効くまじない……)


 ぺらぺらとページをめくっていく。

 

「まどかちゃん、ノートなんて開いてどうしたの?」


 あおいくんが、となりからのぞきこんできた。

 わたしは「えとね」って少しうなずいて、ノートに視線を向けたまま答える。


「おまじないを探してるんだ。なくしものが見つかるおまじない」

「……おまじない?」


 あおいくんは、目をぱちくりさせて首をかしげた。

 ちょっとだけ眉毛が上がっている。


「……あった!」


 わたしの指が、ぴたりと止まった。

 思い出していたページ。

 上のほうに大きく『なくしものが見つかるおまじない』っておばさんの上手な字で書いてある。


「これだよ、“はさみさんのおまじない”!」

「はさみさん……?」


 さっきよりも、もっと不思議そうな顔をして、あおいくんはつぶやいた。

 わたしは「うん」と笑って、ノートをあおいくんに見せたんだ。


 そのページには、こんなふうに書かれているの。


 ***

 

《はさみさん、はさみさん

 わたしの大事な〇〇の場所を教えてください

 わたしの大事な〇〇はどこにありますか?》


 ***

 

「はさみって……あの紙とか切るはさみだよね?」


 あおいくんが、まだちょっと半信半疑みたいな声を出す。


「うん」

「なんで、なくしもを探すのに、はさみなの?」


 “そんなの変だよ”って言いたげ。

 だけど少しだけ、何かを期待しているようにも聞こえたんだ。

 

「えとね……」


 わたしはノートに書かれているおばさんの言葉を、ゆっくりと読み返す。


「ほんとは、なくなったんじゃないの。そこにちゃんとあるのに、見えなくなっちゃうだけなんだって」

「見えなくなる……?」


 あおいくんが目を細める。

 わたしはページから顔を上げて、まっすぐにあおいくんを見つめた。

 

「ほんの少し、心がよそ見しちゃうときってあるでしょ。楽しいこととか、考えごととか。そういうので、大事なものとのあいだに、ちっちゃなすきまができちゃうんだって。そのすきまがあると、『見えてるのに見えない』ってなって、どこを探しても見つからないみたい」


 言葉にしながら、自分でも「ああ、そういうことか」って思ったんだ。

 おまじないって不思議だけど、ちゃんと“わかる”気がする。


「はさみさんは、そのすきまをちょきんって切ってくれるんだ。そしたらまた、つながるんだよ。ちゃんと、見えるようになるの」


 言い終わったあとのわたしは、ちょっとだけどきどきしてた。

 あおいくんに笑われたり、「なんだよ、それ」って変な顔されたらイヤだなって思って。

 でも。

 

「そう言えば、オレ……最近、友だちとサッカーするのが楽しくて、兄ちゃんのこと思い出す時間が減ってたかも」


 そう言ったあおいくんは、少しさみしそうだった。

 口には出さないけど、『ごめんなさい』って心の中で謝ってるみたい。


(あおいくん……)


 お兄さんのことがほんとうに大好きなんだなって、伝わってくる。

 だからこそ、一緒に見つけてあげたい。

 わたしは、まじない帳をぎゅっと持ち直した。


「ねえ、やってみようよ。はさみさんにお願いして、それで、一緒に探そう?」


 あおいくんが、ちょっとだけ目を丸くする。


「……ほんとに効くのかな?」

「うん、大丈夫。ちゃんと気持ちを、願いをこめたおまじないは、あおいくんの声を聞いてくれるから」


 わたしはにっこり笑った。

 今度は、どきどきじゃなくて、心の奥からあったかい気持ちが広がっていく。


(わたしも、そうだったから)

 

 シラネに出会って、願いごとは「自分でかなえるもの」だって思えたから。

 言葉や想いには、ちゃんと力があるって知ったから。

 だから今、わたしはこうして笑えるんだと思う。


 あおいくんは少しのあいだ考えて──それから、元気よくうなずいた。


「……うん。やってみる!」


 その笑顔は、さっきまでとはちがっていてね。

 不安よりも、「やってみよう」っていう気持ちのほうが大きくなったのかも。

 そんなあおいくんの顔を見て、わたしは「ぜったいに見つかる」って思ったんだ。

 きっと、あおいくんの声は、はさみさんに届くよ。

 

 わたしたちはベンチから立ち上がって、顔の横でチョキの手を作った。

 ほんとうのはさみは危ないから、これはおまじない用のチョキ。

 ちょきん、ちょきんって、空気を切るように、指を動かす。


 あおいくんも、ちょっと照れた顔をしながら、まねっこするみたいに手をあげた。


「はさみさん、はさみさん……」


 二人で声をそろえて、おまじないをとなえる。


「わたしの大事なキーホルダーの場所を教えてください

 わたしの大事なキーホルダーは、どこにありますか?」


 風が少し吹いて、草がさらさらとゆれた。

 おまじないの言葉に反応したみたいに、ひと筋の風が通り過ぎていく。

 

「……まどかちゃん!」


 三回くらいとなえたあと、あおいくんが目を見開いた。


「オレ、行ってみたいところがある!」

「うん、行ってみよう!」

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